第十三羽、埋蔵金なのだ

 ……拝啓。矢田京介君。


 京介君は、今は北海道の病院かな。元気になった?


 京介君が転院するって話を初めて聞かされた時は悲しかった。けど、それは必要な事だって、お母さんから聞かされて。そっかって。でも、どうしても信じられなかったよ。だってさ。だってさ。あたしは京介君の事。あの時から。やだよ。やだよ。


 転院は。


 あの死のうと思った時に京介君はミカンを助けてくれたからさ。命の恩人だから。


 京介君は。京介君の事。ミカンは。あたしは……。


 ふふふ。


 この頃は、自分の事を、あたしって呼んでたんだ。


 まあ、自分で自分をミカンと呼んでいた事も懐い。


 今、埋蔵金と一緒に埋めてあった出せなかった手紙を読んでいる。


 矢田京介君に充てた手紙を。うむっ!


 今でも自分の事をミカンって呼びたい気持ちもあるけど、でも、それは京介君の隣に居る自分だけだって決めてた。あの時からの自分の中での決め事だったんだ。だから章二には、余計、辛く当たってしまった。ちょっとだけ反省だわよ。うむっ!


 そそっ。


 小説に、この話を書き起こす時は、この手紙の件は平仮名ではなく漢字に直そう。


 だって、


 その方が読みやすいし、なにより、子供の頃の私が、どう感じていて、どう思ったかが正確に伝わるからね。とはいえ、まだまだ今の私には筆力が足りない。小説に書き起こす為の。矢田京介君への感謝状とも言える、このお話を書き起こす為のね。


 なにより漢字に直して綺麗に書き起こさないと恥ずかしいからさ。手紙は特にね。


 うむっ!


 ミカンね。上手くなったよ。京介君から教えてもらったイラスト。


 あっ、イラストで合ってるよね? 絵だよ。絵ッ!


 この前、アンパンマンを描いた。確か、京介君、好きだったよね。


 でも、変になっちゃった。アハ。お地蔵さんに見える。ミカンは。


 手紙と一緒に入れておくね。アンパンマン。アンパンマンだからねッ。分かった?


 カカッ。


 と小さな声で鳴き、雑木林からルリビタキが飛び立つ。青い個体。


 ふふふ。


 章二が言っていたわね。俺の青い鳥は、この埋蔵金でもあるって。


 その意味で、この手紙も、私にとっては青い鳥だろう。もちろん、手紙と一緒に埋めた、あたしの埋蔵金も、また私にとっての青い鳥なのかも知れない。木々の枝を縫って零れる木漏れ日は温かい陽光の恵みを与えてくれる。気持ちが良くなる。


 ふふふ。


 はふぅ。


 でも、どうして京介君は病気を教えてくれないの。治るんだよね?


 札幌だっけ。北海道の病院に行って、ちゃんと良い子に手術をすれば治るって言ってたよね。うん。ミカンは信じてる。京介君が元気になって、またミカンの前に来てくれるって。だってさ。だってなんだもん。だから約束して、また会えるって。


 ミカンは待ってるよ、ずっとずっと。


 私は手元に在る、五百五十円を握りしめて、静かにも黙して佇む。


 これがあたしの埋蔵金。私が掘り出した、あたしの埋蔵金なのだ。


 そっか。


 なんて、手を開いて小銭を見つめる。


 はぁぁ、と大きなタメ息を吐き出す。


 アハハ。


 京介君。


 なんか、話したい事が、沢山、沢山、後から、後とからで。ミカン、混乱してる。


 でも、そんなに長いの書いたら京介君の病気に良くないから……、


 あとちょっとで終わるね。ごめん。あとちょっとだから。うむっ!


 アハハ。


 うむっ! だわよ。うむっ! だわ。


 そっか。この時からか。私が、うむっ! とか言い出したの。そこれこそ忘れてたわよ。なんとなく色んな事を誤魔化したい時に、それか、曖昧模糊にしたい時に、うむっ! って言うようになったんだった。ああ、そんなルーツがあったのか。


 うむっ! にさ。自分的大発見だわ。


 さあ、京介君にあてた手紙も、これで最後。何が書いてあるのかは覚えていない。


 でも、ろくな事じゃないわよ。多分。


 だって子供の頃の私が書いたものだからね。それこそ、うむっ! だわよ。アハ。


 京介君。


 真面目な話。聞いてくれる? ねぇ?


 クソう。


 嫌だ。嫌なんだよ。それこそ見たくない。読みたくない。笑ってたいんだ。私は。


 グズっ。


 京介君、あたしは京介君が好きです。


 あのコンセント事件があった時、明日、また遊ぼうねってした約束。そして……。


 お昼ご飯がカレーだって教えてくれた時、あたしは泣きそうになったの。京介君の前でさ。でも恥ずかしいから泣くのを我慢した。もちろん、京介君にはバレてたと思うけど、それでも泣きたくなかった。だって、あの時、死のうと思ったんだもん。


 京介君?


 ごめんね。本当は京介君の病気が治らない事、知ってる。ごめん。


 だから余計に想うの。京介君の事を。


 あたしは可愛くないし、頑固だし、でも、それでも京介君を想ってます。ずっと。


 草々ッ!


