1-6 俺は耀のことが好きだ!


 喰魔との戦闘を終えた春と耀。二人は後からやって来た防衛隊員達に何が起こったのかを説明した。


「それじゃあ、後はこっちでやっておくよ」


「ありがとうございます、ゆう先輩」


「ありがとうございます」


 隊員の一人に事後処理を引き受けてくれたことに対する感謝を伝える春と耀。先程まで二人が喰魔と戦闘を繰り広げた道は警察によって規制が敷かれ、防衛隊員と現場検証の人がその中で何があったかを調べる作業と事後処理をしていた。

 二人と話していた隊員はその視線を耀へと向ける。耀の姿に見覚えがなかった彼は、おそおそる尋ねた。


「ところで、君は誰かな………?」


「初めまして。私、今日から星導市支部に配属されました。白銀耀といいます。よろしくお願いします」


 小さく笑顔を浮かべると頭を下げ、自己紹介を終える耀。その自己紹介に彼は春達と同い年の隊員が今日来ることを思い出した。


「ああ! 君がそうなのか! 僕はただゆう。これからよろしくね」


 耀の自己紹介に優馬もまた、笑顔で自己紹介をする。穏やかな雰囲気と落ち着いた物腰に、優しそうな印象と安心感のようなものを耀は覚えた。


「それじゃあ二人とも、今日はお疲れさま。詳細な報告は後日でいいからしておいてね」


「「はい」」


 そう言うと優馬は二人に背を向け、規制が張られた道へと歩いて行く。優馬を見送ると春は耀へと顔を向け、これからの行動について尋ねる。


「それじゃあ、これからどうする?」


「昼食には遅いし、服も汚れちゃったしね」


「そうだな」


 二人の服は汚れており、少し叩けば砂埃が舞うような状態である。怪我もなくボロボロというほどでは無いが、間違いなく汚いと言えるのが今の二人であった。

 こんな状態で飲食店などの店にに行くのは良くないし、歩き回れないと二人は思った。


「仕方ないけど、今日のデートは諦めるしかないか」


「………うん、そうだね。仕方ないよね」


「………」


 元気のない耀の声に、春は胸が締め付けられるように苦しくなる。明るい笑顔を浮かべて自分へと笑いかける彼女が、その笑顔を無くして落ち込んでいる。そんな姿を見るのが春はたまらなく嫌だった。

 そして、できることならもう少しだけ彼女と一緒に居たい。そう思った春は何とかせねばと、必死に言葉を絞り出した。


「あー、耀」


「何? 春」


「その………家まで送っていいか?」


 頬を掻きながら少し照れくさそうに笑顔を浮かべて尋ねる春。どこかに出かけることはできないが、家まで送ることはできる。そのことに気づいた春はそれを口にした。

 耀はその言葉を聞くと嬉しそうに頬を釣り上げ、明るい笑顔を浮かべた。


「うん! いいよ!」


 元気な声でそう答える耀に春は胸を撫で下ろし、同じように笑顔を浮かべる。耀は後ろを向いて歩き出そうとした瞬間、何故かその足を止めてしまった。


「どうかした?」


 そのことを不思議に思った春は声を掛ける。

 声を掛けられてゆっくりと振り返った耀の表情は先程の明るい笑顔とは違い、にやついた笑顔だった。春はその笑顔を可愛いと思うと同時に少し嫌な予感を覚える。そして、耀は両手を背中の後ろで組んで春へと話しかけた。


「もしかして、私と離れたくなかった?」


「な!?」


 その一言で動揺し、顔が赤くなる春。耀は自身の考えが間違いではなかったと春の反応から理解した。


「そっかそっかー、私と離れたくなかったんだー。えへ、えへへ」


 だらしない笑顔を浮かべて喜ぶ耀。

 彼女が笑顔になったことは嬉しい。しかしこれは恥ずかしいと春は顔を両手で押さえ、天を仰いだ。







 耀の自宅に向かって話しながら歩みを進める二人。その話題はCランクの喰魔を倒したときの戦闘についてだった。


「Cランクの喰魔イーターを相手にケガがないなんて、奇跡みたいだな」


「そうだね」


 春の言葉に相槌を打つと、耀はCランクの喰魔との戦闘を思い返す。真っ先に頭の中に思い浮かぶのは春が使っていた魔法であった。

 少ない魔力で喰魔の魔法と体を打ち砕いた、黒い霧のような魔法。あの不思議な魔法について聞くために耀は春へと声を掛ける。


「春」


「ん?」


「春が使ってたあの黒い霧みたいな魔法。喰魔イーターの岩の槍を砕いたとき、明らかに喰魔イーターの魔法の方が魔力は強かったはずなのに、春の魔法が喰魔の魔法に勝った。あの魔法、一体何の魔法なの?」


