第四話 ラヴ・ソー・スウィート #A

 JGP初となる天宮月乃あまみや つきの栞崎かんざきひとみのユニット、Luminous Eyesが結成・発表されたその翌週。レッスンスタジオの中で、菓蘭子このみ らんこはノートとペンを手に緊張した表情で座っていた。ノートには、それまでよりも詳細な内容が丁寧なイラストと共に書かれ、細かな隙間にはユニットの相性につながる要素や言動がまとめられている。

 そして、目の前で行われているレッスンの風景と手元のノートに視線を何度か往復させ、大きな溜め息をつく。


 ―――全っっっっっっっっっ然自分ランの入る隙間が無いっっ!


 蘭子は悩んでいた。この一ヶ月、誰と組めば自分が最も輝けるかを考えてはいたのだが、それを自分の持つ情報と共にまとめていくうちに、自分以外の相性が良さそうな組み合わせを見つける方に思考がシフトしていき、最終的に自分を除いた考えのまとめが出来上がるという本末転倒な行為を何度も繰り返していたのだ。


「これじゃただの厄介カプ厨……ホーリーオタクにあるまじき邪の行いぃ~……」


 頭を抱えて唸りながらも、今一度ノートを見返してみる。確かに、書いてある情報は正確かつ仔細だ。可能性のひとつとして、月乃とひとみが組むかもしれないという予想も書かれており、見事的中している。

 しかし、それらはあくまで客観的な視点で見たものであり、デビュー前から四月までに記したのは仲間として、ライバルとして意識すべき点ばかり。蘭子のノートには、自分自身のことが全く記されていない。

 加えて言えば、蘭子生来のオタク気質が今だけは非常に邪魔なものとなっていた。自分が誰と組むとよいか、よりも「ここで組んで欲しい」「こうあって欲しい」という他者への願望が先行してしまい、つい自分をそっちのけにして考えてしまうのである。

 それだけではないことも、蘭子自身薄々気がついてはいるのだが。


「蘭子」


 とにかく、一刻も早く自分を含めた予想を更新しなければいけない。一組目がお披露目となってしまった今、他の七人も急ぎ初めているはずだ。


「蘭子」


 しかし一人のオタクとして自分の持っている要素を書き出してしまうとなんだか自分に酔っているような気がしてしまい気恥ずかしさが表面化しノートを抱えてベッドの上で大回転してしまうのでまずはそこをなんとかしないといけない実際のところ中三の十四歳ならまだ中二病も許容範囲内なんだから少し盛るくらいの気概が無ければアイドルなんて


「蘭子!」

「どぅえぁぁ!? はい、はい!? えっ!?」


 聞いたこともないような声色の声に驚きはっとした瞬間に、鼻先が触れそうな距離まで近づいたみのりの顔が目に入り、焦点が合わず何度も驚く。怒りが混じった稔の声と言う珍しさもあり、レッスンルームは静まり返った。

 どうやら休憩に入ったらしく、全員が荷物の周辺に集まって水分補給の途中だったようだ。


「……近付いても気づかれないことはよくあるけど、話しかけて気づかれないのは初めての経験よ」

「んぅえぇっ、すすすっ、すみません!」


 初めて見る不機嫌な顔に、慌てて立てていた膝をつき頭を下げる。咄嗟の行動だったが、頭を下げてから土下座にしか見えないことに気付いた。目を向けていた弦音つるねが思わず「武士じゃん」と呟き、隣にいた彩乃あやのが咽せる。


「まったく、そんなに集中して何してたの?」


 稔としては当然の疑問を口にしただけだが、蘭子は言葉に詰まった。まさかユニットの考察をしようとしたら自分のことを計算に入れていなかった、などと言えるはずもなく、どうにか誤魔化そうと思考を巡らせる。


