第18話 交際と別れ
先輩とは、月に2回ぐらい、メタバースのレストランで食事をするようになったの。
「あ、木本さん、待たせちゃったね。今日も、お疲れさま。」
「いえ、先輩も、お疲れさまでした。今日は、どんなことしてたんですか?」
「今日は、バーチャルレストランのSCMプロジェクトで、現状調査結果報告をして、今後の業務改善につなげていこうとお客様とずっと打ち合わせだったな。」
「すごい。私も、そんな壮大なプロジェクトに参画してみたいな。」
「上司に異動届出してみたらどうかな。」
「うちの上司、飼い殺しって有名だし、難しいと思います。」
「そうなんだ。でも、やってみて損はないと思うけど。」
「ありがとうございます。じゃあ、考えてみますね。ところで、フットサルをやっていますよね。どのぐらい練習しているんですか?」
「週末のうち1日は朝から昼まで練習して、ランチをメンバーで食べて帰るって感じかな。その他、土曜日とかに多いんだけど、試合とかあると、その日はずっと試合対応となる。そういえば、何回か、応援に来てくれていたよね。」
「気付いてもらってたんですね。嬉しい。じゃあ、週末は1日空いていることが多いんですね。そんな時、どう過ごしているんですか?」
「そうだな、半日ぐらい寝て、あとは、たまった洗濯物とか部屋の掃除とかすると夕方になっているかな。そして、夕食作って、部屋で飲んで寝るという1日だね。」
「だったら、私が、お昼とかに行って、洗濯とか掃除とかして、夕食を一緒にということも可能ですね。」
「それは嬉しいけど、そこまでお願いしちゃうのは悪いよ。夕食を一緒にというのはいいかもね。」
「そのぐらい、やりますよ。少しでも、先輩と一緒にいたいし。現実世界で住んでる住所を教えてくださいよ。」
「まだ、こんなに若くてすてきな女性を僕1人の部屋に入れるのはちょっとかな。じゃあ、予定のない日曜日は17時から食事ということで決めておこうね。」
「冷たいんだから。でも、わかりました。特に連絡がないときは、日曜日の17時から食事を一緒にと。次回は、渋谷のカテリーナというバーチャルイタリアンとか、どうですか。コースを頼んでおきますので、17時前にはお料理とお酒が届くようにしておきます。そしたら始めましょう。」
「わかった。段取りがいいね。ところで、先日、うちの社長が言っていた、パートナー戦略なんだけど、新井商事との提携なんていいんじゃないかと思うんだよね。だって、新井商事の事業領域は、今後、当社が強化すべき方向と合っているし。」
私は、先輩が熱く将来のビジネスを語る、キラキラした目をずっと見つめていた。本当に、この人と一緒に歩んでいきたい。私は、料理はなんだったか記憶がないほど、先輩の顔だけをずっと見つめていた。
このあと3回ぐらい一緒に食事したけど、ずっと、仕事の話しばかりで、結局、私のことは1回も聞いてくれなかった。でも、私のことは、いいの。だって、先輩のかっこいい姿を見てるだけで幸せだもの。
付き合って1ヶ月経った頃、私の誕生日だったので、一緒に食事しましょうと誘ってみた。もちろん、私の誕生日だと言って。
「お誕生日、おめでとう。これ、プレゼントのネックレスだけど、似合うかな。つけてみて。」
「ありがとう。つけてみるね。」
私は、うっかり、涙をこぼしてしまったの。だって、あの先輩からプレゼントなんて。
「やっぱり、似合うね。今日は、バーチャルだから、明日、自宅に送っておくね。でも、木本さんは、本当に可愛いよ。」
「嬉しい。そんなこと言ってくれるなんて。」
私は、食事が終わって、同期モードのスイッチを切ると、また部屋に一人きりになったけど、先輩の顔が次々と頭に浮かんで、寂しいなんて気持ちは少しもなかった。余韻ってこんなことをいうのかしら。
翌日、現実世界の家の周りを散歩してみた。早々に届いた先輩からのプレゼントを身につけて。可愛いネックレスね。先輩、どんな顔して選んでくれたんだろう。私のことはあまり聞かないけど、ネックレスを選んだ時間は、私のことだけを考えてくれたんだよね。
桜の花はすでに散ってしまったけど、暖かい春の中で、いろいろなお花が咲き始めていている。これまで、道端の花とか見たこともなかったけど、寒さも終わり、これからの明るい未来に向けて、お花たちは、太陽の陽を一杯に浴びて頑張ってる。
鳥たちも楽しそうに囀ってるわね。人生を謳歌するように、精一杯、羽根を広げて飛んでいる。そう、自然は、この楽しい時間は一瞬だからもっと楽しもうと頑張っているのね。私も、精一杯に楽しまないと。
川沿いの遊歩道を歩いていると、川のせせらぎが心地よくて、爽やかな時間を過ごせた。あまりに楽しくて、気づかないうちにスキップをしてたみたい。恥ずかしい。
でも、半年ぐらい経った頃、先輩から思いもかけない言葉が伝えられたの。
「言いづらいんだけど、これまで一緒に食事してきたけど、やっぱり、木本さんとは付き合えないんだ。ごめん。」
「え、別れるってことですか。」
「誤解があったかもしれないけど、まだ付き合うか双方で考えようねって言ったつもりだったんだけど。それは置いておいて、僕は、付き合いたい人ができたんだ。」
「どんな人ですか。」
「大学時代の元カノなんだけど、よりを戻したいって。」
「私じゃ、ダメなんですか?」
「木本さんは可愛いし、誰もが彼女にしたいと思う人だよ。だから、僕より、もっといい人がいるって。」
「だったら・・・。」
「でも、元カノが泣いてきて、僕も、昔のことが蘇ってきて、もう1回、付き合うことにしたんだ。」
「私も、泣けば、付き合ってもらえるんですか。」
「そういうことじゃなくて。ごめん。僕が悪いんだ。元カノをそのままにしておけない。じゃあ、もう2人だけで会うのもやめよう。さようなら。」
これで、私の恋は終わったの。それ以来、特に、心が躍るなんてことはない。
これまで輝いていた周りの風景は、変わっていないのに、私だけが色褪せていた。いったん気づいてしまった色は、私の心が色褪せても、元の灰色に戻ることがなかったの。私だけが別世界にいるみたい。
輝く世界を見てしまった私は、これからどうすればいいの。周りは、いまだに輝いているのに、私だけは遠い世界に一人でいる。元カノが悪いんだわ。女の涙を使って、無理矢理、先輩を奪ったんだもの。
ランニングをしていても、周りで歩いている人たちは、みんな楽しそう。恋人や家族と充実した時間を過ごしてるんだと思う。でも、私はひとりぼっち。こんなんだったら、先輩と会わずに、何もなく過ごしていた方が良かったのかも。
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