第20話 裏切り

 健斗との惰性な関係は続いていたの。


「そう言えば、いつもすぐに返事くれるのに、時々、1日か2日ぐらい経ってから返事が来ることがあるよね。」

「うん。仕事が忙しい時かな。」

「でも、塾って、忙しいとはいっても、徹夜とかないんでしょ。なんとなく違和感があるんだけど。」

「塾も本気で子供の成績を考えると、結構、忙しいんだから。紗世、そんなに拘束するなよ。僕も、考えたいこととかあって、すぐに返事できないこともあるしさ。」

「そうかもしれないけど、返事くれないと寂しくなっちゃう。」

「ごめん、これからは、なるべく早く返事するようにするよ。」

「わがままをいって、ごめんなさい。ところで、私たち、付き合って、もうすぐ4ヶ月ぐらいになるし、今日は健斗の誕生日だから指輪を用意したの。婚約指輪とか堅苦しいものじゃなくて、恋人指輪だと思って、付けてくれると嬉しいな。」

「ありがとう。じゃあ、付けるね。」

「なんか、迷惑みたいだけど、困ってる?」

「そんなことないよ。」


 そう、なんとなく、健斗の後ろには誰か女性がいるような気がするの。確証はないけど、女の勘というものかしら。


「ねえ、そろそろ、現実世界でも会ってみましょうよ。一緒に暮らすっていうのもいいかも。そしたら、ずっと一緒にいられるでしょ。」

「いや、どうかな。」

「ダメなの? どうして。」

「別にダメというわけではないけどさ。ただ、ずっと一緒にいると、嫌なところも見せちゃうし、少し、距離を置いた方が長続きするんじゃないかと思って。でも、どうしてもっていうなら、一緒に暮らすのはひとまず置いておいて、今度、会ってみようか。」


 今夜は、現実世界の渋谷で会うことにしている。ハチ公の前で待っていると、メタバースで見たとおりの姿で健斗は現れた。


「あれ、髪はロングじゃないんだ。」

「ごめん。そう、髪だけは変えてるんだ。言ってなかったかも。健斗は、本当にそのままなんだね。」

「言っただろ。じゃあ、飲みに行こうか。」

「うん。」


 現実世界での飲みは大変よね。だって、酔っ払ってから、家に帰らなくちゃいけないでしょ。でも、メタバースに馴染めないおじさんとかもいっぱいいて、現実世界にも、いっぱいの居酒屋とかはある。


「今日、どこかに一緒に泊まっていかない?」

「ごめん、今日は帰らないと。子供たちの試験問題作ったりとか、まだ仕事があって。」

「そうなんだ。つまらない。でも、頑張ってね。じゃあ、今日はバイバイ。」


 私たちは帰るふりをして、健斗に気づかれないように後をついて行き、彼の家を調べることにしたの。健斗は、渋谷から井の頭線に乗り、久我山駅で降りた。周辺は住宅地だったけど、5分ぐらい歩いたかしら。ある一軒家に入って行った。


 その時、同年代の女性が玄関を開けた。母親じゃもちろんないし、お姉さんとか妹とかいう雰囲気じゃない。


「あなた、お帰りなさい。梨沙が待てなくて寝ちゃったわよ。毎日遅いんだから、少しは娘とも話す時間作ってあげてよ。忘れられちゃうわよ。」


 どういうこと? 子供がいる? 既婚者っていうこと? ひどい。私は遊ばれただけなの? そんなこと、一言も言ってなかったじゃないの。


 私とメタバースで会っている時は、どうしていたの? カプセルホテルを借りて、そこから入っていたとか?


 だから、家に連れて行けないって? メタバースの自宅でも、親じゃなくて奥さんと子供が家にはいたのね。


 家に帰る道には、川沿がライトアップされていたはずなんだけど、川があったことも覚えていない。いつの間にか駅から電車に乗っていた。


 電車の中も、人は少ないけど、みんな楽しそうで、私だけ別世界にいるみたい。どうして、私だけ、いつも幸せになれないの。


 先輩と別れて、輝いてる世界から取り残されてから、私の心は真っ暗なまま。健斗と会ってからも変わってないから、別に悲しさが増えた訳じゃない。でも、私も努力してきたのよ。少しは、明るく振舞える自分になろうって。


 でも無理だった。なんか、疲れちゃったな。もう、これからの人生に期待しない方が楽なのかもね。そっちの方が裏切られることもないし。


 私だって、本気じゃなかったし、健斗と結婚したいとか思っていたわけじゃない。でも、私なりに、誠実に付き合っていたと思う。男性って、同時に何人もの女性を好きになれるって聞いたこともあるけど、そういうこと? 私には理解できない。


 私って、なんなんだろう。交換がきく、大勢の人のうちの1人なの。そんなんじゃない。私をふった先輩も、私のことを好きになってくれなかった。私は、勉強や仕事はできるけど、恋愛は不得意なのね。


 よく考えてみると、男性は私のことをどう思っているんだろう、どうして私のことが好きなのかなんて考えたことがなかった。いつも、男性の前で、自分がどう思うのかを考えてばかりだったもの。


 そもそも、男性って、どうして女性が好きになるんだろう。よくわからない。ハムスターみたく、みると可愛がりたくなるのかな。だから、何匹もハムスターがいても、可愛くなっちゃうとか。


 私は、先輩と付き合ってからというもの、1人だと寂しいし、自分に自信もないし、いつも、暖かく包み込んでいてほしい。男性がどう思っても、他の女性に気持ちがある人なんて嫌。


 数日後、メタバースの世界で、カクテルバーで健斗と待ち合わせた。


「こんばんは。今日は、指輪をしてきてくれたのね。ありがとう。ところで、この前、ご自宅に行ったの。」

「え、どうして。」

「そうしたら、奥様とお嬢様がいるんだってわかった。私のこと、遊びだったのね。」

「いや、妻とは別れようと思っていて、形だけの夫婦なんだ。僕は、君のことが一番なんだよ。」

「会話から聞こえた雰囲気は、そんな感じじゃなかったけど。そうだったら、1ヶ月以内に離婚届を私に持ってきて。」

「それはできないよ。段取りとかあるんだから。」

「なんで、最初に既婚者だって言ってくれなかったの。別れる気なんてないんでしょ。私の体だけが目当てだったのね。訴えた方がいいかも。犯されたって。」

「紗世だって、合意してただろ。犯した訳じゃないし。」

「真実を言っていなかったからでしょ。裁判所から通知が来るまで待っていなさい。」

「紗世が言ったことが正しければ、不倫していた紗世だって、妻から訴えられるんじゃないか。」

「何、開き直っているのよ。一番悪いのは健斗なのよ。いずれにしても、奥様には、これまでのこと、全部話すから。」

「ごめん。謝るから、許してくれよ。」

「だめ。私は、しつこんだから。」


 席を立って、スイッチを切った。そして、自分だけしかいない部屋で、自分が騙されていたこと、でも、それを気づけなかった自分が悔しかった。涙いっぱいで、このまま寝ると明日の顔がどうなるか気になったけど、そのままベットに入って寝てしまったの。

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