第24話 始祖五家の最強双子(2)

 

「やっとテストが終わりましたわぁっ! これで思う存分『推し活』できますわね」

「推し活? ちなみにテストはまだあと一日あるけどね」

「四捨五入したらもう終わったも同然ですわ」


 期末テスト三日目が終わった昼。オリアーナはジュリエットとともに食堂へ向かった。魔法学院には学生以外も利用できる大食堂がある。ジュリエットは軽やかな足取りで歩きつつ、意気揚々と言った。


「推し活……それは、舞台の役者さんや踊り子など、己の愛するお方を応援する活動……! そして、わたくしの推しは――こちらのお方っ! ででんっ!」


 彼女はドヤ顔でひらひらとこちらに手をかざした。


「魔法学院のプリンス、オリ……レイモンド様ですわ!」

「僕は俳優でも踊り子でもないけどね。それ、流行ってるの?」

「ええ、ええ。令嬢たちの間で大流行りですわ」


 ジュリエットは流行に敏感だ。

 すると、彼女が鞄から扇子を二つ出して、こちらに見せつけてきた。


「これをご覧くださいましっ」


 扇子には、『エアハグして♡』『ウインクして♡』と文字の刺繍が施されている。……なんだこれ。


「これは何?」

「ファンサ扇子ですわ。わたくし、昨日夜なべして作りましたの」

「テスト期間中に? さすがジュリエットだ。余裕だね」


 桃色の扇子に弧をなぞるように白いファーが付けてあり、他にも真珠やダイヤなどの華やかな装飾がされている。

 彼女は、お手製の扇子を揺らしながらこちらを上目がちに見つめてきた。


(……つまり、これをしろと?)


 まとわりつくような期待の眼差し。オリアーナは呆れつつも、友人の願いに応えることにした。


「――エアでいいの?」

「え……といいますと?」

「僕は舞台の上じゃなくて、目の前にいるんだ。――ほら、おいで」

「〜〜〜〜!?」


 いたずらに口角を上げて、両手を広げる。ジュリエットは声にならない悲鳴を上げて、目を白黒させた。手から扇子が滑り落ちて、地面に転がる。夜なべしてきた品に土が付こうと、今の彼女はお構いなしだ。