 そうそう。そうだわよ。これで良いのだ。バカボンなのだだわよ。


 それこそ章二じゃないけど、私のキャラは元気・勇気・突起なのよ。最後の突起が何を示すかは秘密。ミカン姉ちゃんの秘密だぞ。なんて茶化してないと空から雨が降ってくる。こんなにも晴れた青空に、不可思議にも、にわか黒雲が来襲してね。


 ゴジラだわよ。ゴジラな黒雲来襲だ。


 ふうぅ。


 そんな事を考えつつ、一旦、急いた気持ちを落ち着ける。静かに。


 そっか。


 あのコンセント事件の時、京介君が何を考えて、ああ言ったのかは今になっては分からない。もちろん、死のうと思った私を止めるという意味もあったんだろう。でも、同時に、それは自分自身にも言い聞かせたかったのかもしれないと思うのだ。


 忙しいという字は心を亡くすと書く。


 もし、死にたいという気持ちに急かされて心が忙しなくなったら。


 心が亡くなれば。もし忙しなくなって、心が亡くなってしまえば。


 うむっ。


 そうなんだ。そうか。私は単に今の自分が高校生という環境になって忙しくなっただけだと思ってた。忙しない毎日が心を亡くしていたと、そう思ってたんだ。でも、そだね。そうじゃなくて……、実は、心を亡くしてしまい、忙しくなってたんだ。


 そっか。


 そうだ。


 一年B組の一員になり幸せな毎日を送ってるって思い込んでいた。


 ああ、そうか。やっと分かった。でも分かりたくもなかった事が。


 私は死にたかったんだ。


 ハハハ。


 力なく肩を落とし、から笑う。……唯々、静かに。


 また、ルリビタキが戻ってきて、カカッっと鳴いた。泣く。亡く。


 悲しく。


 なにがどうってわけじゃない。治ったとは言ったけど、飽くまで寛解な私が抱える持病が、そうさせたわけでもない。いや、むしろ、今は幸せだ。自分の好きな事を好きな時にやって、楽しい仲間に囲まれて。でも、やっぱり、死にたかったんだ。


 私はね。


 そうやって自分の気持ちに気づき涙が溢れてきた。


 だって、


 死にたくないって思ったから。まだ世界は終わらないでって、あのタイムトラベラーに向かって大声で叫びたくなった。それは、この世を壊す言葉だったとしても、それでも、嫌だ、まだ終わりたくないって、叫んで、叫び通したくなった。


 ねぇ、地蔵。聞いてもいい? 聞きたいの。君に。


 なんで、あたしは死にたかったんだろう? 死にたくないだろう? 分からない。


 ふふふ。


 晴れた空の下、地蔵が笑う。あの笑みを浮かべて。


 静かに。


 それはね。ミカン。僕は、こう思うんだとしか言えないけど、それでもいいかい?


 うん。お願い。教えてよ。自分の気持ちが分からないからこそ君に聞きたいんだ。


 ごめん。


 分かったよ。じゃ、少しだけだけど。


 それはね。ミカン。君が自分を偽っていたからだ。そう思うんだ。周りが、こうだから空気を読まないと、他人と衝突するのは面倒くさいから自分が黙ればいいと、時間は有限だから大切な人だけに時間を使うんだって、その他大勢を遠ざけたり……、


 そうしてこなかったかい? ミカン?


 フフフ。


 私は、うつむき項垂れ、そうか。確かにと思った。


 でも、それが、なんで死にたいに繋がるの? そして、死にたくないに繋がるの?


 ミカン。君は生きてる。人間なんだ。


 そだね。


 こんな言葉があるのは知ってるかな?


 人は愛がなくても生きていける。だが、水が無くては生きてはいけないって言葉。


 僕は思うんだ。確かに水が無くては生きてはいけない。けど、愛が無くて生きていける人間なんている? 赤ん坊の頃に、一切、笑いかけない、語りかけないと愛を奪って育てた赤ちゃんはね、すべからく赤ん坊から子供になれず、死んじゃうんだ。


 そだね。


 孤独を寂しいと感じない人間はいない。しゃべらない人間もいない。僕以外はね。


 そうだね。僕はもうだからさ。例外。


 兎に角。


 逆に君は愛を与えすぎたんだ。だから自分への愛が枯渇している状態なんだと思う。そう思う。そう見える。だから死にたくなった。消えたくなった。一年B組から。この世から。でも、彼らは、ミカンが必要だから、ミカンも彼らが必要だから。


 自分が死にたかったんだと悟って、死にたくない、と心が叫んだ。


 そだね。


 君は自分を偽って一年B組の一員にならなくちゃって必死になってて。でも、分からなくはないよ、あんなに濃くて良いメンツが揃ってるから。でもね。肩の力を抜いて欲しいんだ。もっと自分らしくマイペースで自分を出して生きていってもさ。


 彼らなら許してくれるよ、ミカン、君を。きっと。


 もちろん、章二や英輝、謙一にも素直になって欲しかった。一年B組のみんなも。


 だから彼らにも素直になってもらったんだ。その大事な事に気づいて欲しくてさ。


 そっか。


 地蔵に優しく語られても、いまだに良く分からないけど、多分、私は無理をしていたんだ。一年B組の一員にならなくっちゃって。それがいけなかったんだと。もっと自分らしく、素直に生きれば良かったんだと結論づけた。情けない。済まぬ。


 じゃ、僕はそろそろ行くよ。在るべき場所に……。


 さようなら、ミカン。また会えるから楽しみにしてるよ。君も楽しみにしていて。


 ふふふ。


「だから、はずかしいめにあうよ、だぜ? ミカン」


 グハッ!


