第13話 恋人からのメッセージ
「莉子と、出会えて本当によかった。これからも、ずっと一緒にいようね。」
そう、私は今、幸せ。決して他人に自慢できる外見じゃないけど、私にとっては最高の彼だもの。そして、彼も、さっきのような言葉をいつもかけてくれる。彼とは、今から2ヶ月ぐらい前に会ったの。
今でも聡のことは忘れたい過去なのは変わっていないけど、それをきっかけに、心から人を好きになって、初体験もして、男性とは緊張せずに話せるようになった。
男性と自然に話せるようになると、びっくりするぐらい、男性から声をかけられるようになったの。
今夜は、女友達から合コンに誘われて、参加した。男女6人というメンバーで、まず、前の男性とお話しをしていた。
「霧島さんは、彼氏いない歴、どのぐらいなの?」
「まだ半月ぐらいかな。」
「あれ、つい最近、別れちゃったんだね。寂しいでしょ。」
「それほどでもないけど。」
「あれ、1人で強く生きていく、たくましい女って感じ?」
「そんな強くもないし。佐藤さんは、どんな女性が好みなの?」
「いつも笑顔で、俺についてきてくれる人かな。」
「そんな、都合のいい人って、いないでしょ。」
「そうかな。女は、だいたい、そんな感じだと思うけど。だいたい、女は男より背が低くて、子供のように可愛らしい顔つきだってことは、子供のように男に守ってもらうように生まれてるんだよ。」
「そんなことないと思うけど。」
「俺が付き合ってきた女は、みんな、守ってほしいって言っていたけどな。」
「それは意味が違うんじゃない。さっき言ってたこと伝えたら、怒ると思うよ。」
「おまえ変わってるね。モテないでしょ。」
イケメンだけど、なんか失礼なやつだななんて思っていたら、私の顔に出てたのかな、前の男性はトイレに行くっていって席を外した。そして、別の男性がその席に座ってきたの。なんとなく、熊さんというか、もさっとした人で、この人とはないなというのが第一印象だったわ。
「おじゃまします。霧島さん、楽しんでる?」
「ええ。」
「佐藤って失礼なやつでしょ。ごめんね。」
「いえ、向井さんのせいじゃないし。でも、いつも、あんな感じなの?」
「そうだね。でも、モテるから、あんなやつでも、いつも女性に囲まれてる。不思議だよ。」
「そうなんだ。でも、向井さんも、優しそうだから女性にモテるでしょ。」
「ぜんぜんモテないよ。でも、無理しても、できないことはできないし、のんびり行こうって思ってるんだ。」
「それは素敵な考えだと思う。」
「休みの日とか、何してるの?」
「趣味とか特にないのよね。なんか続けられる趣味とかあればいいんだけど。」
「僕は、散歩とかしながら、季節ごとに咲くお花の写真を撮って、SNSにあげるのが最近の楽しみかな。」
「素敵じゃない。どんなお花とか撮るの?」
「春だと桜はメジャーだけど、桜は、花びらをドアップで撮る人が多くて、僕もそれは好きなんだけど、山とか大きな風景の中に壮大に咲き誇る桜を撮る方が好きかな。そして、つつじ、これは、そんな人いないけど、ドアップで撮る方が面白い。彼岸花もそうかな。彼岸花は、濡れたのを撮ると、とっても綺麗だよ。そんなことしてると、1年中、楽しめるんだ。」
お花の話しになったら、向井さんの話しは止まることはなかったの。私を無視するとかじゃなくて、私も、一緒に楽しめるって感じで。なんか、もさっとという第一印象からは、良い印象に変わったわ。
私のことも話してみたんだけど、なんか、何事に対しても寛容というか、OKと思える範囲が広いというか、逆にダメということがほとんどないので、何を言っても、いいねって受け止めてくれる。
昔は、友達にも自慢できる彼がいいなって思ってたけど、周りのことなんか気にせずに、こんなに居心地がいい彼と一緒にいるのはいいかなって。