「い、いいいいいいいざ、尋常に……っ」


 一体何の勝負なのだろうか。ジュリエットは自分にそう言い聞かせて、オリアーナの胸に飛び込んできた。


「きゃー、きゃああっ……! いい匂いがします、かぐわしい匂いが……ひゃぁぁっ!」

「はは、騒がしいな」


 ジュリエットの身体は、オリアーナよりも華奢ですっぽりと覆うことができる。腕の中でぶるぶる小刻みに震える彼女をからかうように、上から囁く。


「君は小さくて可愛いね」

「!?!?」


 はっとして顔を上げたジュリエットに、ウインクのサービスもした。


「ひゃぁぁ……推しが尊くて幸せ……」


 ジュリエットはたらりと鼻血を流しながら卒倒した。……ちょっと過剰にサービスしすぎてしまっただろうか。




 ◇◇◇




 テスト最終日が終わり、その日はジュリエットの他にセナとリヒャルドも一緒に昼食を摂ることにした。三階建てのモダン造りの食堂。一同は三階のテーブル席を取った。

 豪華なメンツに、周りの生徒たちの関心が集まっている。


「はー、やっと終わったぜ。……終業式が終われば夏季休暇だ! これやるよ。ジュリエット嬢はもっと食べた方がいい」


 リヒャルドは快活に笑い、自分の皿からブロッコリーを取り除いて、ジュリエットの皿に移すと、彼女は不服そうに眉を寄せる。


「ちょっと、リヒャルド王子。ご自分が苦手だからって押し付けないでくださいまし。ほら、一国の王族が好き嫌いしない!」

「む! んぐ……ほえはむむっこいーあいあいだ……やめ、む(※俺はブロッコリーは嫌いだ。やめろ)」


 ジュリエットがブロッコリーをフォークに刺して、リヒャルドの口の中にぐいと押し込む。親しげな様子を見て、オリアーナがセナにに囁く。


「……あの二人って結構いい感じだと思わない?」

「そう? 親子にしか見えないけど」

「はは、そうかも」


 ブロッコリーをなんとか飲み込んだリヒャルドが、オリアーナに言う。


「にしても、今回の実技もレイモンドはすごかったな」

「う……」


 顔をしかめるオリアーナ。実は、今回の実技テストも案の定悪目立ちしていた。対人戦が今回の課題だったのだが、オリアーナは体育会系教師と当たり一瞬にして勝利したのだ。


「あの脳筋ゴリラ教師を吹き飛ばすなんてマジすげぇわ。あんた前世は怪物とかだったんじゃないか?」

「まぁまぁ……。ケモ耳レイモンド様も、それはそれで素敵ですわ」

「ジュリエット嬢の萌えセンサーは見境ないのな」


 もしかしたら本当に、前世は恐ろしい怪物か何かだったかもしれない。オリアーナが真剣に考えていると、セナが「真に受けることないから」と突っ込んだ。


 何気ない日常のひとコマ。一同はすっかり昼食を楽しんでいた――そのとき。



『グァァァァァァァ!』



 けたたましい咆哮が辺りに響き、建物が揺れる。


「地震か!?」

「いや違う。魔物だ! 感じねーのか、この気配!」


 食堂内は大混乱だった。禍々しい気配を生徒たちは敏感に感じ取った。中には、その気配だけで気を失っている者もいる。

 大窓の外には大きな黒い影。その刹那……。


 ――パリンッ……!


「危ない! ――リア!」


 ガラスが割れて魔物が侵入してくるのと同時にセナに庇われる。セナはオリアーナを庇い抱き、片手で防御魔法を発動させる。ジュリエットとリヒャルドも、それぞれ魔法で対応する。


「リア、大丈夫か? 怪我は?」

「大丈夫。セナが守ってくれたから。あれは……」


 バルコニーを破壊し、室内に侵入したのは緑がかった黒の粘液状の魔物。触手が動き回り、ぎょろっとした丸い目が体のあちこちで光っている。とてもおぞましい姿だ。


「不定形の魔物……」

「ランクは?」

「上級……いや、超上級かも」


 セナの声はいつになく切羽詰まっていて。上級であれば、今のセナやジュリエットでも辛うじて戦えるかもしれない。しかし、目の前の敵は素人のオリアーナが見ても、今の自分たちで太刀打ちできる気がしない。


「オリアーナ様はわたくしが守りますわ! ――現れよイマージ!」


 ジュリエットは魔物を睨みつけながら指輪を外し、呪文を唱えた。赤い石の指輪は、杖に姿を変える。


「リヒャルド王子は早く皆様の避難誘導を。わたくしが時間を稼ぎますわ。セナ様、あなたは共闘してくださいまし」

「――分かった」


 ジュリエットの判断に、一同は頷く。


 ジュリエットは杖を振りかざし、炎魔法で魔物に対抗する。オリアーナはリヒャルドとともに、生徒たちの避難誘導を始めた。


 もうほとんどの生徒が脱出している。三階から一階まで階段を下りつつ、逃げ遅れた人がいないか確認する。


「オリアーナ嬢、あそこに人が」

「私に任せてください。王子は厨房の方を確認していただけますか?」

「了解」


 オリアーナの視線の先で、女子生徒が倒れた棚の下敷きになっていた。その横で、友人と思しき女子が泣きながら下敷きになった生徒を引っ張り出そうとしている。彼女たちの元に駆け寄って声をかける。


「もう大丈夫です。手伝いましょう」

「……! 殿下……っ。この子が、レティシアが下敷きにっ……。意識がなくって……っ」


 レティシアという娘は、息はあるようだが、重量のある棚に敷かれているのでひどい怪我をしているかもしれない。まずは救出が先だ。


「レティシアさん、聞こえますか!」


 呼びかけてもやはり反応はない。オリアーナは女子生徒が苦戦していた重い棚をいとも簡単に退かして、その隙にレティシアを救出させた。


 床に寝かせたレティシアに、覚えたての治癒魔法をかけてやると、意識が戻った。


「ん……」

「よかった、気がついたね」

「!? で、殿下!?」

「うん。上階に魔物が現れて大変な騒ぎになっているんだ。立てる?」

「は、はい……なんとか」


 オリアーナの手に支えられ、レティシアが立ち上がる。


「君たちはここから早くに逃げるんだ」

「はい……! ですが、殿下は?」

「僕は始祖五家の者としての務めを果たさなくてはならない。さぁ、お行き」

「分かりました。どうかお気をつけて」


 オリアーナが頷き返すと、二人は早足で外に逃げて行った。まもなく、厨房を確認したリヒャルドが戻り、全員脱出したことを報告し合った。

 二人は急いで三階に戻った。そして、目の前の光景に唖然とした。


 天井は吹き飛ばされ、青空に晒されている。床は散乱していて、魔法がぶつかり合う音が響いている。


 魔物は次々に下級魔物を生み出していた。セナが一人きりで交戦している後ろで、ジュリエットが血を流して倒れていた。


「ジュリエット……!?」


 倒れているジュリエットの元に駆け寄り、彼女の身体を起こす。額から血が滴っていて、顔は真っ青。始祖五家の中でも戦闘に特化した彼女が、ここまでやられるとは。


「ひどい怪我だ。今治癒をかけるからね。――治癒ヒール

「……うっ、オリアーナ、様……」

「喋らなくていい。身体に障る」


 視線を上げて、戦闘中のセナを見た。刀身をひらめかせながら、次々に上級魔法を繰り出して、出現する下級魔物を殲滅している。


(セナ、こんなに強くなっていたんだ……)