「あー、俺の魔法ね。そりゃあ、気になるよな」


 春は過去にも魔法を見た人物から自身の魔法について聞かれたことがあるため、その経験からその質問は当然来るだろうと思っていた。ゆえに、耀が自身の魔法に対して疑問を抱くことが当たり前かのような口ぶりになっていた。

 そして、春は耀の質問に対する答えをすぐに提示した。

 

「俺の魔法は“闇魔法”だよ」


「闇魔法?」


 聞き慣れない魔法に耀は首を傾げる。その仕草から、耀が闇魔法について何も知らないことを春は察した。


「まあ、知らないよな。かなり珍しい魔法で、使えた人が俺の他に三人しか確認できてないらしいし」


「へえー、そうなんだ」


 あれ、と淡白な反応を示す耀に少し困惑する春。発見例が少ないとなれば多少は驚くと思っていたのだが、期待とは違いあまり驚かなかったことに肩透かしを食らう。そのことに若干の寂しさを感じながらも、春は気分を切り替えて話を続けた。


「それで、魔力差があるのになんで喰魔イーターの魔法を砕けたのかだけど、闇魔法の特性が理由なんだ」


「特性?」


「闇魔法は他の魔法や魔力を破壊したり、破壊できなくても弱体化させたりすることができるんだ」


「破壊と弱体化………」


 魔法と魔力を破壊、もしくは弱体化できる魔法。その内容に耀は目を見開いて驚くが、それと同時に納得もした。そんな魔法ならば、魔力差のあった喰魔の魔法を砕けたことにも説明がつくからである。


「すごい魔法だね」


「でも、あまりにも魔力とか魔法の威力に差があると効果ないんだ。Aランクの防衛隊員の魔法は弱体化できたけど、ほとんど効果無くて押し切られたし。分かりやすくゲームで例えると、何に対しても効果抜群になるって解釈をしてる」


「それでも十分すごいと思う」


 ゲームでそんな効果の武器や技があったりしたらたまったものではないだろう。しかし、春の魔法の謎が分かったことで疑問が解消された耀。その魔法の内容を思い出し、頬を緩ませる。


「三人しか使用者が発見されてない魔法かー。私と同じ・・だね」


「同じ? どういうこと?」


 嬉しそうに言う耀に同じとはどういう意味だろう、と春は首を傾げる。そんな春の疑問に答えるように耀は話し始めた。


「私の使う魔法は“光魔法”っていうんだけど、春の闇魔法と同じで三人しか使用者が確認できてないんだって」


「え、本当?」


「うん、本当」


 春の問いにあっけらかんと答える耀。春は闇魔法の使用者の人数に耀があまり驚かなかった理由が、自身も同じ希少な魔法の使い手ならば納得だと思った。しかし、それと同時に一つの疑問を抱いた。

 かつて耀と同じ光魔法を使えた人が自身の闇魔法と同じ三人。そして、闇魔法の正反対とも言える光魔法。


 その二つのことが、春には偶然に思えなかった。


(まるで―――)


「まるで“運命”みたいだね」


「っ!」


 その一言に春の心臓が強く跳ねる。呟くように言い放った耀の一言は、今まさに春自身が考えていたことだった。

 穏やかな笑顔を浮かべる彼女の横顔に、自分が考えていることは全て見透かされているのではと春は思った。

 その瞬間、耀の笑顔と重なるように夢に現れる銀髪の女性の笑顔が春の脳裏によぎる。そして、彼女に聞かなければならないことがあるのを思い出した。


 聞きづらい質問の内容に、春は自身の唇が重くなったように感じた。しかし、それでも聞かなければならない。意を決した春は重くなった唇を必死に動かし、耀へと話しかけた。


「耀、今度は俺が質問していいか?」


「うん。いいよ」


 耀からの許可が出たことで、春は改めて夢について聞く決心を固める。緊張で早まる心臓の鼓動を感じながらも、春は震える唇で言葉を発した。


「俺ぇ………さ、昔からよく見る夢があるんだよ。森の中で耀そっくりの女性と話す夢」


 最初の方が上ずった声になったが、何とか話すことが出来た春。そんな春の話に耀は驚いたような表情を見せる。その反応から何かあるように思えるが、春にはまだ分からない。

 そのため、核心をつく質問をする。


「耀は、そういう夢とか見たことある?」


 そこからは黙って耀の返答を待つ春。急に変な質問をしてしまったために引かれるか、もしくは拒絶されるのではないかと不安に駆られる。彼女が何も知らなかった場合の反応がたまらなく怖かった。うるさく響く心臓の鼓動が、より春の緊張をたかぶらせていた。

