1-3 よ、よろしくお願いします!
「好きです。私と付き合ってください」
「―――………………っ!!!」
最初は耀の告白に唖然とするも、春はすぐに顔を真っ赤に染め上げる。
好きという言葉に胸が高鳴り、心臓の鼓動を早めた。
初めて会った女の子からの告白。
相手がどんな美少女であったとしても普通ならば戸惑ったり、疑いや嫌悪感を持ったりするだろう。
しかし、春は彼女からの告白に悪い気はしないどころか、かつてないほどの嬉しさと幸福感を感じていた。
そして、春は感情の赴くままに耀へと告白の返事をする。
「よ、よろしくお願いします!」
真っ赤な顔で勢い任せの大きな返事。
そんな春の返事に耀はパアッと花が咲くように笑顔を浮かべていった。
「―――っ! やったー!!!」
「うおっ!」
耀は春の両手から手を離し、自身の両手を頭の上へと振り上げて輝くような笑顔で歓喜する。
そして、そのままの勢いで耀は春へと抱き着き、背中へと腕を回した。
春は自分へと押し当てられる耀の豊かな胸と
(うわああああ! 柔らかい物が当たってるうううう!)
春は顔をより一層に赤面させ、心の中で叫ぶ。
こういったことに経験の無い春はどうすればいいのか分からず、なされるがままになっていた。
そして、その光景に大興奮している者が他にも居た。
「キャーーー!!! 今の見てた十六夜君!」
「ああ、見てた見てた」
興奮のあまり悲鳴のような声を上げ、何度も十六夜の背中を左手で叩く篝。
一体どこの恋愛漫画やドラマだと言いたくなるような展開に、篝のテンションは最高潮に達していた。
それを十六夜は笑って受け止め、叩かれていることに対しても咎めるようなことは一切言わない。
そして、耀に抱き着かれたまま硬直している春へと声をかけた。
「春」
「ぁあ、十六夜、篝」
十六夜が声をかけると春は耀へと向けていた視線を二人に向ける。
耀も後ろから聞こえてきた声に、春から離れて後ろへと向き直った。
「とりあえず、二人ともおめでとう」
「おめでとう。見ている私までドキドキしたわ」
恋人となった二人に祝いの言葉を贈る十六夜と篝。
春は告白された時、二人がいるという事が頭から抜け落ちてしまっていた。
そして、今頃になって二人に見られていたという事実に気が付き、恥ずかしそうに目線を下にそらした。
「あはは、ありが………あ」
「あ」
お礼の言葉を言おうと二人に視線を戻す春。
しかし、言葉は途中で途切れ間の抜けた声が出る。顔もやってしまったと言わんばかりに唖然としていた。
そんな春を怪訝な目で見つめる十六夜と篝。
よく見れば耀も春と似たような顔をしていた。
二人の視線が自分達よりも後ろに向いていることに気づき、その視線を追うように後ろへと振り返る。
そして、春と耀の二人の表情の理由をすぐに理解した。
「「あ」」
先程の春と同じような間の抜けた声が出る十六夜と篝。
その視線の先にいたのは一人の老人であった。
年を取り色素が抜けた白髪に細い顔つきで、左の額にある少し大きな傷跡が目立つ老人が軍服によく似た黒い防衛隊の隊服に身を包み、穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
その老人は春達が来るまで支部長室にて耀と共に待っていた星導市支部の支部長、
※
「「「すみませんでした!」」」
「すみませんでした」
支部長室に春、耀、篝の三人の声が響く。
十六夜の声は三人の声量に負けており、かろうじて聞こえる程度であった。
頭を下げて謝罪する四人の前には書類の積み重なった机に両手置いた幸夫が座っていた。
幸夫は頭を下げる四人に対し、困ったように笑っていた。
「いやいや、別に怒ってなどいないから顔をあげなさい」
優しい声音で顔を上げるように言う幸夫。
春達は言われた通りに頭を上げるが、十六夜以外その顔はどことなく申し訳なさそうである。
その様子からは十六夜のメンタルの強さと若者らしい生意気さが伺えた。
幸夫はそんな十六夜の態度を気にする事なく、春と耀の二人に祝辞を述べた。
「まずは春君、白銀君。おめでとう」
「「………ありがとうございます」」
少し恥ずかしそうに同時にお礼の言葉を言う春と耀。
声が重なった事に驚いた二人は互いに相手へ目線を向ける。
目線が合うと春は慌てて目線を幸夫へと戻し、耀はそんな春の姿を可愛らしく思い
そんな二人のやり取りを温かい目で見つめる幸夫。
小さく微笑むと、耀に目をやり自己紹介するように促した。
「それでは白銀君。自己紹介を」
「はい」
幸夫にそう言われると耀は三人の前に立つ。
そして、自己紹介を始めるために背筋を伸ばして口を開いた。
「改めまして、私は白銀耀と言います。ランクはDランクで、東京の日本本部から来ました。これからよろしくお願いします!」
日本本部という言葉に春、十六夜、篝の三人は目を見開いて驚きを表していた。
日本本部はその名の通り、日本の魔法防衛隊における本部であり、日本の防衛隊の中で一番の設備と隊員数を有している。
日本の防衛隊のトップが本部長を務め、日本の防衛隊の要と言える場所であった。
「まさか本部からの異動とは驚いたな。あ、別に嫌味とかじゃないぜ」
腕を組み、目を見開いたまま微笑する十六夜は自分の思った事を口にする。
嫌味のように取れる十六夜の言葉を耀は特に気にした様子もなく、笑顔で言葉を返した。
「別に嫌味なんて思ってないよ」
