皇女の建て前と勇者の霊魂
第24話 皇女の城
天は快晴。
突き抜けるように青い空に、小さい雲が三つばかり浮かんでいる。
ミスミの町には初夏の日差しが降り注ぎ、特色である漆喰塗りの家々を白く輝かせて、一個の芸術品のようだ。
「キレイな町だね。うちの城下よりずっと都会だし」
「歴史でなら負けていませんけどね。……あっ、シエルさま。まだ寝癖が」
馬車に揺られてうたた寝すること半日ばかり。
今は目的地であるミスミの町のはずれまで来たところで、いったん馬車を止め、泥や埃や旅の汚れをこれまで以上に念入りに掃除している。
ぼくは遠目に街並みを眺めてながら、ソラに身づくろいしてもらっていた。
濡れタオルで湿らせた髪に櫛を通して、寝ているうちに乱れてしまった髪型を整える。
「あの、ソラ? 耳、ゾワゾワするから、あんまり触らないで」
「ご、ごめんなさい。つい、お可愛らしくて」
「……なんか、緊張してる?」
「うっ。……だってディルフィーネ様にお会いできるなんて、学院の一年生以来だから」
などと戯れたりしつつ、ついでに軽食を取って腹ごしらえも済ませてから、町へと入る。
外から見るのと内側からとでは、やっぱり全然違った。
建物がキレイなのはもちろんだけど、道行く人も垢抜けている。着ている服や装飾品、歩く姿勢も洗練されてるし、何よりアルクアン伯爵家の馬車が通っても敬意を示すだけで、リアクションが薄いのが印象的だ。他の町までは多かれ少なかれ、珍獣が現れたみたいに見物人が押し寄せたものだけど。
「ミスミは豊かな水源に恵まれ、交通の便もよかったことから、避暑地として発展しました。たくさんの別荘があって、帝都には敵いませんけど、貴族が身近な町だと言えますね」
道中に勉強のおさらいとして、ソラがそんなことを言ってたっけな。普段から、貴族なんて見慣れているんだろう
反応が薄かろうとも関係はなく、ぼくらの馬車は悠然とスピードを落として大通りを北上し、ディルフィーネ殿下のいる城へと向かった。
道沿いにはシャレた商店が軒を並べて、見たことのない細工物や美味しそうなスイーツなんかが売られていて心惹かれるんだけど、そういうのは後回しだ。
体裁上は「観光に来たついでに皇女殿下へ挨拶させていただく」ってことになってるけど、だからって本当に皇女を二の次扱いするわけにはいかないからね。
町の中心部に鎮座するのが、ミスミ城。
瓦の接着にも漆喰を使っているので、壁だけじゃなく屋根まで真っ白に見える。その優雅な姿から、白い霊鳥にも例えられる美しい城だ。
(実に素晴らしい。……うちの城の、石ばかりでゴツゴツしたのとは……大違いですね)
(ミスミ城は歴史の浅い城であるからな。実戦的な防衛力では劣りそうだが……これほど見事な城だと、戦を開く前から士気を削がれそうである)
(言って、防衛もおろそかにはしてないッスよ)
城門までたどり着き、歓迎の敬礼とともに中へと通された瞬間。――ゾワゾワッ! と、全身が粟立つような感覚を受けた。
ソラに狼耳を触られた時みたいなくすぐったさとは似て非なる、魂が直に揺さぶられたような感覚だ。
(ア、ハァ。……対霊結界。それも永続的なもの、ですね)
クイントさんが怪盗の勘で気付いた。
城壁を内側から見ると、白漆喰で上塗りされてわかりづらいものの、複雑な紋様が浮き出ている。
彩飾を装っているけど、あれは呪紋だ。
イトの授業で教わったことがある。
断霊鉱を使って特殊な呪紋を描くことで、強力な霊力阻害の効果を展開できるんだって。断霊鉱を含んだ石材を山のように積んだり、高いコストをかけて断霊鉱を大量生産しなくても、少量の金属で霊術を防ぐことができる新技術だ。
(かなり気合い入ってるッスね。それこそ戦争レベルの霊術でもないと、突破できないんじゃないッスか?)
(警備の騎士も、身のこなしからしてなかなかの強者ですぞ)
(……伊達に、皇女の休暇先ではない、ということですね)
優美さの中に潜む堅牢さを垣間見て感心てしるうちに、馬車が停まる。
出迎えの使用人たちが現れたのは、ちょうどピッタリのタイミングだ。門番が合図を送った様子もなかったのに、とこれまた感心。
「レイン・B・アルクアン伯爵様ご一行!」
熟練らしい老人が声高らかに父様の名を呼び、後続が丸めていたカーペットを停止した馬車まで敷くと、手際よく扉を開いてくれる。
下車したのは父様とぼく、お付きとして執事とソラの合わせて四人。
護衛やメイドなどその他大勢は、ぞろぞろ連れ歩くのもマナー違反になるから置いていく。彼らはこの後、馬車を待機場に回してから控え室に通されて労いを受けることになるはずだ。
「ようこそ、ミスミ城へお越しくださいました。ささっ、皇女殿下がお待ちです」
案内役に先導されて、場内へ。
石造りの城とは違って明るく通気性もよいのだけど、廊下を歩いていると少しばかり居心地の悪さを感じた。
(ケッ。胸くそ悪ィや)
ミスミ城の中には使用人や衛兵が大勢いて、彼らは礼儀正しく調度品の一部みたいに存在感を消していたのだけれど、その他に来客らしい貴族が何人もいた。そいつらがぼくに向ける目の……まあ、わかりやすいこと。
余所を向いてるフリをしたり、扇で顔を隠したりしているけれど、ジロジロ見ているのがバレバレだ。
「……シエル、平気かい?」
「大丈夫です」
父様の気遣いに頷いて返す。
これくらいで萎縮するつもりはなかった。
無遠慮にしたって、もうちょっとは上手にしてくれないものか、とは思うものの、覚悟はできた上で人狼の耳も尻尾もあらわにしたまま来たんだから。それにすぐ隣では……
「……こ、ここが、ディルフィーネ様のお城……」
あくまでも付き添いなのに、地に足着いていない人間がいるから、自然と冷静になることができた。
周囲の視線は知らないフリをして、案内役についていく。
階段を上り、二階へ。
「ほう」と。父様が、何気なく置かれていた花瓶に目を留めた。
舶来の珍品だと気付いて、興味深そうに眺める。
案内役が、一旦足を止める。
邪魔しちゃ悪いと、ぼくは少し離れ。
その時だった。
一階から吹き上がる風の向きが変わった途端、鼻が曲がるほどキツい男物の香水の匂いが届く。
すぐ近く、背後からだ。
「――こんなところに、どうして犬ころが上がり込んでいる?」
不機嫌そうな声が降ってきた。
振り替えると、付き人を四人も従えた初老の男性貴族が歩いてくる。
神経質そうな細眉。かぎ状に曲がった大きな鼻の男で、細められた瞳は蔑むようにぼくのことを見下している。
期せずして正面から相対する形になってしまったぼくは、凍り付いていた。
他の貴族みたいな上っ面だけの取り繕いすらしていない、剥き出しの悪意にさらされたショック……というのは、大したことじゃない。
驚かされたのは、男の左手。小指にはめられた、
指輪には、ハンコとして使うために反転した家紋が彫り込まれている。男のそれは、首のないドラゴンの紋章――テノドス公爵家の家紋だった。
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