6-4 助けに行こう(前編)


 自身の想いを全て吐き出した春。

 そんな春の雄叫びは、聴力の下がった愛笑の耳にもしっかりと届いていた。


「うっ………! うぅ………!!」


 愛笑の目から涙が溢れ出す。

 本当なら戻って来たことを叱責しなければならないのだろう。

 それでも、春の想いがたまらなく嬉しくて、涙が溢れて止まらなかった。


 愛笑が涙を流す中、Sランク喰魔は不敵に笑いながら春のことを見据える。

 先程の落ち着きは何処へ行ったのか、再び獲物を前にした肉食獣のような雰囲気を醸し出していた。


「お前、さっき逃げた奴だよな。一人で戻って来た………訳じゃあ無さそうだな」


 一人で戻って来たという部分を言いながら即座に自分で否定する喰魔。

 その理由は、春の後ろからやってくる三人によるものだった。


「マジでギリギリだったみたいだな」


「愛笑さん!? 酷い怪我………!! すぐに手当てしないと!」


「まずは移動させなきゃ! 治療はその後!」


「手伝うわ!」


 十六夜、篝、耀が少し遅れて春の背後から走って現れる。

 耀と篝は倒れる愛笑へと駆け寄り、愛笑の脇に腕を通して二人で壁際へと運んでいく。

 怪我人である愛笑とそれを運ぶ耀と篝は隙だらけであり、Sランク喰魔がいつ手を出してもおかしくはない。

 それを警戒して三人を守るように拳を構えて立つ春と十六夜だが、Sランク喰魔が手を出す様子はない。

 喰魔の視線は目の前に立つ春と十六夜に注がれていた。


 耀と篝は喰魔からかなり距離を取り、壁際まで愛笑を運んで横に寝かせる。

 そして、耀が回復魔法を掛けようと地面に両膝を着いて両手を翳した。

 それを確認すると、篝は喰魔と向かい合う二人の元へ戻るために耀へと声を掛ける。


「私は二人のところに戻るわ! 愛笑さんをお願い!」


「うん!」


 耀の返事を聞くと篝は駆け足で春と十六夜の元へ向かう。

 それを見届けると耀は翳した両手に優しい光を灯し、愛笑の脇腹の怪我に対して回復魔法を使い始めた。


 耀の魔法で痛みが和らいで来たのか、愛笑の呼吸が落ち着き始める。

 そして、小さな声でだが耀の名前を呼んだ。


「………耀」


「愛笑さん! 大丈夫ですか!?」


「………なんで、戻って来たの?」


「………。愛笑さんを助けに、です」


 戻って来たの、という問いに命令違反を責められたように感じた耀は返答に言葉を詰まらせる。

 しかし、すぐに力強く返答した。


 その答えに愛笑は喜ばず、怒りに表情を染めていく。


「どうして………戻って来たって―――」


「分かってます」


 戻って来たところで殺される。

 そんなことは分かっている。

 分かっていて、それでも戻って来た理由。


「それでも、殺されると分かっていても助けたいんです。愛笑さんが私達を逃がしてくれたように。私達は魔法防衛隊員ですから」


「………っ!」


 耀の言葉に愛笑は押し黙る。

 馬鹿なことを、無謀だと四人の行動を叱責したかった。

 でも、それを言うことが愛笑にはできなかった。


 しかし、耀達もただ助けたいだけでここに来たわけではない。


「それに、ちゃんとした理由もあります」







 時間を遡り、春が愛笑を助けに行きたいと足を止めていたときのこと。


「分かってる! 分かってるよっ!! けど、やっぱり………」


 十六夜と篝から止められた春。

 頭では駄目だと分かっていても、心は今すぐにでも行きたい。

 それを表すように拳を強く握りしめる。


 耀もそんな春の姿を辛そうに見つめる。

 そして、一瞬だけ目を閉じて何かを考えると意を決した表情で春へと詰め寄った。


「春」


「………耀」


「戻ったとして、どうするの? あのSランク喰魔相手に勝てるの?」


「「「っ!」」」


 耀の容赦のない言葉に春だけでなく十六夜と篝も目を見開いて驚く。

 まさか耀がこんなことを言うとは予想外であった。


 春は驚いて目を見開いていたが、すぐに落ち着いた表情に戻る。

 先程の焦燥感に満ちた表情とは違い、冷静さを感じさせる。

 耀の言葉の衝撃が、一周回って春を落ち着かせていた。


「………正直、勝つ自信は無い」


「それでも戻るの? 愛笑さんが命を懸けて逃がしてくれたのに、それを無駄にするの?」


「ちょ、ちょっと耀!? いくらなんでも―――」


「いや、いい。耀が言ってることは間違ってない」


 耀の容赦のない言葉を篝が止めようとする。

 しかし、春は耀の言葉は間違っていないと篝の方を制止した。


 そして、春はしっかりと耀の目を見つめて自分の想いを話し始めた。


「五年前、父さんと母さんは命を懸けて俺を守ってくれた。勝てるわけがない相手だった。………それでも、俺のことを守ってくれたんだ」


 春は悲しそうに目を伏せ、自身の両手を見つめる。

 両親の手を、二人の血で真っ赤に染まった手で握っていた。

 その光景を、春は思い出していた。


「―――あの日、俺は守られるだけで何も出来なかった」


「それは………! 春君が気にすることじゃ………!」


「俺のせいじゃない。そんなことは分かってる。けど! 俺自身がそう思えない!」


 何が悪いと言うなら、春達を襲った喰魔が悪い。

 そして、当時十歳の春が親に守られて何も出来なかったことを悪く思ったり、気にしたりする必要はない。

 でも、当事者である春はそう思えなかった。


「ずっと悔しかった。苦しかった。あの日、守られるだけで何も出来なかった自分が。そんな自分を変えたくて、俺みたいな人を少しでも無くしたくて。助けを求める誰かを助けられるようになりたくて、俺は魔法防衛隊に入ったんだ。それなのに、また何も出来ずに姉ちゃんを失うなんて、絶対に嫌だ!」


 春があの日からずっと抱えて来たモノ。

 何も出来なかった無力な自分にさいなまれ、大切な家族を目の前で殺された悲しさと苦しさと悔しさが、ずっと消えなかった。

 そんな自分を変えたくて、自分みたいな誰かを助けられるようになりたくて魔法防衛隊員になった。


「だから、助けに行きたいんだ! 姉ちゃんは俺の家族で、俺は魔法防衛隊員だから!」


 そう熱く語る春の目には、一切の曇りが無かった。

 春の想いを黙って聞いてた耀はその感想を述べる。


「………感情論だね」


「耀っ!」


 両親を失い、今にも姉を失いそうになっている春に対してあまりにも冷た過ぎる。

 人情に厚い篝が怒るのは仕方が無かった。


 しかし、それでも耀は言葉を続ける。


「そんな理由じゃ助けに行っていいなんて言えない。でも―――」


 言葉は確かに冷たかった。

 それでも、春を見つめる耀の目には春に負けないくらいの熱意が宿っていた。


「私も助けに行くのは賛成だよ」

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