第5話 嫌がらせ④

「……七瀬?」


 放課後の教室で集まっている俺たちのところにやってきたのはクラスメイト、須郷七瀬だった。


「もう大丈夫だよ、片名瀬くん!」


 俺の姿を認めた七瀬は俺たちの元に近づいてくると俺を背に、唯と穂乃果に向け両手を伸ばすように立ち入る。

 まるで威嚇しているようだ。


「グルルルル」


 獣の唸り声を口で言っていた。しかし、悲しいかな小さいことも相まって全く怖くない。

 しかしながら、いきなりの七瀬の乱入については訳が分からない。困惑を禁じえない。それは唯たちも同じようで頬を引き攣らしている。


「……ガルル。こいつ、誰?」


 否。穂乃果は向き合って喉を鳴らしていた。しかと敵対している。


「えっと、これはどういうことかな? 君は……須郷七瀬さんだよね? このクラスの」


 唯が呆れたような表情で問う。七瀬を宥めようとその手を頭に伸ばす。だが、パシリと弾かれた。


「グルルル!」

「……ガルル!」


 さらにそれに合わせて穂乃果も七瀬の横に着いた。


「なんで穂乃果まで私を威嚇する! 遊馬! どういうことだ!」


 手を擦りながら、唯は涙目になっていた。

 だがしかし、俺だって聞きたい。


「……えっと、七瀬? 一体、どうしたんだ?」

「もう大丈夫だよ。片名瀬君。嫌がらせから助けに来たよ!」


 サムズアップする七瀬。

 しかし、そんな七瀬に対して俺は間の抜けた声を上げてしまう。心当たりがなさ過ぎて。


「はぁ……」

「え?」


 ぽかんとする七瀬。


「嫌がらせされてるって聞いたけど、嫌がらせ受けてるんじゃないの?」


 首を傾げながら尋ねてくる七瀬。

 ふむ、嫌がらせ、か。


「…………まあ、受けてないと言えば嘘になるけど」


 言われてみれば思い当たる節は多々ある。普段の生活における攻撃や嘲笑。それも立派な嫌がらせだ。完全に慣れつつあった。

 けれども、それと七瀬になんの関係があるのだろうか。

 確かに俺が嫌われるようになったきっかけは七瀬と揉めたことにある。しかしそれは当然の帰結だと思っている。

 なにせ、人気者である七瀬と陰キャの俺だ。

 それが揉めることにより攻撃させる材料をばら撒いたのだ。

 別に進んでそうなるように立ち回ったわけではないが、突っかかるのを止められなかったし、突っかかることでそうなるリスクも分かった上だった。

 たまたま相手が七瀬だっただけで遅かれ早かれこうなっていただろう。

 それをわざわざ七瀬が動いて助けにくる理由がない。


「ほら!」

「でも、今更だしな……」


 そうだ。一度、こんな風になってしまえば脱出は不能である。

 俺はいわば、共通の敵。合法の嫌がらせ相手となっている。

 そう認識されているのだ。それを集団は手放さない。

 何せ共通の敵は集団が円滑に動くための便利なパーツなのだから。


「ううん、そんなことないよ」


 だが、七瀬はそれを真っ向から否定した。

 いや、七瀬の世界ではそうなのだろう。自己主張すれば通る。嫌がらせを止めてと訴えれば解消される、優しい世界の住人だ。

 けれども、現実は。


「ほら、ちゃんと言えば辞めてくれるって」


 ポンと肩を叩き、手を向けられる。

 まるで進むべきを道を示すかのように。

 果たして、その先にいたのは。


「え? わ、私?」

 

 唯だった。


「波田野唯さん。こちら、片名瀬遊馬君を放課後連れまわして、すごく困っているそうです!」


 咎めるような視線、のつもりなのだろうがジト目くらいにしかなっていない睨み受け具合で七瀬は言った。

 ほら、と七瀬はちょんちょんと俺に更なる主張を促していた。 

 だが、しかし俺はまたも何も言えなかった。

 どうにもうまくかみ合っていない気がして思考する。

 七瀬が敵意むき出しにする対象は、どうにも唯。

 ああ、そう言えば七瀬って気づかないよな。クラスでやるような派手さのない小規模の嫌がらせ的な悪意には……。

 対して、唯は放課後にみんなの前で勧誘活動をしたりして、しかも強引に俺を加えたりした。


「嫌がらせって……あぁ、そっちね?」


 すっかり腑に落ちた。


「そっちってなんだ! 私のは嫌がらせじゃないだろう!」


 直後、唯からの非難が飛んだ。

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