一章 初めての野営 2
川沿いを下ること1時間ほど。ルディの視界にも新たな橋が映り込んだ。先ほどに比べるとずいぶんと小さな橋だが、馬車の横幅よりも大きな橋だ。これなら馬車ごと渡れるだろう。先行の馬車が橋入り口に到達すると、商人はいったん馬車を止めた。
「この橋は小さいから、一台ごとしか渡れないんだ」
1台めの馬車が橋を渡り始めた。幅には余裕があるようで、危なげなく渡っていく。1台目が渡り終えたことを確認すると、2代目も渡り始めた。ルディたちの馬車は1番最後、3台目だ。
「じゃあいくぞ。揺れるからしっかりつかまっていておくれ」
商人に注意を促され、ルディとクルトは姿勢を正して馬車の枠に捕まった。継ぎ目に合わせて車輪が上下する。たしかに草原を走るときよりは揺れるが、思っていたよりも快適だった。
全部の馬車が橋を渡り終えたことを確認し、一行は再び街を目指した。だいぶ日が傾いており、日暮れまであまり時間がなさそうだ。
それから1時間ほど草原を走ると、いよいよ日没が近くなってきた。商人たちは馬車を止め、魔導士に指示を仰いだ。
「この辺りはひらけていて、森からも距離が離れている。野営には最適だろう」
「わかった。ではここで夜を明かすことにしよう」
話がついたのか、商人たちは馬車を固定し荷物を下ろし始めた。
「2人とも、野営は初めてだよね?」
「はい。一応講習は受けましたが、実際に行うのは初めてです」
「そうか。野営といっても、夜が更けるまではいつもとかわりない。日が完全になくなるまではゆっくり休んでくれ」
魔導士に促され、ルディとクルトは休憩をとることにした。馬車を降り、体を伸ばす。長い時間座っていたからか、ずいぶんと体が固まっていたようだ。
体をほぐし終えると、手持ち無沙汰になった。元々今日は座っていただけだ。あまり疲れていない。ルディとクルトは何か手伝うことはないか商人たちにたずねた。
「じゃあ、彼らが商品管理をするのを手伝ってあげてくれ。俺たちには無理だから助かるよ」
ルディとクルトは商品の入った箱の近くにいる魔導士へと声をかけた。箱の中身は8割がた凍りついているが、少し溶け始めている。
「助かるよ。じゃあ、あっちの箱に水魔法をかけて冷やしてくれるかい?」
「わかりました。任せてください」
生の食材を運ぶ時には、途中で腐らないように魔法で氷漬けにしておく。魔法で作った氷は溶けにくいが、やはり日差しの中長時間持ち運ぶと少しずつ溶けてくる。こうして一日の終わりに中身を確認し、必要に応じて魔法をかけるのも、旅に同行する魔導士の仕事だ。
ルディは違う箱を開き魔法をかけた。溶け始めていた水がたちまち凍りつく。少し離れたところでクルトも同じ作業をしている。この旅に同行している魔導士はルディとクルトを含めて6人いる。荷物の量は多いが、6人で手分けして作業したため10分少々で終わった。
作業を終えたルディたちに商人が声をかけた。夕食の用意ができたらしい。ルディは持っていた箱を馬車へと戻すと焚き火の方へ向かった。
この日の食事は、豚の肉を焼いたものと炙ったパンにチーズを乗せたものだった。凝った料理ではないが、外で食べる食事は特別美味しく感じる。育ち盛りだからと商人たちはルディとクルトに大量の肉を寄越した。食べきれなかったルディはこっそりクルトへと押しつけたのだった。
「今更なんですけど、肉の匂いで魔獣を引き寄せたりしないんですか?」
食後のお茶を飲みながら、ルディはふと浮かんだ疑問を口にした。空は茜色から紫色へと移っており、そろそろ夜行性の魔獣が活動を始めてもおかしくない時間だ。
「魔獣は基本的に生肉しか食べないからね。食事の匂いに誘き寄せられることはほぼないよ」
たまにあるんだけど、と魔導士が解説してくれた。クルトもなるほど、とうなずいている。
「ただ、魔獣は血の匂いに敏感だから、ケガには注意だよ。野営の時には小さなケガでもすぐに治すのが鉄則なんだ」
もしもの時にはよろしくね、と魔導士はルディにいった。
食後の片付けも済み、商人たちは就寝のため馬車へと戻っていった。これから先は魔導士が交代で見張りをすることになっている。野営が初めてであるルディとクルトが1番目だ。
「焚火は絶やさないように気を付けてね。気配な敏感なケット・シーがいるから、あまり気合を入れて警戒しなくても大丈夫だよ。何かあったら呼んでおくれ」
「わかりました」
注意事項をいくつか告げると、魔導士たちも仮眠のために馬車へと入っていった。
クルトと焚火を囲みながら見張りを行う。空はすっかり暗くなった。周囲には焚火以外に光がないため、夜空にたくさんの星が見える。
「街よりも星がたくさん見えるね。きれいだなぁ」
「街じゃ夜空を眺める機会もすくなかったからな。やっぱ見える星の種類も違うのかな?」
「見える星の種類と数は、観測する場所によって異なるにゃ。同じ場所でも、季節によってかわるのにゃ」
「へー、知らなかったよ。あっ、流れ星だ」
2人1匹で雑談しながら時間をつぶす。火が絶えないように、時折薪をくべた。昼間に比べるとだいぶ気温が下がったが、焚火の前にいるため寒くはない。ぱちぱちと薪のはぜる音が心地よかった。
会話も途切れ、ルディが焚火を眺めていると、隣で尻尾をふっていたスピカがすっと姿勢を正した。尻尾と耳をピンとたてて集中している。ルディは音を立てないように気を付けながらいつでも攻撃できる体制をとった。クルトも剣を構えている。
「大丈夫、まだ距離は離れているにゃ。だけど……、たぶん近づいてきてるにゃ」
「種類はわかるか?」
「わからないけど、人じゃないことはたしかだにゃ。足音からするに、小型から中型の魔獣だにゃ。ただ、かなりの数がいるみたいだにゃ」
ルディは馬車の周りに多数の火球を出した。周囲がとたんに明るくなる。野生の獣は本能的に火を嫌うものだ。けん制くらいにはなるだろう。ルディはクルトに目で合図をする。クルトは無言でうなずくと他の魔導士を呼びに行った。
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