 しかし、耀は春が不安に思ったような引いたりする様子を見せることはなく、穏やかな笑顔を浮かべて話し始めた。


「私もね、小さいときからずっと見続けてる夢があるんだ。穏やかな森の中で暖かい日の光を浴びながら、隣に座る春にそっくりな一人の男性にずっと話しかける夢」


「っ! それって………」


「彼が誰なのかは分からないし、何でその夢を見るのかも分からない。それでも、見ている間は幸せな気分になるし、彼と私には何か特別な繋がりがあるんだって思った」


 耀の話す夢に、春は自身が見ていた夢を思い出す。やはり同じなんだという事実に衝撃を受けた春は何も言葉を発することができず、ただ耀の話を聞くことしかできなかった。


「それと、夢とは別にもう一つだけ不思議な感覚がしてたの。この世界のどこかに、私には会わなきゃいけない―――ううん、会いたい人・・・・・がいるんだって。それこそ運命の人みたいな。この街に来たのは、その人に会えるかもしれないって思ったから」


 そう話す耀の横顔は最初こそ寂しそうに見えたが、少しずつ嬉しそうな表情に変わっていく。

 そこから耀は軽く走り出すと春の前で足を止める。くるりと振り返ると、初めて会ったときと同じように輝くような満面の笑みで春を見つめた。


「そして、春に出会った!」


「―――っ!!!」


 その一言と彼女の笑顔に、春の心臓はかつてない程大きく跳ねる。

 彼女が探していた運命の人は自分である。その事実に、言葉で表すことのできない嬉しさが電流のように全身を駆け巡り、頬を綻ばせる。胸を締め付けるような苦しさが襲うが、その苦しささえ今の春には心地よかった。


「ねえ、春。春は自分には運命の人がいるとか、そういうのを感じることはなかった?」


 耀にそう言われたことで浮ついていた意識が戻る春。ふわふわとした気分を切り替え、耀の質問に答えるために今までの人生を振り返る。

 耀と同じように夢を見たりはしたが、耀が言う運命の人がいるといった感覚に陥った記憶はない。夢の中で出会う銀髪の女性に会いたいとは思った。彼女と自分には何かがあると思ったりもしたが、運命だとかそんなロマンチックなものは感じていなかった。


「さっきも言ったけど、俺は耀と同じように夢は見たよ。でも、そんな心の底から会いたい人がいるとか、運命の人が居るだとかは感じたことがない」


「………そっか」


 春は自分とは違うのだと分かると、耀は悲しそうな表情で視線をゆっくりと下に落としていく。

 しかし、春の言葉はそこで終わりではなかった。


「でも―――」


 その声に耀は再び春へと視線を戻す。

 確かに、春は彼女のように運命を感じたりはしていない。それでも、今日初めて会ったときに胸が高鳴った。

 告白されたとき、戸惑いはしたけれども嬉しかった。

 一緒に居るとドキドキするが、それと同時にすごく落ち着くような気がした。

 彼女の笑顔をもっと見たいと思った。

 離れたくない、もっと一緒に居たいと思った。

 そう思った理由を、今ならはっきりと言える。


「俺は耀のことが好きだ!」


 春は自身の顔に熱が籠るのを感じていた。

 真っ赤な顔に緊張と恥ずかしさで少し大きくなった声と砂で汚れた服。アニメやドラマで見るようなイケメンがする告白には程遠いだろう。見る人によっては無様に見えるかもしれない。

 それでも、春は今の自分のありったけの想いを言葉に込めた。


「――――――っ!!!」


 その告白に、耀は初めて春の前で頬を真っ赤に染める。高鳴る胸を両手で抑え、声にならない悲鳴を上げた。


「初めて………好きって言ってくれたね」


 柔らかい笑顔を見せて話す耀の目尻には、ほんのりと涙が浮かんでいた。

 そのことに気が付いた春は申し訳なさそうに表情を暗くする。


「言ってなかったなと思って。その、ごめ―――」


「謝らないで」


 耀は春の言葉を遮り、目尻に浮かんだ涙を指で拭い去る。


「嬉しすぎて思わず涙が出ちゃった。勘違いさせてごめんね」


「いや、耀が謝ることないって。謝るなら俺の方だし」


「………春」


 申し訳なさそうに表情を暗くさせる春の名前を呼ぶ耀。

 耀の美しい赤い瞳がしっかりと春を捉え、春はそんな彼女の瞳から目を離すことが出来なかった。


「私も、春のことが好きだよ」


 耀の言葉は、先程の春の告白に対する返事だった。

 春の心臓が再び強く跳ねる。頬を赤く染めるが今までの彼とは違い、照れや恥ずかしさのようなものはほとんど感じなかった。

 自分の想いを自覚し、言葉にしたことで春の中で何かが変わったのだろう。いま春の胸中を埋め尽くすのは、今すぐにでも胸を突き破って溢れ出してしまうと思えるほどの幸せだった。


「………ありがとう」


 春はその幸せを表すように、ニカッと白い歯を覗かせて輝くような笑顔を見せるのだった。

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