「そいつは良かった。俺は
「よろしくね、立花君」
十六夜の自己紹介に彼の前へと移動して右手を前へと差し出す耀。
その手は開いており、握手を求めている事が分かった。
十六夜は同じように右手を差し出し、その手を掴んで握手を交わした。
「十六夜でいいし、
「わかった。よろしくね、十六夜」
「ああ。よろしくな白銀」
「耀でいいよ? 私も名前で呼ぶんだし」
「それはもっと交流を深めたらな」
「そっか。楽しみにしてる」
握手を終え、二人がその手を解くと今度は篝が自己紹介をしようと耀へと近づく。
「私の名前は
「うん。よろしくね、篝さん!」
笑顔で右手を前へと差し出す篝に耀は先程よりも明るい笑顔で握手を交わす。
「さんは無くて結構よ」
「なら、私もいらないよ篝」
「フフッ、分かったわ耀」
そう言うと篝は手を解き、後ろへと下がる。
良き友人に成れる事を今のやり取りで直感した篝はとても嬉しそうに笑う。
そして、篝と代わるかのように春が耀の前へと出た。耀は春の顔をじっと見つめて言葉を待つ。
春もそのことに気が付き、自己紹介をするために口を開いた。
「えっと、さっきも言ったけど黒鬼春っていいます。呼び方は春でいいよ。よろしくな、耀」
先程までのやり取りを見ていた春は同じようにそっと右手を前に差し出す。
耀はその右手と差し出されなかった左手を掴み、告白のときのように自身の両手で包み込むように握る。
これまでのことで少し慣れたため驚きこそしなかったが、春の頬はまたも赤く染まる。
「うん。よろしくね春」
「―――ああ、よろしく」
優しい笑顔で自身の名前を呼ぶ耀に戸惑いながらも同じく笑顔を浮かべて答える春。
そんな二人を見て篝は再び両手を口元に運んで胸をときめかせ、十六夜はからかうような笑みを浮かべる。
「キャーーー!」
「ほーう。随分とお熱いことで」
「な!? 十六夜、お前な!」
「本当? ありがとう十六夜」
「お礼なんて言っちゃダメだぞ耀! 俺達からかわれてんだから!」
「ハハハハハハハハッ! 白銀、お前面白いな! これからはさらに楽しくなりそうだ」
腹を抱えて大きな笑い声をあげる十六夜。
春は十六夜に詰め寄ろうとするが、耀が手を離そうとしないために動けずにいた。
篝はそんな二人にきらきらと輝くような眼差しを向ける。
ついさっき出会ったとは思えないほどに打ち解ける四人に、幸夫は思わず小さな笑い声を零した。
「フフッ、打ち解けたようで何よりだ。これなら、三人に白銀君のことを頼んでも問題なさそうだな」
幸夫の声が聞こえると四人はすぐに横一列に並び、幸夫の話を聞く態勢を整える。
そして、整列し直した耀の顔を見て、幸夫は先程の彼女の行動を思い出していた。
「それにしても、さっきの白銀君には驚いたよ。そこのソファから急に立ち上がったかと思えば、扉を開けて部屋から飛び出していったからね」
幸夫はそう言うと春達の後ろに置かれている小さなテーブルとそれを挟んで向かい合うソファを一瞥する。
ソファの片側には中身の入っていることが分かる竹刀袋が立て掛けてあった。
幸夫の話す内容に、耀は申し訳なさそうに肩を竦める。
「すみません。その………春の
耀が部屋を飛び出した理由を聞くと幸夫は顎に手を当てて考え始める。
「ふむ、気配か。魔力感知ともまた違うようだが、春君はどうだったかね?」
「気配は俺も感じました」
「なるほど………二人とも面識はあるのかね?」
「いえ、今日初めて会いました」
「俺も初めて………です」
耀は特に気にした様子もなく自然に答える。
春は夢に現れる銀髪の女性が頭をよぎり、一瞬言葉に詰まるが幸夫の質問に答える。
二人の答えを聞くと、幸夫は目線を下げて深く考え始める。
「気配か………。非常に気になる事ではあるが、それは次の機会としよう」
深く掘り下げたい話ではあるが、今日は他に話したい事がある。
そのため、幸夫はこの話を別の機会で話す事にした。
「さて、そろそろ本題に移ろう。以前にも言ったが春君、立花君、桃山君。三人にはしばらくの間、白銀君の世話を頼みたい。ここについて、分からない事も多いだろうからね」
「「「はい」」」
「うむ。いい返事だ」
幸夫は三人の返事を聞いて頷くと、次は耀へと視線を移して口を開く。
「白銀君も防衛隊のことに限らず、何かあれば彼らに相談するといい」
「はい」
「よし。それでは早速だが、白銀君にこの支部を案内してあげなさない。それが終われば後は自由にしてくれ」
「分かりました」
幸夫の視線が春に向いていた事で、春が代表して返事をする。
その返事を聞くと幸夫は小さく首を縦に振った。
「うむ。それでは頼んだよ」
幸夫の言葉を聞くと四人はそれぞれ失礼します、と言って部屋から出て行く。
その際に、耀はソファに立て掛けてあった竹刀袋を左肩に掛けて出ていった。
幸夫は四人が出て行ったのを見届けると先程までの笑顔を無くし、四人の出て行った扉を見つめる。
そして、廊下での出来事と先程までの春と耀とのやり取りを思い出し、小さくため息を吐いた。
「闇魔法の少年と光魔法の少女………。これが運命、ということなのだろうか」
幸夫は表情を暗くさせ、誰が聞いているわけでも無いのに語るように独り言を呟く。
そして、これから彼らに訪れるであろう困難を想い、表情をより一層険しくさせた。
「楽園………か」
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