5-7 Sランク喰魔襲来(後編-1)


 隊員達が愛笑の指示に従い、深奥部の通路へと逃げていく。

 それを愛笑は音や気配、魔力感知で察知していた。

 そして、一番懸念していた春が逃げた事に心の中で安堵する。


(ありがとう、耀………)


 優しい笑みを浮かべるとその立役者となった耀に心の中で礼を言う。

 その直後に、Sランク喰魔イーターを閉じ込めていた岩のドームが吹き飛んだ。


「くっ………!」


 爆風と吹き飛んだ壁の破片や砂から目を保護しようと、愛笑は両腕で顔を覆う。

 そして、巻き上がった砂煙の奥からSランク喰魔がその姿を現した。


「こんなもので俺を止められると思ったのか?」


「まさか。まあ、少しでも止められればいいかなとは思ったけど」


 Sランク喰魔の発言にうっすらと笑って皮肉気味に答える愛笑。

 しかし、すぐに目を鋭くさせて真剣な表情で喰魔へと質問をする。


「なぜすぐに壁を壊さなかったの? あなたなら簡単だったでしょ?」


 いくら愛笑の岩の壁が頑丈とはいえ、Sランク喰魔を十秒近くも抑え込められるほどではない。

 喰魔がその気になれば、一秒も掛からずに脱出することは容易だったはずなのだ。

 しかし、喰魔は十秒近く壁の中に居た。

 となれば、Sランク喰魔が隊員達が居なくなるまで、壁の中で大人しく待っていたとしか考える事ができないのである。


 先程まで全員を殺そうとしていたとは思えない行動に、愛笑は『何か別の狙いがあるのでは?』という疑念を抱く。

 そんな愛笑の疑念を察したのか、喰魔はすぐに質問に答え始めた。


「怯えたザコを殺してもつまらない。それに、お前があの中で一番強いのはすぐに分かったからな。なら、ザコを逃がして何の気兼ねも無くなったお前と戦った方が絶対に面白いと思った。だから、大人しく待ってやった」


(………嘘ではないみたい)


 何かを楽しみにする子供のように笑みを浮かべながら語るSランク喰魔。

 その様子から嘘を言っているようには見えず、愛笑はその理由が事実なのだろうと思った。

 しかし、未だに謎はある。


「もう一つ聞いてもいいかな?」


「うん? まあいいぞ」


「『シカク』って人に言われて来たって言ってたけど、誰なの?」


 Sランク喰魔はここに来た時、『シカクに言われて』と言っていた。

 それはつまり、誰かの指示でこの場にやって来たという事になる。

 Sランク喰魔が誰かと行動を共にするなど想像がつかない上に、誰かの指示で来たなどそれ以上に信じられない事態である。


 シカクとは誰なのか。

 それを探ろうと喰魔へと愛笑は問いかけるが、喰魔は依然として余裕の態度で質問に答える。


「それは流石に答えられないな」


「いいの? 答えてくれないと私、気になって全力で戦えないと思うけど?」


「うっ!? それは困る………!」


 両腕を組み、うーんと唸り声を上げながら考え込むSランク喰魔。

 そこに出会ったときの覇気は無く、馬鹿丸出しの姿に愛笑は呆れたような表情を浮かべる。


(あ、思ったよりも馬鹿だこの喰魔イーター………)


 思わずそんな感想を抱いてしまうほどであった。

 そして、数秒考え込んだ後に結論を出した。


「やっぱり駄目だ! 殺す相手とはいえ、喋ったら糸霞空しかくに怒られる」


「………そう」


 殺す相手、軽々しくそう口にするSランク喰魔に愛笑は表情を険しくさせる。

 馬鹿な姿をさらしても、やはり根は喰魔なのだと改めて認識する。

 そして、今のやり取りだけでも分かった事はある。


(今の話し方からすると、シカクって人に従ってるわけじゃない。どちらかというと、対等な関係で協力してるように思える)


 Sランク喰魔の話し方からは相手を敬っているというより、友達や知り合いに対するものに近い。

 そこから糸霞空という人物と喰魔の関係を愛笑は察した。


(まあ、分かったところで伝える手段も無ければ、生きて帰れる可能性も無いんだけどね)


 情報は得たが、今から自分はSランク喰魔と命懸けで戦わなければならない。

 そして、生き残れる可能性はハッキリと言って無いだろう。


「はぁー」


 情報を伝えられない無念。間違いなく殺されるであろう事実。

 自分の無力さ。

 そして、家族である幸夫や両親、春などの親しい人達よりも先に旅立ってしまう申し訳なさと、みんなにもう会えない悲しさ。

 色々な感情が入り混じった重い溜め息を愛笑は吐き出した。


「ん? どうかしたか?」


「………別に、何でもない」


「そうか」


 愛笑の溜め息が気になった喰魔が声を掛けるが、愛笑は冷たくあしらう。

 その溜め息の原因に理由を聞かれたところで、笑顔で答えるわけが無い。

 喰魔も大して興味は無かったので、愛笑が答えないことで一瞬にして興味を失った。


 そして今度は一転して、喰魔は先ほどのような獰猛な笑みを浮かべると拳を構えた。


「質問ももういいだろう? 傀頼のやつも助けに行かなきゃならないし、そろそろ始めよう………!」


「………っ!」


 再び魔力を放ち、喰魔特有の金色の双眸で愛笑を見つめる喰魔。

 その魔力と喰魔の笑みに愛笑は背筋をゾッとさせる。

 恐怖が全身を駆け巡り、寒さに凍えるように体は小刻みに震えていた。

 そんな自身の震える体を落ち着かせようと愛笑は大きく息を吸い、肺いっぱいに吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出していく。


 それでも震えが完全に消えることは無い。

 しかし、幾分かマシにはなった。

 そこでようやく、愛笑も喰魔に構えを取る。

 喰魔のように拳は作らず、両の手は開いた状態で構えた。


「………そうだね。始めようか」


 わずかに震える声で愛笑は言い放つ。

 その言葉に喰魔はより一層頬を吊り上げ、笑みと放つ魔力を邪悪なものへと変えた。

 しかし、愛笑はそんな喰魔に対して一切引くことは無かった。


(絶対に死んでやるもんか………!)


 たとえ実力では負けていても、心まで負けるつもりはない。

 喰魔を見据える愛笑の目には一点の曇りもなく、強い意志と覚悟を感じさせるほどに澄んでいた。

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