幕間 イレーネ

 みんなが寝静まった頃、私は上体を起こし、辺りを見回す。

 

 服の裾を引っ張られる感覚がして、私が向けた先にはクラーラがいる。私の名前を寝言でつぶやき、涎を垂らし、私に向かって、手を伸ばしている。

 

 私は彼女の頭を静かに撫でた後、彼女の額に軽く口づけをする。

 しばらく彼女を眺めた後、起こさぬようその手を私から離した。


 本当は分かっている。あんたが私の傍にいるべきではないことぐらい。

 突き放すタイミングなんて、いくらでもあった。それをできなかったのは、私の罪だ。


 誰も起こさぬよう、外へ出た。

 煙草に火を点けようとしたとき、中から人が出て来る気配がした。


 エリーナがこちらに近づいてくる。

 私はため息をつき、煙草に火を点けるのを諦めた。


「久しぶりですわね、イレーネ」

「ええ、エリーナ様。お久しぶりです」


 私は深々と頭を下げる。


「先程までのご無礼、お許しください」


 エリーナは静かに息を吐く。


「別に構いませんわ。それより、あなたは今まで何を?」

「冒険者として、ただ生きてきただけです。特別なことは何も」

「そう、今は王都の方に?」

「そうですね。私は、ロザリア家が治める土地を二度と踏むことはできませんから」

「そうですわね……」


 エリーナは空を見上げ、なぜかソワソワとしている。

 その姿が、私には少し意外だった。


「変わりましたね、エリーナ様は」

「そう思うのですか?」

「ええ、何となくですが」

「もしそうであるのなら、マリアさんのせいですわね」

「……よい、変化だと思いますよ」

「お父様は決して、喜びはしないでしょうけれど」

「……」

「あなたは、私を恨んでおりますか?」

「まさか、エリーナ様がいなければ、私は死んでいたでしょう」


 そう、私は彼女に感謝をしている。


 エリーナは少し躊躇してから、口にする。


「あなたは、私たちを恨んでおりますか?」


 その言葉に、私は笑いを必死にこらえる。


「大丈夫ですよ。そんなことをあなたが気にすることではないですから」

「私たちは、あなたに謝罪するべきなのでしょうね」


 心が、冷ややかになるのが分かる。

 

「謝る、必要なんてないですよ」

 

 そう、その必要なんてない。謝ってどうにかなる、そんな場所に――私は、私たちはもう、いないのだから。


 私は気にせず、煙草に火を点けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る