「えー、っと、です、ねぇ……危機管理、みたいな~」

「私に嘘つくつもり?」


 腰に手を当てて立ち上がった稔に、鋭い目で見下ろされる。やや身長の低い稔と、同年代の中では身長が高い方の蘭子では見下ろされる構図自体が珍しく、思わず怯んでしまう。

 しばらく沈黙が続いたあと、稔は溜め息をついて振り返った。


「まあいいわ。レッスンが終わったら話したいことがあるから、その時にね」

「え、あ、はい……?」

「逃げないでよ」


 去り際にそう残され、思わず髪が乱れる勢いで首を縦に振る。その様子を確認すると、稔は一足先にレッスンへと戻っていった。

 ノートを抱きしめたまま、蘭子はやってしまったと当惑する。そこからの二時間は、彼女にとってノートを取ることも忘れるほどに気が気でない時間となったのだった。

レッスンが終わったあと、見るからに落ち着かない様子の蘭子へ稔が近づく。普段であれば談笑しながら更衣室へ向かうところの他メンバーたちも、二人の様子を入口から観察している。


「え、ええと、な、なんでしょう、かぁ」

「そう構えなくていいわよ。別に怒ってる訳じゃないし」


 少し凄みすぎたと思ったのか、稔は気まずそうな顔で髪をいじりながら言う。しかし、そう言われても何の用かわからない以上蘭子としては緊張を解けそうになかった。


「さっきの件もそうだけど、ユニットを組むために必要な情報を集めてるんでしょ? 相手、決まったの?」

「へっ?」


 何の用事か想像がつかなかったとは言え、予想だにしない質問に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。慌ててノートのページをめくり、顔を隠すようにして声を絞ろうとするも、やはり事実を言うのは気が引ける。


「いや~、まあ……ぶっちゃけ、何も決まってない、ですね」

「そう」


 てっきり悪印象になると思い、それなりの覚悟をもって発言したのだが、今度は露骨に機嫌の良さそうな顔になる稔。ますます訳がわからなくなり、蘭子は視線を右往左往させて困惑する。

 稔は髪から手を離すと、笑顔のまま問いかけてきた。


「蘭子、確か次の土曜はオフよね。その日、用事ある?」

「えっ、あ、えーっと、午前はちょっと用事が。ご用でしたら午後から」

「何の用?」


 瞬く間に顰め面へと戻りながら、稔は顔をずい、と蘭子に近づける。全く感情が読めず、蘭子は内心で悲鳴を上げながら両手を上げ、降伏のようなポーズを取りながら弁明した。


「いえ、あの、すんごく個人的な用でしてっ、あんまり人に言いたくないというかっ」

「私に言えないようなことをするってこと?」

「はいぃ!?」

「こーら稔」


 いよいよ脳がオーバーヒートに陥りかけた瞬間、見かねた恭香きょうかがレッスンルームに戻ってきて稔に軽くチョップする。稔は口を少し尖らせて視線を移した。


「蘭子が困っちゃうでしょ」

「……そうね、やりすぎたわ。ごめんなさい蘭子」

「い、今のはさすがにびっくりです」


 辛うじて言葉を返したものの、未だに落ち着かない心臓をなんとか鎮めようと蘭子は少々大げさな動きで深呼吸する。三回繰り返してどうにか人心地を取り戻してから、稔に向き直った。


「よ、よし、はい! 不肖菓蘭子、もう大丈夫ですっ!」

「そう。土曜の用事は一人? だったら私も連れて行ってね」

「はい?????」



 土曜日、朝九時五十分。蘭子と稔の姿は、秋葉原のショップ前に出来た列の中にあった。列を作る人間の男女比は七対三といった具合で男性の方が多く、リュックサックに大量のラバーストラップを着けた男性や、いわゆる痛バッグを下げる女性などでまま「濃い」光景となっている。

 そんな列の中にいて、ブラウスにバルーンワンピースというガーリーコーデの蘭子と、半袖のシャツにカーゴパンツといったカジュアルコーデの稔は、浮くほどではないにせよ周囲の人間とはまた違った空気感を生みだしていた。


「それで、何で並んでるの?」


 平然と並んでいる稔だが、無論彼女は付き添いである。それも、結局何が目当てか口を割らなかった蘭子に、待ち合わせの約束を強引に取り付ける形でこの場にいた。

 さすがに現場まで来たことで蘭子も観念したのか、稔の発言に対する周囲の反応を若干気にしながら、おずおずとスマホの画面を見せる。そこには、週末の朝方に放送している女児向けアニメの公式サイトが映っていた。


