7 涙の別れ

 この日は、雲一つ無い青空だった。


『レアド』駅のホームで、私達はシュタイナー夫妻と別れを惜しんでいた。


「アデル、いつでも遊びにおいで。お前の部屋はいつでもあのままにしてあるのだから」


「……うん」


シュタイナー氏がアデルの頭を撫でた。


「赤ちゃんの頃から一緒に暮らしていたから本当に寂しくなるわ……。アデル、元気でね。お祖母ちゃんのこと忘れないでね? 毎月お手紙を書くわ」


「私も、お祖母ちゃんにお手紙書くね」


アデルの言葉で夫人の目に涙が浮かび、夫妻は交互にアデルを抱きしめる。


「お祖父ちゃんも、お祖母ちゃんも……元気でね」


抱擁が終わったアデルは、泣くのを我慢しているようにも見えた。


「お祖父様、お祖母様。今までアデルを育ててくださり、本当にありがとうございました」


アドニス様が丁寧にシュタイナー夫妻に御礼を述べた。


「御礼を言う必要など、どこにもないぞ? アデルとの暮らしは、とても楽しかったしな」


「ええ、そうよ」


夫人はアデルの頭を撫でると、私に声をかけてきた。


「フローネさん。アデルのことをよろしくお願いね?」


「はい。大切に、お育ていたします。私をアデルのシッターにさせて頂き、本当にありがとうございます。どうぞお二人共、お元気でいてください」


「ああ、フローネも元気でな」


「また三人で、必ず遊びに来てちょうだいね」


その時。


ボーッ……


汽車が汽笛を鳴らして、蒸気を吹き上げた。出発の時間が近づいたのだ。


「そろそろ汽車が発車する時間です。お祖父様、お祖母様。どうかお元気で」


「ええ」

「アドニスもな」


3人は握手を交わすと、アドニス様が私とアデルに声をかけた。


「アデル。フローネ、汽車に乗ろう」


「はい」

「うん……」


元気無さそうな声で頷くアデルの手を繋ぐと、夫妻に見守られながら汽車に乗り込んだ。


アドニス様が手配した汽車の座席は一等車両で、個室になっていた。

豪華な革張りの椅子に座ると、窓の外にはシュタイナー夫妻が見える。


「お祖父ちゃん! お祖母ちゃん!」


アデルが声を上げると、アドニス様は窓を開けた。


「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……!」


アデルは2人に小さな腕を伸ばすと、堰を切ったようにボロボロと泣き始めた。


「アデル……!」

「アデル……アデル……!」


シュタイナー夫妻も涙ぐんでいた。

2人はアデルの小さな手をしっかり握りしめ、最後の別れをする。


「アデル、アドニスとフローネさんの言うことを良く聞くのだよ」


「う、うん……」


シュタイナー氏の言葉にアデルが泣きながら頷いた時……ゆっくりと汽車が動き出した。


「お祖父様……危ないので手を離して下さい」


アドニス様が申し訳無さそうに声をかけると、シュタイナー氏は手を離した。


「アデル! 元気でね!」


夫人が泣きながらアデルに呼びかける。


「お祖母ちゃん……」


アデルは泣きながら遠ざかっていく2人に手を振っている。その姿があまりに可愛そうで、私の目にも思わず涙が浮かんでしまった。


ボーッ……


汽笛の音が大きくなり、汽車は速度を上げ……『レアド』の駅はみるみるうちに遠ざかっていった……。


「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……」


アデルは私の膝に顔を埋めて、肩を震わせて泣いている。


「大丈夫、また直ぐに会えるわ。代わりに今度からアデルの側には優しいお兄様がいるのだから……。それに私もいるわ」


「……ごめん、アデル。また必ず、お祖父様とお祖母様に会いに行くから。今は……我慢してくれないか?」


私とアドニス様は、アデルが泣き疲れて眠るまで慰め続けるのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る