第15話 エルフとお話しようとしましたがお話になりませんでした……
「私をどうするつもりだ人間! また我々を貶めるつもりかクソッ! っ、あああああ!!!」
「あちゃー、最近薬が抜けてきて起きるタイミングが増えてたからミスったわ。ごめんちょ!」
「なっ……なんで手足拘束してるの!?」
「あんな風に暴れて同僚2、3人が医師から患者にジョブチェンジよ。柵や壁に思いっきりぶつけて骨折とかなったらあれっしょ?」
ガチャガチャと枷を激しく鳴らしながら絶叫しているエルフの女の子を前に、先ほどのチャラそうな医師がやれやれと病室に入ってきながらそう説明する。
「街の病院ならまだしも、衛兵の詰め所ですぐに拘束できる道具って罪人の枷しかなくね?」と言いながら、俺たちの横を通り抜けてエルフが寝ているベッドの近くに寄ったチャラ男。
「はーい、そこのかわい子ちゃん。気分はどうですか~?」
「最悪だッ! 人間に捕まって、こうして手足を拘束されていることに屈辱以外の何も感じない!」
「なるほど薬が抜けてきて記憶もはっきりしてきたね~。よかったよかった、回復傾向だ」
歯茎を剥いて威嚇しているエルフの彼女とは対照的に、冷静に患者の容態を診察するチャラ医師。俺たちはあまりにも怒涛の流れに付いていけず、あっけにとられてその場面を見ていた。
「自分の名前言える~?」
「ふんっ! 人間などに名乗る名などない!」
「つまり思い出してはいると。オッケー薬による後遺症もなさげ、これならあと数日で全快っぽ」
チャラ医師はもう慣れたのだろう、さらさらーっとカルテに状態を書くと『あとは任せたぜ』と病室を出ていった。
取り残された俺たちはエルフの方を見る、彼女はフンっとそっぽを向きながら対話拒否の構えらしい。
「あー……どうしましょうか先輩?」
「どうしよっかねぇ……とりあえず、自己紹介?」
先輩がおずおずと自己紹介を始める――が、エルフの彼女は反応がない。イザベルさんの言う通り、エルフと会話するのは長い時を要するのだろう。
……それだけエルフと人間の溝が深い、ということなのか。俺も先輩に続いて軽く自己紹介を済ませ、手ごろな椅子に腰かけた。
「さっさと出て行け。人間と同じ空気を吸うことも不快だ」
「……先輩、一応本人にこれからのことを話しておくべきでは?」
「んー……病み上がり、というかまだ療養中の人にいきなり言ったら混乱するんじゃないかな?」
先輩は俺とは対照的に消極的だ。それよりも仲良くなるために時間を使うべきだとボクは思うな、と先輩はエルフに自己紹介の続きとばかりに趣味はなんだとか休日何をしているかとかを勝手にしゃべりだす。
「でねー、この街のパン屋さんがすっごい面白くてさぁ――」
「……………………」
「あ、そうそう。去年新しく見つけたんだけど商業区の方でね――」
無視をされてもただひたすらに雑談をしている先輩。エルフの女の子は……顔ごと向こうに向いていて全く顔色が分からない。
気難しい――いや、人間のエゴが生んだ深い溝だ。理不尽だと感じても、それの改善を彼女に求めるのは間違っているか。
「そう言えば最近、商業区の方に寄ったんですけど珍しいもの売ってましたよ」
「へー! ヴェルナーそれ教えてっ!」
「先輩が興味を持つか分からないんですけど、極東の『カタナ』っていう武器で――」
俺は先輩の話に混ざるようにして雑談の輪に入る。しばらくするとエルフの子がうつらうつらと船をこぎ始めたので、彼女が安静して眠れるように俺たちはそっと椅子から立ち上がって病室から退出した。
「……結局、最後までこちらを拒絶していましたきね」
「そう? たまに長い耳がぴくぴく動いてたから聞いてはいたよ彼女。興味はあるけど、でも人間だからなぁ……みたいな感じかな」
「うぃ、もう帰る感じ? ならついでにハンス衛兵長に
病室を出ると、チャラ医師がそこに立っていて軽く片手をあげつつそう言ってきた。言伝?と俺たちがそろって首をかしげていると、彼が『いつまでも手足を枷でつないでおくわけにはいかないっしょ?』と肩をすくめながら伝言内容を話す。
「『もうすぐ全快するから、早く彼女の処遇を決めないといけなくなくなくなくない?』って感じ~。んじゃよろ~、俺今日夜勤だから今から寝るんで」
「あっ、まって……行ってしまった」
「睡眠時間を出来るだけ確保したいんだろうねぇ彼。見た目に寄らず仕事に誠実な人だよ、見た目に寄らずに」
先輩が重要なことを二回言った。なんであんなにチャラそうなんでしょうねチャラ医師?
俺たちはチャラ医師の謎を抱えながら執務室に向かう。ハンス衛兵長……最近書類仕事さぼってたから缶詰にされてるだろうなぁ。
俺と先輩がそんな話をしている同時期――
「はぁ、捕まったか」
「えぇ……どうやら見つかったようで」
「ふんっ、随分と鼻のきく野良犬が平民にいたものだ」
苛立たし気にグラスに入ったワインをあおる身なりの良い男。壁際に立っていた初老の執事がモノクルを上げながら端的に彼に問う。
「消しますか?」
「そうだな……あのお方も知られれば後継者争いに不利となるだろう、消せ」
「かしこまりました」
スッと気配がなくなったかと思うと、初老の執事は気づけばその場からいなくなっていた。
それを見てふーっとため息をついた身なりのいい男は高級な椅子の背もたれにもたれかかり、ワイングラスを片手に窓の外を見る。
「あの方の女癖はひどいものだ……だが取り入れられたのならば、王になった暁にさらなる我が家の繁栄に貢献したというのに」
ヘリガの街は城郭都市で、貴族街のさらに中心には王族が来たときにもてなすための城もある。その地下室にエルフを入れて、献上する算段だった計画をヴェルナーにすんでのところで止められていた男はイライラを募らせる。
それでも冷静になろうとがりがりと頭を乱暴に掻きながら、その男は頭を回す。
「いや待て……逃げられたとしてもエルフだ、人間領の中心近いこのヘリガから誰の目にもつかずに脱出など出来ようはずもない。腹立たしいことだが平民の衛兵どもは『優秀』だ」
つまり、まだどこかにエルフはいる……だがそんな噂は耳に入ってこない。つまり――平民の衛兵どもが秘密にしている?
「まだ、ツキは俺のところにあるようだ」
そう結論付けた男はニヤリと笑う。そして一枚の手紙をしたため始めた。
内容は――『平民街の衛兵詰め所に、深刻な横領の疑い有り』。
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