「こちらの作品に出ているランの推しがですね、この度ポップアップストアでめでたく商品化するということでですね、初日に最速で大人買いしに来た、という……ワケです」

「それだけ? ならどうして黙ってたの?」


 視線を泳がせながらもごもごと煮え切らない口調で説明する蘭子に、稔は首を傾げる。しかし、蘭子は依然として目を泳がせたままやや早口になった。


「いやあの、やっぱこうランにもオタクとして一線引いておくべきところがあると言いますかなんと言いますか、あんまりこういうのがわからない人に対してお話しても~みたいなところもありますし、ほら人によって感じ方ってそれぞれで、決めるぜ覚悟とは言ってもランだってこういうのが原因で距離取られたりしたら傷心は免れないなぁってところがあって」

「そう。ところでそれ何話くらいあるの?」


 内心で怯えながら口に出した本音をさらりと流されたうえ、予想外の方向に話題を転換された蘭子はほぇ、と間の抜けた声を上げる。言われた言葉を理解するのに数秒かかったようで、しばらく体ごと固まってから人であることを思い出したように動き出した。


「え、あ、こちらですか。えーとこれ単体だと今三十七話で、あと一クールくらい続く予定ですね。シリーズ作品があと二作ほどあったりしますけど」

「全部でどれくらい?」

「え、全部ですか……二百ちょっと、くらい、ですかね」


 ただの質問だと思って素で答えてから、蘭子はまさかと思い急速で稔の顔を見る。稔は顎に手を当てて何やら考え込みながら質問を続けた。


「DVD・ブルーレイとか持ってる?」

「え、ちょっと待ってください稔ちゃんまさか」

「ええ。私も観てみようかと思って」


 柔らかな微笑みを向ける稔とは対照的に、蘭子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でまたも硬直する。それから思い出したように慌て直しつつ、やや大げさな身振り手振りを交えて問いただし始めた。


「いえあのっ、二百話ですよ!? 時間にして八十時間くらいになるわけで、確かにランは気分で見返したりしますけどそれを全部今からなんてのは流石に」

「いいわよ。蘭子がそれだけお熱なら、私も観てみたいもの」


 涼しい顔で返され、またも呆気にとられる。元より何を考えているのか探りづらいところのあった稔だが、今日の言動は蘭子にとって、一段と予想も理解もできないものだった。

 目まぐるしい表情の変化を楽しむように笑う稔に、蘭子は恐る恐るといった様子で最後の念押しをする。


「……稔ちゃんは、どちらかと言うと映画がお好きで、あまりアニメなどには明るくないと存じてます。その、感性に合うかどうかは保証ができませんよ……?」

「ええ、そうね。でもいいの。あなたと同じものを、あなたと観たくなった。それじゃ不満?」


 人差し指を立てて微笑む稔に、ついに蘭子が折れた。それとほぼ同時にショップ店員が列の前に現れ、立ち並ぶ人々が動き出していく。

 店内へと歩みを進めながら、最後に蘭子は振り返って言った。


「あ、ひとつだけ。今回はシリーズのポップアップですので、本当に全作観るというなら多少のネタバレが含まれる恐れがあります。ですからあんまり中を見ないで、見たとしても一時的に忘れてくれると」

「そう」


 稔は頷くと、蘭子に腕を絡めてぴったりとくっついた。少しの身長差もあってか肩に顔を預けるその姿勢に、蘭子は理解が追いつかずフリーズする。そして、今度ばかりは抑えきれず悲鳴を上げた。


「どぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁああ!?」

「ふふ、見ないようにして転んだら大変だものね? ほら、行きましょ」

「どっ、なっ、は、はぁぁ~~~……ああもうわかりましたよぅ! ランの半身、お貸しします!」


 周囲の客から睨まれることにも最早気づけないまま、蘭子は稔を連れてショップの階段を登り始めたのであった。

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