6-11 呼びかけ

 ニコラスがジェニーの手紙を携えて部屋に戻り、30分程が経過していた。


誰もいない廊下で1人、佇むシドの姿があった。

ジェニファーのことが心配でたまらないシドはじっと扉の前で動きがあるのを待っていたのだ。


(ジェニファー様……大丈夫だろうか?)


意識の無いジェニファーを思い出すだけで、不安な気持ちが込み上げてくる。


「どうか、早く良くなっていつもの元気な姿を見せて下さい……」


扉に向かって祈るように呟いた時。


――バンッ!


突然目の前の扉が開き、取り乱した様子のポリーが飛び出してきたのだ。


「ポリーッ! 一体どうしたんだ!?」


ただ事では無い様子にシドはイヤな予感を抱く。


「シドさん! ご主人様はどちらですか!?」


ポリーはシドの腕にしがみついてきた。


「ニコラス様なら……書斎に行ったが…‥」


「早く呼んできて下さい!! ジェニファー様の容態が急変してしまったのです!!」


「何だって……?」


シドの顔から血の気が引く。


「分かった! すぐにニコラス様を連れてくる!」


シドは駆け足でニコラスの書斎へ向かうと、ノックもせずに扉を開けた。


「ニコラス様っ!」


「どうしたんだ!? シド!」


これからジェニファーの元へ向かおうと思っていたニコラス。突然飛び込んでいたシドに驚き、目を見開く。


「ジェニファー様が……ジェニファー様がっ!!」


「……え……?」


「容態が急変したそうです! すぐに来て下さいっ!」


ニコラスは返事をすることも無く部屋を飛び出し、シドと共にジェニファーの部屋へ向かった――



****


「ジェニファーッ!」


ニコラスが部屋に駆け込むと、女医がジェニファーの脈を測る姿があった。

その周囲にはポリーやココ、それに他の使用人達の姿もある。

ポリーもココも涙を流してジェニファーを見つめていた。


「ジェニファーは大丈夫なのか!?」


ニコラスはベッドに駆け寄り、息を飲んだ。その顔は真っ青でジェニーの死に顔を思わせた。


「ジェニファー……」


すると女医が躊躇いがちに口を開いた。


「呼吸がかなり弱くなっています……。後は患者さんの生命力に懸けるしかありません」


「そ、そんな……ジェニファー様っ!」

「死なないで下さい!」


ポリーとココが涙ながらに叫ぶ。


「……っ!」


すると何を思ったか、ニコラスが部屋を飛び出して行った。


「ニコラス様っ!? どちらへ行かれるのですか!?」


シドの呼びかけにニコラスは振り返りもせずに答える。


「ジョナサンを連れてくるんだ!」


ニコラスはジョナサンの部屋に向かうと、扉を開けた。するとメイドに抱かれ、火のついた様に泣きじゃくるジョナサンの姿があった。


「アアァ~ンッ!! ウワァアァア~ンッ!!」


「あ……ニコラス様。申し訳ございません、ジョナサン様が泣き止まなくて……」


「貸せっ!」


オロオロしているメイドからジョナサンを奪うと、ニコラスは再び先程の部屋へ戻って来ると、その場にいる全員に命じた。


「皆っ! ジェニファーに呼び掛けるんだっ! 頼むっ! ジェニファーッ! 死なないでくれ!」


ニコラスが大きな声で叫ぶ。


「目を開けて下さい! ジェニファー様っ!」


「お願いです……ジェニファー様をどうか連れて行かないで…‥」


「ジェニファー様! 死んでは駄目です!」


シドにポリー、ココも必死で訴える。


「駄目だ……ジェニファー。こんな形でいなくならないでくれ……俺はまだ君に何も告げていない。謝る機会を与えずに死なないでくれ!」


ジョナサンは意識の無いジェニファーに手を伸ばして泣きじゃくった。


「アァアア~ンッ! マァマァ~ッ! マァマ~ッ! アァアア~ンッ!」


すると……。


「う……」


ジェニファーの口から小さな声が洩れ、何度か瞬きを繰り返すとゆっくり目を開けた。


「ジョナ……サン……」


そして弱々しく、幼子の名前を呼んだ——


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