37話 にゃん娘、かく語りき(番外編)

 ……あたしが覚えているのは、それは寒い日だったってこと。

 白いフワフワしたものがチラついて、だんだん暗くなる。


 箱の端っこを掴み、立って顔を出した。

 人間がたまに歩いているけど、目が合っても知らない振りして通り過ぎる。


 小さい人間たちが立ち止まったけど、すぐにどっかに行っちゃった。

「オレんち、動物は飼えないし」

「うちは、鳥を飼ってるしな」

 そんなことを言ってたかな。


 あたしは、寒さに震えた。

 おなかも空いた。

 でも、誰もあたしを抱っこしてくれない。

 ごはんを、くれない。

 このままだと……どうなるんだろう?


 あたしは鳴いた。

 気付いて欲しい。

 ごはんが欲しい。





「あらら、どうしたの? お前」

 その人間は、あたしを抱っこした。


「困ったね……ま、いいか。寒いでしょ。おいで」

 あたしを箱に戻し、箱ごと抱き上げ、その人は建物に入った。


「お帰りなさい。……あれぇ? その猫は……」

「下の自販機の横に置かれてたの」


「ミケちゃんだ。仔猫だね。かわいい」

「放って置けないでしょ?」


「ここ、ペット飼っても大丈夫?」

「何年か前に、管理組合で話し合ってた。入居の条件に『ペット禁止』って書いてなかったから、OKってことになった筈よ」

「良かった。まず、体を拭いてから、火に当たろうね」


 


 ――こうして、あたしはこのお家で暮らすことになったの。

 あたしを連れ帰った人は『お母さん』で、お世話係は『ちかちゃん』。

 それと『お父さん』。

 『お母さん』と『ちかちゃん』は、あたしと同じメスで、『お父さん』はオスだ。


 そして『ちかちゃん』は、あたしに名前を付けた。

 それが『ミゾレ』。

 意味は知らないけど、けっこうイイかも。

 気に入った、ニャン♪


 

 この家での暮らしは快適だ。

 おいしいごはんに、フワフワなベッドもある。

 寝てるだけで「カワイイ~」って誉められちゃう。

 壁でツメをといだら、たまに怒られるけど、それぐらいイイんじゃないの?


 でも、お外には出られない。

 たまに玄関のドアの間から顔を出すけど、何にもない。

 隣に住んでる、頼りなさそうなオスが来ることがある。

 

 いつだったか、外に三匹のオスがいた。

 隣の頼りなさそうなのと、ヘラヘラしたのと、キリッとしてるの。

 隣のオスの仲間だから、無視無視。


 でも、隣の『お母さん』は好き。

 撫でてくれるし、おやつもくれる。



 こんな感じで、あたしはゴロゴロのんびり暮らした。

 でも、ちょっと怖いことが起こったの。


 『ちかちゃん』が、友達のメスたちを連れて来た。

 ところが、そのメスのひとりが普通じゃなかった。

 『幽霊』が取り憑いてたの。

 『ちかちゃん』は気付いてないみたい。

 あたしは、離れて見てたけど……そのメスと会ったことがある感じがした。

 変なの。

 

 ……それ以来、『幽霊』を連れたメスは来なかった。

 『ちかちゃん』に訊きたかったけど、あたしとは会話できない。

 そんなモヤモヤ気分も忘れた頃、あたしと『ちかちゃん』はテレビを見てた。



『こうして、パオロとフランチェスカは愛し合うようになったのです。この瞬間を、『神曲しんきょく』の著者のダンテはこう描いています。私とパオロが恋に墜ちたのは、騎士ランスロットとギネヴィア王妃の恋物語を読んでいた時でした。ランスロットが王妃に口付けする場面を読んだ時、パオロも私に口付けをしました……』


 テレビの中から低いオスの声が聞こえ、赤いお洋服を来たメスが映った。

 これが、『フランチェスカ』かな。

 うん……なかなかイイ感じのお洋服じゃない?


『密会している二人を発見した夫ジャンチオットは、剣で二人の命を奪ったのです。その話を聞いたダンテは、地獄で抱擁する二人を『神曲しんきょく』に登場させ、数多あまたの芸術家は、二人を題材にした絵画や彫刻を世に送り出ました。ダンテと芸術家たちの手で、二人は不滅の命を与えられたのです……』



「ううっ……可哀想だけど……何てロマンチック……」

 『ちかちゃん』は大泣きし、あたしも胸がキュンとなった。

 命をかけた恋……悪くニャイわね……。



 次の日、隣の頼りないオスが来た。

 『ちかちゃん』も趣味が悪いと思うけど、小間使いに便利なのかもね。

 『ちかちゃん』は、昨夜の番組の話をしてあげたけど、たいして反応が無い。

 やっぱり、このオスはダメだ。

 恋に無頓着むとんちゃくなオスはキライ。


 

 そして、オスが帰った後。

 あたしはテーブルの下に変なモノがあるのを見つけた。

 お魚の形をした小さいモノ。

 新しいオモチャかと思って、それをかじった。

 ちょっと歯ごたえがあるけど、何の味もしない。

 でも『ちかちゃん』のお部屋にある、あたしのベッドに持ってった。

 ヒマつぶしにはなる、ニャン♪



 そして、夜になった。

 ごはんは食べたし、あたしはお部屋のベッドで遊んでた。

 エビフライの枕を抱いて、キック・キック・キック♪

 ウトウトしつつも、キックを繰り返していると……!

 突然、下に落っこちた!

 高い所を歩いてたわけじゃないのに、そんなバカにゃ!?





 気が付くと……あたしは後ろ足で立っていた。

 見ると、人間の体になってる!

 赤いドレスを着ていて、髪も長いみたい。

 どうして、人間の姿になっているんだろう?

 ベッドで遊んでいたのに……しかも、周りは真っ暗。

 見上げると、大きくて真っ赤な月がある。



美名月みなづき……あの方たちを助けてあげて……」


 ……頭の中で声が響いた。

 なつかしい声だ……

 この声を、この手の感触を知ってる……


「行かなきゃ…!」


 あたしは、声に励まされて走った。


 やがて、目の前に大きな門が現れた。

 目を凝らすと、ネズミが動いている。

 竹で編んだオリを突いている。

 

 ……イヤな気配を感じる。


 あのオリに、彼らがいる。

 彼らの力が無ければ、奥まで辿り着けない。

 そこに、姫さまはいらっしゃる。


 ……あたしは『美名月みなづき』だ。

美名月みなづきフランチェスカ……あたしの『名』だ!」


 迷わずに、門の中に飛び込む。

 闘わなきゃいけない。


 姫さまを助けるの!

 はぐれてしまったお母さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんたちを探すの!

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