第22話 話を聞いて欲しいだけ・後編
ことみとローザが話し込んでいた翌日の午後、薬屋のラウンジにやって来たのは優貴と暁のみだった。
「武村……じゃなかった、ことみは?」
脳内と日本に戻った時は名字で呼んでいるので、つい出てしまう癖を言い直しながら、優貴はインティスに尋ねた。
「今日は休みだって。ローザが言ってた」
「そっかぁ……」
「…………」
インティスの答えを聞いて、暁は自室に戻ろうとしたが、タイミング良く階下から現れた王子に捕まってしまった。
「あれっ、コトミは来てないの?」
「王子、今日の勉強は?」
インティスの質問に阻まれた王子は、後ろめたさを微塵も出さずに堂々と胸を張って答えた。
「みんな来たとおもって、ダグラスとのけいこを見てみたいって言ったら、フェレナードはいいって言ったよ」
「え? 本当に?」
「ほ、ほんとだけど……」
随分驚いた風にインティスが聞くので、王子は思わず尻込みしてしまった。
インティスはそのまま黙って少しの間考え込むと、優貴と暁へ声をかけた。
「……どうする? やる?」
「え? えっと……」
「やってやらんくもない」
こういう時にいつも黙っている暁が先に答えたので、優貴は思わず暁を二度見してしまった。多分、彼は単純に時間を持て余しているのだろう。
「やった!」
外見年齢八歳の王子が実年齢十七歳の割にはしゃぐので、インティスは苦笑しながらラウンジの扉に手をかけた。
「じゃあダグラスを呼んで来る。二階の大部屋に行ってて」
「わかった」
「この後俺は城に行かなきゃいけないかもしれないから、マントは大部屋に置いとくよ。何かあったら一階にフェレがいるから、すぐ呼んで」
「うん」
一連の注意事項に優貴が頷くと、インティスはラウンジを出て行った。
大部屋に入ると、ふと懐かしいと感じてしまった。そういえば、色々あってもう一週間特訓を休んでいるのだ。
「……大丈夫だった?」
王子が不安そうに優貴を見上げる。鏡と対峙した結果敗北した、というのは王子も知っているから、この見学が迷惑ではなかったかを気にしているのだろう。確かに、精神疲労が大きすぎて、まだ巻き返そうという気分にはなれないが。
「何もしないよりはいい」
「……そうだね」
暁が答えてくれたので、優貴も同調して頷いておいた。
「おうおう、辛気臭ぇ面してんなぁ」
そうこうしているうちにダグラスがやって来た。
二人が特訓に乗り気ではないことを、ダグラスは鏡戦の敗北を聞いて察していたようだ。
「一週間何もしてないって? そろそろ体がなまるだろ」
そう言ってダグラスは剣を抜いた。いつもの一番大きい大剣ではなく、一緒に腰に差している小剣の方だ。
王子は壁側の、インティスが置いておいたマントの近くの椅子に座って、その様子を見守った。
「う、わ……」
抜いただけなのに、その小剣から放たれるエネルギーに優貴は圧倒された。
戦う前から相手の強さがわかる、あの現象は本当にあるんだと体感してしまった。びりびりとした細かい波動が全身に伝わってくる。
それは隣の暁も感じているようで、小さな舌打ちが聞こえた。
「この剣を弾けるか?」
ダグラスが振り下ろした刃を、優貴は咄嗟に鞘のまま受けた。
その衝撃は、これまでにないくらいの重さだった。
彼とは今まで何度も特訓の相手をしてもらっていたのに、信じられない。
「こ、こんなに強かったっけ?」
これまで本気を出していなかった、と言うのではなく、とにかく桁違いに強くなっている。
ダグラスがにやっと笑い、力を緩めた隙に、優貴は剣を押し返して後ずさった。
「土の精霊の力を持つ源石を集めているからな。これくらいにはなる」
小剣は決して大きくはなく、剣の分類としては細身の方だ。それなのに、受け止めただけでこちらの剣が鞘ごと負けそうだった。
「そら、吹っ飛ばされたくなかったら本気で来い!」
「〜〜〜〜っ」
優貴と暁は互いに目を合わせたが、ここはやるしかない。そうでなければ本当に飛ばされそうだ。
