第30話 皇女奪還

 テノドス公爵の馬車から降りた面々が屋敷の中へと消えて、残った門番の二人が門扉を閉じようとしているところ。

 人影が三つ、駆け込んでくる。


「待て、何者だ!」


 制止を受けて立ち止まったのは、赤鎧の女騎士、黒髪のメイド、そして幼い人狼の少年だ。

 三人組はどこか面妖なオーラを帯びていて、門番たちは目をしばたたかせる。


「お待ちください。我々は味方です。生け贄を連れて戻りました」


 赤鎧のキアスさんが、後ろを気にする素振りをしながら言った。

 合わせてぼく――と交代しているクイントさんが、うつむいたソラを示したら、当然ながら門番たちは困惑する。


「遅れて申し訳ありません。馬車が使えなくなってしまって……」

「何を言っている。馬車なら、そこにあるだろう」


 門番の片割れが、馬小屋の方を指した。

 今まさに、使用人に片付けられようとしている馬車を見たキアスさんは、大袈裟に目を見開いて、


「馬鹿な!? 騎士団に押さえられたはずなのに!」


 芝居がかった仕草で驚いて、門番たちに食ってかかる。


「その者たちは偽者です! 騎士団が送り込んできたに違いありません!」

「な、なんだと!?」


 相手は完全に術中だ。

 動揺しているところにダメ押しと、ぼくはたった今発見したみたいにして割符を取り出す。

 騎士団を転移させるためのマーキング。

 キアスさんから予備の札を借りておいたものだ。


「ほら、見なさい。騎士団のマーキングです。この子が気付かなかったら、大部隊が呼び込まれていたところでした」

「馬鹿な……」

「じゃあ、さっきの奴らは本当に……?」

「考えている暇はありません。急いで偽者を捕まえないと」

「そ、そうだな」

「今しがた入っていったばかりだ。すぐに追い付く」


 ちょっと急かしてやると、門番たちはガクガク頷いて屋敷へと飛び込んでいった。

 ぼくたちは悠々と、後に続かせてもらう。


(あんな茶番、よく信じるもんだぜェ)

「……幻惑魔法、【妄信の教えバッドトラスト】。嘘に無理があるほど、破られやすくなるんですが……」

(この世界には魔法がないから、抵抗力だってなくて当然ッス)

(騙し放題ですな~)

「おい、いたぞ!」


 玄関を入って左の廊下を突き進むと、誘拐犯一行の背中が見えた。


「待て、偽者め!」

「はっ!?」「ニセモノだと?」


 振り返った男たちは、目を丸くしていた。

 メイドもどきの皇女を囲む男たちには、テノドス公爵とその付き人の姿もあって、彼らを前にして偽者呼ばわりは無理がすぎるかもしれない。

 だけど、門番の二人は幻惑魔法によって本気で信じ込んでおり、誘拐犯たちの思考を混乱させるには十分な効果を発揮した。

 門番と誘拐犯が揉めてくれている脇を駆け抜けて、一気に距離を詰める。

 人格交代。


 ……リー老師!

(任されますぞ)


 夜走獣を思わせる俊敏な低姿勢で飛び込んだ。


「さ、下がれ、貴様ら! 誰に向かって無礼な……」

「――空心流柔術、虎掛とらがかり


 問答は無用。

 声を荒げるテノドスに、鉤爪の形に曲げた指を引っかける。服の袖口が突っ張って、相手は反射的に振り払おうとする――筋肉の緊張を感じる――重心のブレを読む――捉えた。


フンッ!」


 テノドスの体躯が、勢いよく宙を舞った。

 ほとんど重さを感じることなく大の男を持ち上げて、奥にいた衛兵へと叩き付ける。巧みに遠心力を活かしたぶん回しは、ぼくの腕にのしかかるはずの体重をも攻撃力に上乗せして、凄まじい破砕音を響かせた。


「ウ……ガッ……!」


 もう一人の衛兵が狼の唸り声を上げながら変身しようとするけれど、この至近距離で許すはずもない。

 形状を変えつつある顎を、リー老師は思いっきりかち上げた。

 力強い踏み込み。高い塀も飛び越える脚力が生み出すエネルギーを、ジャンプではなく掌打へと一点集中させて――ズゥン!

 衝撃が衛兵用のヘルメットを貫通し、脳を揺らす。

 白眼を向いて仰け反ったところに、もう一蹴りで重心を浮かせたのを、ふん掴んで投げ飛ばしてやると、飛んでいった先にいた付き人二名を巻き込んで、声を発する暇も与えずに撃沈した。


「ざっと、こんなものですかな」


 パンパンッ、と手をはたいて、老師は他の敵に目を向ける。

 ソラは霊術で戦えるし、キアラさんは剣が使えるので、手強そうな衛兵さえ片付けてしまえば心配はない。背中を向けてる門番たちを不意打ちで斬り伏せ、残りの付き人も倒してしまっていた。


「姫様! お怪我はありませんか」


 キアスさんが駆け寄って頭巾を脱がせ、声を出せないように猿轡を噛まされていたのでそれも外すと、ディルフィーネ殿下は苦しそうに咳き込んだ。


「ゴホッ。ハア、ハア…………大儀に、感謝します。よく、ここがわかりましたね」

「お話は、後にした方がよろしいと思いますぞ~」

「……だれ……いや、シエル・アルクアン?」


 倒れた門番から帯剣を剥ぎ取りながら、老師が進言する。

 皇女はこちらを不可解そうに見つめたものの、それどころじゃないと思い直したように出口の方へと目を向ける。


「……それもそうね。話は後だわ」

「早く逃げましょう」


 撤退はソラを先頭に、キアスさんが皇女に付き添う形になった。

 一応ぼくは奪った剣を手に殿を務めるけど、新手が呼ばれる気配はなくて、これ以上は戦わなくても屋敷から出ることができそうだ。

 外に出られたら、隣近所に助けを求めてもいいし、マーキングに騎士団が転移してくるのを待ってもいい。ディルフィーネ殿下救出という目標は、九割がた達成したようなものだった。

 個人的な収穫としては、テノドスがロマカミの勇者と通じてるらしいとわかったので、夜にでも改めて忍び込んでみようか……なんて、皮算用を立てていたのが良くなかったのかもしれない。



『――――逃がすものか』



 グニャリ

 唐突に、視界が歪んだ。

 毒でも受けたのかと疑ったけど、体調不良って感じではない。ぼくの心身とは無関係に、空間そのものが歪曲されているんだ。

 外部から空間へと干渉するエネルギー。魂の震動として感知される波動は――霊力!?


(わん!?)

(信じられないッス。この規模の霊術で、予兆がまったくないなんて)

(……ア、ハァ。完全に、取り込まれましたね……)

(たいへんなの? 怖いの!)


 後手に回った。

 退路を断たれた。

 対抗するにも、霊術ないし魔法が間に合うかどうか。

 なす術のないまま、先を行く少女たちの後ろ姿が原形のわからないほどに歪んでいくのを、ぼくは見ていることしかできなくて。


 最後は、真っ暗になった。

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