これまで、子供とか生活費なんて目で男性を見ていて、それが重要という考えは変わってないんだけど、だからといって、そのために、居心地が悪い人と一緒にいるなんて本末転倒だもの。
まずは、一緒にいて楽しい人、私が自然で暮らせる人、そんな人と一緒にいたい。そして、向井さんは、そういう人なの。
それから、お互いに修一、莉子と呼ぶようになって、2人で散歩して、彼がお花の写真を撮るのを、私が見守るというのが毎週末の過ごし方になっていった。
花と同じように、季節ごとに変わる私の服も撮りたいって言われて、恥ずかしかったんだけど、私の写真も増えていった。
付き合い始めたのは、梅とか咲いてる時期で、周りはまだ寒くてお花とかない中で、梅は凛々しく、美しいお花を咲かせていた。そして、桜の時期を経て新緑の時期を迎えた。
新緑の時期は、修一とは、よく一緒に小川の遊歩道とか歩いたわ。これまで枝しかなく寒々しい風景から、新芽が出て、陽の光をいっぱいに浴びて楽しそうな木々の姿。また、新緑の隙間から太陽の陽がもれるのも美しい。
小川まで降りていって、水を手ですくうとまだ冷たい。その水を修一にかけると、驚いた顔の修一が愛らしかったわ。そして、子供のように、水のかけあいとかしちゃった。
お花って、これまで気づかなかったけど、いろんな種類が、いろんな時に咲いてるのね。蝶々とか、昆虫も同じ。みんな精一杯生きてる。そんな、短いひとときだからこそ、いきいきと生きてることを一緒にお祝いしましょうって気持ちになる。
蝶々も、最初は完璧な姿だけど、夏も終わりの頃になると、羽が痛んだりしてる。でも、それって、精一杯生きてる証拠なんだと思う。蝶々からすれば、全く悔やんでなくて、生きた証として自慢しているのかもしれないわね。
暑い夏、炎天下のもとで咲き誇るひまわり。そして、秋になり、神秘的な彼岸花。色々なお花を修一と一緒に撮った。1枚、1枚が、その時の楽しさの記憶とともに。
そう、写真を撮るだけじゃなくて、色々なことを話して、一緒に笑った。いつも話すことは些細なこと。でも、そんなことでも、本当に2人で大笑いをしてた。
腹が立つことなんてなかったけど、待ち合わせに遅れてきた時とか、むっとしてると、修一は、ごめんって言いながら、走ってきたのか体中に汗をかいていて、Tシャツを脱いで、汗を絞る姿とか、なんかおかしくて、どうでも良くなって笑っちゃう。
Tシャツから出る汗とか汚いし、大きなお腹も見苦しいし、近寄らないでよって笑いながら。周りの人にはわからないと思うけど、2人にとっては、本当に些細なことで笑い、幸せを感じてたの。
こんな人って、他にいないよね。私は、部屋に戻っても、いつの間にか鼻歌を歌ったり、笑顔で過ごしていたの。いつの間にか修一のことを考えちゃう。これが恋っていうものなのかな。
でも、突然、修一から、別れようと連絡がきて、その後、メッセージを送っても返事が来なくなった。
どうして、急に? 私は何かした? なんで、こんなことになっちゃうんだろう。つい、この前まで、一緒に笑って過ごしていたのに。
どうにも納得はできなかったけど、とは言っても、どうして別れなければいけないのって修一に文句を言いに行く勇気もないし、泣き寝入りになってしまったの。
私って、男性との付き合い方に問題があるのかしら。でも、あんなに楽しそうに一緒に散歩して、写真を撮っていたじゃないの。その時から、何か不満でもあったの? そうなら言ってくれればいいのに。
それから2ヶ月ぐらい、自分の部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいた。そしたら、突然、修一からメッセージが届いた。え、修一から? メッセージは次の内容だった。
「初めまして、霧島さん。私は、向井 修一の妹です。」
え、修一の妹さんが、修一のアドレスからメッセージを送ってきた?