 この声は章二。章二の野郎だ。マジか。マジでか。


「埋蔵金、在ったんだろう? 本当はな。……ククク。お笑いだ、隠そうなんてな」


 謙一ッ!


「ミカン。その箱はなんだ? そのボロっちい箱は」


 英輝ッ!


 クソう。


 クソう。


 ヤバい。


 ヤバいぞ。ものくそヤバい。私が埋めたタイムカプセルの存在がバレた。札幌への旅費としてカプセルに入れた五百五十円が奪われる。いや、それ以上に、ものっそ小っ恥ずかしい手紙が読まれる。ヤツらに。悪魔の使途たちに。なんかヤベぇ。


 逃げろ!


 首根っこを章二に掴まれた私の下半身だけがダッシュでココから脱出なんだわよ。


「てか、なんで知ってるの? はずかしいめにあうよ、って言葉を」


「ククク。轟建設の捜査網は一年B組にも張り巡らせてある。無論、それは西条寺という名のスパイだがな。西条寺が可愛すぎる事を不思議に思わなかったのか?」


 ミカン。


 謙一さん、そうなのかいや。キング・オブ・ヒロインな彼女はスパイだったのッ!


「まあ、幼馴染みの学費を払うという約束で亜歩学園に入学してもらっただけの話だがな。そんなわけで彼女は俺の命令を断る事は出来んのだよ。分かったか。ククク」


「なんて言うのは大げさなのよ。単に貧乏なあたしの家を見かねて轟建設の会長さんが、あたしの学費を見てくれるっていうから亜歩学園に入学したってだけの話」


 謙一の家とは、遠い親戚筋だからね。


 だから、ある程度は謙一の言うとおりにしないとねって感じだよ。恩があるから。


「バ、バラすな、西条寺。俺の暗殺・暗躍・暗算がガラガラと崩れる去るだろうが」


 と謙一は狼狽える。アハハ。ウケる。


「というか、埋蔵されたものはタイムカプセルだったのか。まあ、あの誤魔化した方からすれば大したものじゃないとは分かっていたが。なるほどな。理解したよ」


 理解力MAXな英輝、理解しなくていい。マジで。


 そこは。


「で、この紙っきれはなんなんだ? なになに? ……拝啓、矢田京介君ってか。アハハ。可愛い文字だな。たどたどしくて。これ、子供の頃に書いたん? ミカン」


 阿呆ッ!


 いつの間に、それを私の手から華麗に奪ったのさ。


 読むな。


 ザザッと影が蠢き、微かにも小さき声が聞こえる。


「近衛七斤衆、ミカン殿から文を奪うという任務。完了致しました」


 完了するな。それは。お前らだったのか。私の手から手紙を奪ったのは。クソう。


「ククク。お笑いだ。埋蔵金とは想い人に合う為の旅費だったわけだ。ただし、五百五十円という隣の県までも行けないというオチがつくがな。愚かなり。愚かなり」


 愚かなのは分かってるわよ。埋めたの子供の頃だし。あんたも阿呆だわ、謙一ッ!


 なんて笑いながらも思った。今までとは違う世界が拡がってるって。新しい世界の始まりなんだって。だってさ。もっと肩の力を抜いて自分らしく生きればいいって分かったんだから。もちろん、阿呆は私だったんだって気づいたから。それこそ。


 うむっ!


 だわよ。


「ああ、アホらしい。なんなんだよ。そのオチ。今どき小学生でも、もっとマシなオチつけるべ。馬鹿らしすぎて、この後、打ち上げでも行きたい気分にもなるぜ?」


 章二よ。


 その案、乗ったッ! もちろん……。


「打ち上げは宴だ。カラオケだ。異論はないな、一年B組の皆さん」


 と私が敢えて白い歯を煌めかせ言う。


「だな。だな。オッケ。オッケ。ただ、その五百五十円はカラオケ代にカンパだ。俺らも埋蔵金の発掘を頑張ったんだからよ。拒否権はねぇぞ。ミカン。分かったか?」


 なんて章二が言うもんだから……、まあ、しゃーない、と応えておいた。ふふふ。


 うむっ!


 地蔵、私は、まだ自分を偽ってるかもしれない。けど……、今は。


 これで良いよね。これでさ。うむっ!


 いつか。


 だわよ。


 私がニカッと笑むと、また青空に溶ける、あの笑みが私に届いた。


 ふふふ。


 と……。


 そうして、また、あの背が青いルリビタキが飛び立って青い空でカカッと鳴いた。

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