第18話 ネガティブのチラ見せ・前編

 すぐ近くにいたおかげで、腕を伸ばすだけでフェレナードの体を支えることはできた。

 けれど、小箱の中身のナイフを見るなり倒れるなんて明らかにおかしい。インティスは眉を顰めた。

 ただのナイフでこうなるのなら、昨日手入れをするのに出したインティスの護身用のナイフでも起こっていたはずだ。だがあの時は何もなかった。

 どうやらこのナイフに理由があるようだ。

 抱き起こそうとしたところで気が付いたので、立ち上がるのに手だけ貸した。


「……大丈夫?」

「……何とか」


 フェレナードは椅子に座ると、すぐにナイフが入っていた小箱に蓋をした。

 大きくて長い溜息を吐いて頬杖をつく姿は、重すぎる思考を何とか腕で支えているようにも見えた。


「フェレ……」


 名前を呼んだものの、そこからどう言葉をかければいいかがわからない。

 その様子に気付いたフェレナードは顔を上げ、立ったままのインティスを見上げた。


「……心配させて悪かった。子供の頃から本を読んでいるせいで、無意識に余計な想像が見えるのさ」

「余計な想像って……文献のこと?」

「そう、今回が一番酷かったな……。でも、慣れると思う」

「ならいいけど……」


 文献は王家の呪いについて書かれているとフェレナードから聞いたことがあった。遺産はその呪いの犠牲になった歴代の王の形見ということも。

 今回のナイフがどのような所以で残されたのかはインティスにはわからないが、恐らくフェレナードは文献を読んで知っているのだろう。

 呪いの調査を始めてから七年近く経っているが、以来彼の澄み渡る青空のような笑顔を見た記憶がない。

 王子や高校生たちの前では取り繕って笑っているが、自室に戻ればそれもすぐに剥がれてしまう。

 早く解決できればいいのにと思っても、自分にはそのための直接的な手助けはできない。インティスにはそれが何よりも歯がゆかった。



    ◇



 猪戦に勝利した翌日は日曜で、とりあえず次の部屋の様子だけ伺うことになった。

 高校生三人とローザ、インティスのいつもの五人で、昨日遺産を持ち帰った部屋から調査を再開する。


「……よく見たらこの扉、何か模様が彫られてる」


 次の部屋への扉を調べようとして、インティスが扉の数歩前で立ち止まった。


「……ほんとだ」


 優貴も改めて扉を眺めてみたが、大きな鳥の絵が彫られていた。鶏ではない方だが、わかることはそれだけだ。


「次はこいつってこと?」


 ことみが首を傾げたが、答えは扉を開けてみないとわからない。


「とりあえず開けるか……見たところ仕掛けはないみたいだけど、一応離れてろ」


 インティスが施錠を解いて、扉を開けた。

 次がどんなところかを見るだけなので、緊張感はそれほどない。

 扉の先は広い石畳の部屋で、真ん中に台座はなかった。つまり、何かしらの守護獣が出てくるはずだ。


「やっぱりさっきの扉のやつかしら」

「でもあれ何の鳥?」

「それはわかんないけど……」


 優貴の疑問に、ことみは首を傾げる。扉にあのように彫られていること自体今までなかったが、今回の守護獣は何か特別なものなのだろうか。


「ねえ、出てきたわ」


 ローザが指をさした、部屋の隅の天井に近いところから、その守護獣は大きな鳥の姿となって現れた。

 大きいのはいつものことだが、確かに造形の雰囲気が今までと違う。

 特徴的なのは、体は白っぽいのに顔の部分だけが赤く、くちばしは黒くて細長い。それから、長くはないが細い足も真っ赤だった。

 完全に姿を現すと、その鳥は閉じていた両羽を広げた。

 羽の内側は夕焼けを思わせる、赤とオレンジを混ぜたような色をしていた。

 今まで石のような灰色だったのに、あの鳥は色がある。随分違う。

 そして、これまで姿を現すなり襲ってくることが多かったが、今回のこの鳥は何も仕掛けてこない。

 どちらも動かないまま、微妙なひとときが流れた。


「……何もしてこないわね」

「静かなのもちょっと怖いんだけど……」


 ことみと優貴のやりとりを聞いていた暁が、足下の大きめの石を拾って鳥に投げつけた。

 すると、突然手のひらを返したように大きな羽を翻し、大量の炎を放ってきた。咄嗟にローザとことみが水の膜を張ってくれたので、何とか火傷は免れた。


「石一個の反撃がでかすぎるよ!」

「暁! なんで石なんか投げたの!?」

「向こうが何もしねぇなら、こっちからやるだろ」


 これまでの守護獣とは外見も様子も反撃の規模もいつもとは違う。

 優貴、ことみ、暁の会話を聞きながら、インティスはひとまず退却を決めた。



    ◇



「あれ? おかえり。早かったね」


 薬屋三階のラウンジで伸びている優貴に、王子が声をかけた。


「コトミとアカツキは?」

「二人とももう帰ったよ。今日は様子見だったけど、なんか強そうでさ~」

「強いの? どんなやつだった?」

「赤い鳥。変わった見た目だったな」


 王子はちゃっかり椅子に座っていて、目が合うときょとんと首を傾げた。


「あれ、ひょっとしてそろそろ帰ろうとしてた? いいじゃん、もう少し話そうよ」


 にこにこしながらさらっと言うが、かわいい顔して結構ぐいぐい来るのだ。外見が子供なのでつい忘れがちだが、王子は自分と同じ歳なのである。確かに、そう意識するとクラスにもこういうタイプはいるかもしれない。優貴にとっては苦手な部類だ。

 そう思った瞬間、気持ちが日本に戻ってしまった。登校から帰宅まで、誰とも話さないようにしている世界。

 周りが自分を避けてるな、と何となく察することができてしまう世界。

 そうだ、自分は所詮その程度の人間だ。

 そんなやつの話なんて、誰が聞きたいと思うだろう。


「……俺の話なんてつまんないよ」

「えー? そんなことないよ。さっきの続きでも、ニホンの話でもいいよ」

「…………」


 優貴は言葉を止めた。そういえば、王子とも普通に話せている。


「……ユウキ?」


 王子は不思議そうに目をぱちぱちさせた。外見相応ならかわいいかもしれないが、中身が同い年だとわざとらしく見える……のは、気持ちが向こうに戻ってしまっているからかもしれない。何もかもひねくれて見える。


「……俺はさ、ほんとはこんなにちゃんと喋れないんだよ」

「……どういうこと?」


 王子と優貴の声が聞こえ、ラウンジの扉を開けようとしたインティスは反射的に手を止めた。後ろのフェレナードにも静かにするよう身振りで伝える。

 優貴は王子の疑問に答えずにいた。

 聞かれたところで、今から一から説明するのは手間すぎる。

 話したところでわかってもらえる保証もないからだ。

 時間の流れに紛れて話題が変わるのを待ったが、王子は話を切り上げようとしない。

 それでもしばらくは黙っていたが、いよいよ沈黙に耐えきれず、優貴は諦めたように吐き出した。

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