2章 9 幼なじみと私

 バーデン家の中庭は初夏の花々が咲き乱れ、それはとても美しい光景だった。


「この景色……懐かしいわ」


まだ幼い子供だった頃、クリフとリリスの3人で遊び回った日々を思い出す。


あの頃は、母も生きていた。父も元気で生活も困窮してはいなかった。


「お父様……お母様……」


昔のことを思い出し、目頭が熱くなる。


「駄目よ、こんなところで思い出に浸っていたら……早く、お茶を届けなくちゃ」


急ぎ足でワゴンを押して中庭を進んでいくと、ガゼボが見えてきた。


「……え?」


その光景を見た時、全身から血の気が引いていくのが自分でも分かった。

思わず足を止め、ワゴンを掴む手が震えてくる。


「そ、そん……な……」


ガゼボの中で楽しげに話をしていたのは、私の幼なじみ……クリフとリリスだった。


「ど、どうして2人が……」


口にしかけ……考えるまでも無いことに気付いた。

ここはバーデン伯爵家の庭、クリフの住む屋敷なのだから彼がいて当然だ。

そしてリリスは……クリフの幼なじみ。


お茶を届けに行かなければいけないのに、今の私はただのメイドだから命じられたら言うことを聞かなければいけないのに……足が一歩も動けない。


――その時


「あら? フローネじゃない! いつからそこにいたの? 早くお茶を持ってきてよ」


リリスが笑顔で手招きする。


リリスは私がこの家でメイドとして働いていることに驚いている様子は全く無い。それどころか、最初から知っているように見えた。


「は、はい」


震える手を抑え込むように、強くワゴンの持ち手を握りしめると私は2人の元へお茶を運んだ。


「お待たせしました……」


ワゴンに乗せた2人分のティーカップとクッキーやケーキが乗ったケーキスタンドをテーブルの上に置いた。


「ありがとう、フローネ」

「フフ。ありがとう、運んできてくれて」


クリフとリリスが笑顔でお礼を言ってくれた。


「い、いいえ……どうぞお召し上がり下さい」


やっぱりクリフとリリスは優しい……。久しぶりに温かい言葉をかけてもらえて、嬉し涙が出そうになる。


「どうしたの? フローネ。そんな敬語なんか使ったりして。私達、幼なじみ同士じゃない。いつも通りでいいのよ? ね、クリフ」


リリスが怪訝そうな顔で声をかけてきた。


「うん、そうだよ。僕たちの前で遠慮なんかしなくていいんだよ?」


「あ、ありがとう……リリス、クリフ」


2人の優しさに甘えることにした。


「フローネ。そのメイドの服、とっても似合ってる。可愛いわよ、そう思わない? クリフ」


「うん、すごく似合っていると思う」


リリスの言葉にクリフが頷く。


「本当? 嬉しいわ」


メイドの服が似合っている……複雑な気持ちを抱えながらお礼を述べると、クリフが申し訳無さそうに謝ってきた。


「フローネ、仕事は慣れたかな? ごめんね、今まで様子を見に行けなくて。今は大学の寮に入っているから、なかなかここに帰って来られないんだ」


「そうだったの? 少しも知らなかったわ。仕事は慣れたから大丈夫よ」


どうりで様子を見に来てくれないと思った。私のことを気にかけてくれていたことを知り、嬉しくなった。

すると思いがけない言葉がリリスの口から飛び出した。


「良かったわね。フローネ、私からクリフに提案したのよ? フローネをメイドとして雇ってあげたらって」


「え?」


その言葉に血の気が引く。


「うん……そうなんだ。でも、幼なじみを使用人として雇うのは気が引けたんだけど……第一、なんて声をかければ良いか分からなかったし」


クリフが恥ずかしそうに答えた。


「だから、私が教えてあげたのよ。『僕のところにおいで、一生面倒をみてあげるから』って言ってみたらどう? ってね」


「そ、そう……だったの……」


まさか、私をメイドにしたのはリリスからの提案だったなんて……しかも誘いの言葉まで……。


ショックだった。

その場に立っているのがやっとだった。


けれど、この後……もっとショックなことが私を待ち受けていた――

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