3章 7 専属メイドとして
リリスの専属メイドとなった私に与えられた部屋は、彼女の自室の隣にある衣装室を改装したものだった。
しかし衣装室と言っても窓はあるし、使用人の部屋よりも広くて内装も立派だった。
この部屋に以前使用していた粗末な木のベッドとクローゼットが運び込まれ、1日中リリスの専属メイドとして私は管理されることになったのだった……。
****
リリスとクリフは結婚したにも関わらず別居婚をしていた。
何故ならクリフは遠方の大学に通う大学生で、寮生活をしていたからだ。
執事さんの話によると、クリフはリリスと一緒に暮らすことを望んでいた。そこで大学の近隣に家を購入し、彼が卒業するまで暮らそうと提案したのだが、何故かリリスが拒否したのだ。理由はここの生活に一刻も早く慣れたいからだというものだった。
クリフはそのことをあまり良く思わなかったけれども、彼の両親は快くリリスの考えを受け入れた。
そこでクリフはやむなく従い……週末だけはバーデン家に帰って2人で過ごすことになったそうだ。
私にはリリスの考えが不思議でならなかった。
新婚なら少しでも一緒に過ごしたいと普通は思うのではないだろうか?
私だったら……大好きなクリフの側で暮らすことを望むのに――
****
――チリンチリン
真夜中、眠りについていると隣の部屋からリリスが私を呼ぶベルの音が聞こえてきた。
慌ててカーデガンを羽織り、リリスの部屋へ続く扉を開ける。
ベルで呼ばれた時はノックをせずに室内に入るように命じられていたからだ。
「お呼びでしょうか……リリス様」
するとベッドから身体を起こしているリリスの姿が目に入った。
「ええ、呼んだわ。ベッドに入ったものの今夜は一向に眠くならないのよ。だからブランデー煎りの紅茶を淹れてきて頂戴」
「え? こんな真夜中にですか……?」
時計の針は午前3時を少し過ぎた頃だった。
「何よ、私の専属メイドのくせに逆らうつもり?」
私を睨みつけるリリス。
「い、いえ。そういうわけではありません。ただ、こんな真夜中にお酒を召し上がってお身体に差し支えないかと思っただけです」
「そう、つまりそれは私を心配してということね?」
するとリリスは何故か嬉しそうな素振りを見せる。
「ええ、勿論です」
「確かにあなたの言うことも一理あるけど……メイドは黙って言う事聞きなさい! 誰のお陰で、あの生意気なメイド長から助けてあげたと思っているの? 辛い洗濯業務を免れて、アカギレを作らなくて済むようになったのは?」
「は、はい……全て……リリス様のおかげ……です……」
俯きながら返事をする。
「そうよ、分かればいいのよ。なら15分以内に紅茶入りブランデーを持ってきなさい。もし遅れたら、休暇の申請を取り下げるわよ」
「え!? そ、それだけはお許し下さい。15分以内に必ずお持ちしますから!」
実は、3日後に弟のニコルとメイドとして働き始めてから初めて面会する日だったのだ。
以前からニコルと手紙のやり取りをしており、ようやく弟と会えることが決まって休暇届を申請していたのだ。
「なら早く持ってきて頂戴」
「は、はい!」
「ちょっと待ちなさい、フローネ」
慌てて部屋を出ようとすると呼び止められた。
「何でしょうか?」
「廊下は寒いわ。そこにある私のガウンを羽織っていきなさい」
リリスが指さした先に、暖かそうなガウンがテーブルの上に置かれている。
「そ、そんな! リリス様のガウンを羽織るなんて、恐れ多くて出来ません!」
「あなたに風邪でも引かれたら、迷惑なのよ! 私の専属メイドはフローネしかいないのだから。それともわざと風邪を引いて仕事をサボろうって魂胆なのかしら?」
「いいえ……決してそんなつもりではありません……」
この時間でも夜勤で働いている使用人はいる。もし彼らに私がリリスのガウンを羽織っている姿を見られたら……何を言われるか分かったものではない。
けれど、私はリリスに逆らえない。
「分かりました……ありがたくお借りします」
リリスのガウンに袖を通すと、すぐに厨房へ向かった。
幸いなことにリリスに指定された15分以内にブランデー入りの紅茶を用意することが出来たが……
結局、休暇の申請届は受理されることは無かった。
理由は、クリフがバーデン家に一時帰宅する日と重なってしまったからだ――
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