壁際に置いてあった特訓用の武器で、応戦を始めた。
「うわぁ……」
王子にとってそれは普段見ることのない光景だった。
自分自身も多少は剣術などを習うことはあるが、塔に隔離されているから他人の稽古は見られない。
圧倒的にダグラスが強く、二人はその攻撃を受けたり流したりするだけで精一杯に見える。
けれど、優貴と暁は呪いの解呪のために守護獣と戦い、ダグラスは自分を守ってくれているのだ。
三人の攻防を眺めていたその時、王子の体に異変が起こった。
バランスを崩し、椅子から落ちるがたんという音に、反射的に稽古の手が止まる。
呪いの発動だ。
「王子!」
駆け寄ろうとして、呪いは自分たちではどうにもできないことを優貴は思い出した。進行を抑えるために、マント越しに魔法の力を注ぐのだが、高校生たちの力では手に負えないと言われていた。インティスは城に行っていていないから、階下のフェレナードを呼んで来なければ。そうするよう言われたものの、果たしてそれで本当に間に合うのか。
ダグラスはすぐに剣を収め、王子の元へ駆けつけた。隣の椅子に置いてあったマントを広げ、王子の小さな体を包む。
「ダグラス、フェレを……」
「いやいい、このまま治める」
ダグラスはそう言うと、王子の体を抱き込んだ。
同時に、エネルギーの塊がダグラスから王子に吸い込まれていくのがわかる。インティスの時はそれは炎だったが、塊自体は目に見えず、そこだけ景色が歪むことから、これがダグラスの持つ土の魔法の力なのだろう。
マントの中からは、以前優貴たちが見た時と同じようにしゅうしゅうと音を立てて水蒸気が上がる。抱えられたまま投げ出された足が、小刻みにがくがくと震えていた。
それでも、数分で水蒸気と足の震えは治まってきたようだ。少しして、足下に黒い石が一つ落ち、ダグラスがそれを踵で粉々にした。
マントを捲ると、まだ少し肩で息をしていたが、王子の外見に変化は見られなかった。何とか若返りを防げたようだ。既に小学校低学年くらいになってしまっているので、これ以上進むのは怖い。
「王子、大丈夫ですか」
「ダグラス……? ありがとう……」
対処したのがダグラスとわかると、王子は驚いたように瞬きをしながら彼の膝から下りた。
◇
遅めに終えた二人分の夕食の食器を片付けながら、インティスはフェレナードに向かって溜息をついた。
「……もう、王子の勉強を休みにするなら早く言ってくれないと」
「悪かったよ。ここのところ勉強を詰め込み過ぎたかなと思って」
フェレナードが稽古を見る許可を出したと王子から聞いたインティスは、またフェレナード自身の体調が優れないのではないかと思ってしまったのだ。
稽古のためにダグラスを呼びに行って、フェレナードの体調を確認するために薬屋に戻って、それを厨房へ伝えにまた城へ戻り、今に至る。厨房で長話になるのはいつものことだ。
「フェレナード、聞いてよ。あっ……」
向かいの部屋から扉を叩いて開けた王子が、まだ食事中だと思って言葉を止めた。
「終わってますよ、大丈夫」
「ありがとう」
インティスが答えると、王子は部屋に入ってきた。
「あのね、今日ユウキたちのけいこを見てたら、呪いが来ちゃって……」
そこまで聞いたフェレナードは思わず立ち上がってしまった。王子に呪いの発動があったことは誰からも聞いていない。
それはインティスも同じだった。二人に動揺が走る。
慌てて側に来ようとするフェレナードを王子が止めた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ユウキがフェレナードをよびにいこうとしてくれたんだけど、ダグラスが呪いを止めてくれたんだ」
それを聞いたフェレナードもインティスも、驚いたように顔を見合わせて王子に尋ねた。
「ダグラスが?」
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