第17話 失敗は誰だって怖いけど、誰かがやらなきゃいけないのなら俺がやる
「……どちらにせよ、多大な労力とリスクはかけないといけないな」
「だね。エルフのあの子を説得するのはボクたちでやるよ、ハンスさんはイザベルさんを頼んだよ」
「やった、美人のねーちゃんの相手だー……って素直に喜べねえんだよなぁ。グランツァ伯爵、身体つきはエロいが気を緩めると情報全部持っていかれそうになるから怖いんだよ」
「へー、イザベルさんに後で言っとこ~」
おい、絶対やめろよ!?とハンス衛兵長が取り乱す。イザベルさんが怖いのかと思ったが、『美人への好感度は出来るだけ落としたくないんだよ俺は!』とのことだった。
「胸元ざっくり開いた巨乳を間近で見られる機会なんざそう多くないんだよ!」
「……イザベルさんこの前『チラチラ見てるの、バレているのに隠そうと必死なのが笑えるさよ』って言ってたよ」
「ふぐぅ……いや、気が付いてて見せているのならもはや逆に脈ありなのでは?」
「『貴族のエロガキ共が無遠慮に散々見てくるから慣れてるだけさね』、だってさ。ボクは寧ろ女性のいる前でそんなことを話しているハンスさんの好感度がダダ下がりしてるんだけど」
ゴミを見るような目で先輩がハンス衛兵長にそう言うと、すごい驚いた表情で『まだ下がる余地があったのか……』と衛兵長が呟く。
「いや問題点はそこじゃないでしょうよ衛兵長……」
「うるせぇ、俺はむっつりスケベよりもオープンスケベなんだ! 裏表のない誠実な男なんだよヴェルナー!」
「ハンスさんの場合、誠実な男じゃなくて誠実な変態でしょ? まったく……イザベルさんにはボクが行くよ」
「ダメだ。お前は一人で交渉の席には着かせない」
スッと真顔になって衛兵長は先輩をそう
うっ……と言葉を詰まらせた先輩は、おとなしくすごすごと下がる。ホント、変態なところを除けば良い上司なんだけどなぁハンス衛兵長。なんでこんなに残念なんだろう?
俺がそんなことを考えていると、「まぁとにかく」とハンス衛兵長が話を締めにかかる。
「グランツァ伯爵の交渉は俺がやる、つーかエルフの嬢ちゃんを説得する方が骨が折れるから同性のお前とお前のストッパーであるヴェルナーの二人にやらせた方がまだ可能性があるからやれ」
「はーい……でも先行き不安だよねぇ」
「他に方法が思いつかん以上、『いつか思いつく最善』よりも『今思いつく次善』だ。問題は待ってはくれんし――失敗も出来ん」
国が知らぬ存ぜぬの中で協力してやるんだ、上手くいったら思いっきり国に吹っ掛けてやる……とハンス衛兵長がビキビキとこめかみに青筋を立てながら獰猛に笑う。
本当に国は頼りにならない――そんなに後継者争いってのが大事なのか?
呆れてため息をつく俺に、先輩が優しく背中をぽんぽんとたたく。
「……仕方ないよ、やるしかない。国のためじゃなくて、ヘリガのみんなのために」
「…………ですね。ヘリガを戦火に巻き込んではいけない」
「その意気だ。衛兵は市民を守るのが仕事、終わったら俺の奢りで美味いもん食わせてやる」
「約束だよハンスさん。行こ、ヴェルナー」
先輩に手をひかれて、執務室から俺たちは退室する。先輩が先導して前を歩いている背中を見ながら、俺はこれからの不安に押しつぶされそうになっていた。
はっきり言ってしまうと、怖い……失敗できないし、失敗すればヘリガは――
「……ナー、ヴェルナー!」
「……っは! すみません先輩、考え事をしてました」
「……大丈夫だよヴェルナー」
考え事に夢中で先輩に呼ばれているのが聞こえていなかったのを慌てて頭を下げて謝ると、先輩は両手で優しく俺の顔を挟んで顔を上げさせる。
自信たっぷりな顔で、先輩は俺にそう安心させるように『大丈夫』と言うと俺の頬をそのまま手のひらでプニプニ押しながら笑った。
「ボクが付いている。どんな失敗をしたって先輩であるボクがカバーしてあげるよ」
「……先輩は、失敗が怖くないんですか?」
「怖いよ? うん、怖い。だから悔いが残らないように全力でやるのさ、それで失敗したら……しょうがない。ボクたちの手には余る事態だったってこと」
「そんな……っ、割り切れる、ものなのでしょうか……」
俺が伏し目がちにそう言うと、先輩はこてんと首を少し横に傾けながら微笑む。
「それともこの街から二人で逃げ出して……ボクたち以外に任せよっか?」
「……っ、いえ。衛兵が市民を見捨てて一目散に逃げるなんてことは、出来ません」
「じゃあそれが答えだよ、ヴェルナー。見捨てて逃げないために出来る全力で取り組む、それで失敗したら……その時考えよう」
「『いつか思いつく最善』より『今思いつく次善』――ですもんね」
なにそれ、ハンスさんの真似?とおかしそうに俺の頬を指でつんつんしてくる先輩。
ただ覚悟を決めただけですよ、ちっぽけな自分の背中に一国の未来を背負う覚悟を。
そうだ。結局逃げても誰かが追わなきゃいけない責任だし、逃げたら俺は一生後悔する。
国なんてどうでもいいが、ヘリガの街は……守りたい。
「ん、その意気だよ。明日、あの子が起きていたらお話してみよっか」
「ですね。先輩の見立てなら話自体は聞いてくれそうですし、事情を話してみましょうか」
「あ。だったらちゃんと好感持たれるように服とか髪とか準備しなきゃ、最近バタバタしてて行けてなかったんだよね~」
というわけで、と先輩がピンっと指を立てていたずらっぽく笑う。
「デートしよっかヴェルナー! 今から一時間後、噴水広場ね!」
「別に服とか髪とか、自分でやっときますよ?」
「ぶー……こういうのは雰囲気ってのが大事なの! 分かったヴェルナー!? 返事!」
「はいはい、一時間後ですね。寝室に戻って良さげな服引っ張り出してきます」
「『はい』は一回!」
「はーい」
先輩と私服でデートかぁ……いやまぁデートじゃないんだけど。先輩、美人で注目浴びるから横歩きたくないんだよなぁ。
嫌でも注目されてしまうだろう未来に、俺は思わずため息を吐くのだった。
どうか、先輩にみんな視線を吸い寄せられて俺の存在に気が付きませんように……
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