「先日、修一は膵臓がんで亡くなりました。そして、死亡したら、霧島さんにメッセージを送ってほしいと言われていて、今回、お送りしています。内容は、次のとおりです。」
修一が亡くなった? 膵臓がんなんて知らなかった。
————
莉子、驚かせてしまい、ごめんなさい。また、真実を黙って付き合っていたことも謝ります。
僕は、3年前、膵臓がんでステージⅣと宣告されて、半年前に、もって余命は半年だろうと先生から言われていました。その時、これまで付き合った女性もいなかったし、死を目前にしたら、急に、人生が終わるまでに恋をしたいって思ったんです。
そんな時に、キラキラする莉子を見て、この女性と最後の時間を過ごしたいと思い、莉子に近づきました。もちろん、そんなことは私の都合で、莉子にとっては迷惑だと理解したうえで近づいたんですから反省しています。
莉子との時間は、特に大きなことはなかったけど、これまで味わったことがないくらい充実していました。莉子の笑顔を見てるだけで幸せでした。莉子の写真とか、僕の宝物はたくさん増えました。
でも、腹痛がひどくなって、莉子と一緒に歩くのも辛くなり、もう限界だと思って、莉子に別れを伝えたんです。僕に本当に楽しい時間を与えてくれた莉子に、そんなひどいことを言ってすみません。でも、本当に自分勝手なのは分かっていますが、弱っていく僕を見せたくなかったんです。
このメッセージが届いたということは、僕は死亡しているんですね。莉子を僕の勝手に付き合わせてしまったこと、本当にお詫びします。
こんなこと言うのは無責任だけど、莉子は、今後、幸せに生きてください。
本当に楽しかった。人生最後の時に、美しい時間をくれてありがとう。
————
妹さんから、最後に次のように書かれていた。
「兄の身勝手でご迷惑をおかけして申し訳ありません。ただ、兄は本当に幸せな顔をして最後を迎えました。霧島さんと付き合っている時も、私に、とっても素敵な彼女なんだと、写真を私に見せて、いつも自慢していました。そんな楽しそうな顔ができたのは、霧島さんのおかげです。こんな形ですみませんが、お礼をさせていただきます。」
そうだったんだ。迷惑なんてことないのに。私も、本当に楽しかった。でも、本心を言わせてもらえば、病気のこといって欲しかった。最後の時まで一緒にいたかった。
弱っていく姿を見せたくなかった? 本当にずるい人なんだから。私、これから、こんなに充実した時間なんて過ごせないんだと思う。これから、仮に、彼とかできても、いつも修一のことを思い出しちゃうんだと思う。責任とってよ。
自分の都合で私と付き合ったって言いてるけど、人は、みんな自分の都合で動いているのよ。それで、相手が幸せだったら最高じゃない。私は、修一といて幸せだったわよ。
修一が声をかけてくれなければ、私は、男性を外見と条件でしか見ない、くだらない女で終わっていたんだから。居心地がいい人と一緒にいるのが一番なんだって教えてくれたのは修一でしょ。
ずるいのは、先にいなくなったこと。私は、これから、どう過ごせばいいの。
まだ西日が部屋に強くさす中で、私は、椅子に座って、何もないテーブルの上を見ていた。何もないはずなのに、水がいっぱい溢れてる。
西日は、修一が私を暖かく見守っているみたい。まあ、これからいいことがあるって、笑顔になりなよって、修一が微笑んでるみたいね。本当に、バカがつくぐらい楽観的で、身勝手なんだから。
私は、マスカラが落ちて目の下が黒くなってしまった顔を上げて、西日に向かって、わかりましたと笑顔を作ってみせた。
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