21 見え透いた嘘

「ア、アドニス様……こ、こんにちは……」


ビアンカ様は引きつったような笑みを浮かべ、背後にいたメイド達は一斉にサッと頭を下げる。


「挨拶なんて、どうでもいい。それよりビアンカ。今、一体何をしたんだ?」


アデルと手を繋いだアドニス様は静かに声をかけているけれども、その顔は怒りの表情を浮かべている。


「あ、あの。それは……」


「床に落ちているのは、アデルに用意されたケーキじゃないのか?」


「…‥‥」


震えたまま返事をしないビアンカ様の代わりに私が答えた。


「はい、アデルの為に用意されたチェリーパイです。私が厨房まで取りに行ってきました。そして運んでいる途中でビアンカ様に呼び止められました」


「そうなんです! アドニス様。私が後ろから声をかけたとき、彼女が振り向いて…‥そのはずみでケーキを床に落としてしまったのです! そうよね? みんな」


ビアンカ様は背後にいるメイド達に同意を求めると、彼女たちは震えながらもコクコクと首を縦に振る。


「違います!」


堂々と嘘をつくなんて酷い…‥‥! けれど、アドニス様は見てくれていた。


「ビアンカ、この期に及んでまだそんな嘘を平気でつくのか? フローネが手にしていたトレーからケーキを落とす頃を俺とアデルが見ていないとでも思っていたのか?」


「……私のケーキ……あの怖い人が落としたの、私も見たよ」


アデルは小さな身体を震わせながら、ビアンカ様を指さした。


「!」


その言葉にビアンカ様の肩がビクリと跳ね、メイド達はすっかり青ざめていた。


「おやつを取りに行ったフローネが中々戻って来ないから、2人で様子を見に来てみれば……アデルの為に心を込めて作られたケーキを無造作に床に落とすなんて……」


「……」


もはや、言い訳の言葉も思い浮かばないのだろう。ビアンカ様の顔色は血の気を失っていた。

するとそこへタイミングよくベネットさんが現れた。


「アドニス様。いかがされましたか?」


「丁度良かった。ベネット、叔父上にすぐ書斎に来るよう伝えてくれ」


「かしこまりました」


「待って! アドニス様! ど、どうなさるおつもりですか!?」


ビアンカ様が声をあげる。


「ビアンカ、一緒に書斎に来るんだ。そこのメイド達も一緒に」


メイド達は誰1人、返事をすることも出来なくなっていた。そんな彼女たちをアドニス様は一瞥すると、次に私に声をかけてきた。


「フローネ」


「はい」


「アデルを連れて、部屋に戻っていてくれるかい?」


「分かりました。いらっしゃい、アデル」


「うん」


アデルはアドニス様とつないでいた手を離すと、私のもとへ駆け寄ってきたので抱き上げた。


「それじゃ、お部屋に行きましょう」


「うん、行こう?」


すると、アドニス様が声をかけてきた。


「アデル、後でまたケーキを持って行ってあげるから待っていてくれるか?」


「うん、待ってるね」


その言葉にアドニス様は一瞬柔らかな笑みを浮かべ、すぐに冷たい視線に戻るとビアンカ様を見つめた。


「行くぞ」


「は、はい……」


ビアンカ様とメイド達は俯きながら、アドニス様の後をついて行った。


一体、アドニス様はビアンカ様達をどうするつもりなのだろう……?


遠ざかっていく後姿を見つめていると、アデルに手を引っ張られた。


「お姉ちゃん……お部屋に戻らないの?」


「え? そ、そうね。お部屋に戻りましょう?」


「うん!」


笑顔で頷くアデル。

そう、きっとアドニス様のことだ。アデルの為に良い方向で動いてくれるに違いない。



そして、私の予想していた通りになった――





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