 それは、今まで見たことがない本気の戦いぶりだった。幼いころレイモンドやオリアーナに守られてばかりの泣き虫だった彼とは全く違う。



《――風よウィンド



 リヒャルドが応戦し、セナが背を預ける。しかし、セナの方は魔力も体力も底を尽きていて、時折よろめいている。


(マズイな……。このままだと全員やられる)


 ぎりと奥歯を噛み締める。応援が到着するのはまだだろうか。額にたらりと汗が流れる。オリアーナは考えた。考えに考え、決断した。

 戦っているセナとリヒャルドの隣まで行った。


「二人とも。ジュリエットを連れてここを離れるんだ。ここは私が引き受ける。このままでは全滅だ」


 オリアーナは――魔法石が嵌め込まれた指輪を外した。この状況を打開するには、聖女の呼び笛で、あの魔物に対抗しうる幻獣を召喚するしかない。今の未熟なオリアーナでは、それらを支配しきれずに襲われてしまうかもしれない。


 けれど、大切な友人たちを死なせるよりはずっとマシだ。オリアーナは苦しそうに倒れているジュリエットを一瞥して、下唇を噛んだ。


(早く彼女に適切な治療を受けさせなくては。せめて彼女だけでも……)


 セナはオリアーナの考えを理解して、眉間に皺を寄せた。


「だめだリア。呼び笛は危険すぎる。まだお前の実力では扱いきれない」

「分かっているよ。でもこれが一番合理的だ」

「どこが――」


 オリアーナはセナの言葉を遮って、リヒャルドに言った。


「リヒャルド王子。ジュリエットを頼んだよ」

「……分かった」


 リヒャルドは弱々しく呼吸をしているジュリエットを見て、苦い顔をしながらオリアーナの言葉に応じた。


「嫌ですわ……っ。オリアーナ様を置いてなんて……っく」


 リヒャルドに横抱きにされながら、ジュリエットはじたばたとあばれるが、怪我の痛みに顔をしかめた。彼は泣き続けるジュリエットを強引に連れて逃げた。


 セナは結局、オリアーナを置いて逃げてはくれなかった。彼は手をかざして防御魔法を張った。


「……私が何を言っても、君は残るんだね」

「当たり前だろ」

「死ぬかもしれないよ。私が召喚した幻獣に喰われて」

「お前と一緒に死ねるなら本望だよ」

「本当に……馬鹿な人だ」


 青い防壁の中で、オリアーナは唱えた。



《――現れよイマージ



 指輪は聖女の呼び笛に姿を変えた。この呪文を唱えるのは二度目。入学式典のときと同じで、遠くから獣の声が聞こえる。オリアーナはためらいなく笛を強く吹く。


 ピーーーーッ。甲高い音が響き渡ると同時に、七体の白い獣が召喚された。狼の姿をした優美な幻獣。


 オリアーナは魔物を見据え、叫んだ。


「――邪悪を滅せよ」


 直後、幻獣たちが下級魔物を一掃した。そして、粘液状の魔物に向かって走り、鋭い爪や牙で切り裂いていく。幻獣は壁を蹴り、跳躍を繰り返しながら魔物を攻撃した。まもなく、粘液状の魔物は討伐された。


(……すごい)


 しかしその直後。オリアーナの中で魔力が枯渇した。身体中が重くなり、がくんと膝を突く。召喚術を扱い慣れていないせいだ。


 直後。白く優美な幻獣の毛が、黒に染まっていく。血走った目でこちらを睨みつける彼らを見て、全身の血の気が引いていく。


(聖女の支配が……――切れた)


 目の前にいるのは、首輪が切れたただの怪物だ。セナも魔力が枯渇しているから、襲われても防ぎようがない。


「……――リア」


 セナがオリアーナを庇うように抱き寄せる。セナの手に自分の手を重ね、凶暴化した幻獣たちを見据えた。


 始祖五家の魔法士たちは皆、戦場に立ち国を守る使命がある。いつ死んだっておかしくはないのだ。ここで死んだとしても、他の生徒たちを守った名誉ある死。始祖五家の者としてふさわしい最期だろう。


(セナの手、冷たい)


 でも願いが叶うなら、この人ともう少しだけ傍にいたかった。恋人として、もっと色んな幸せを味わいたかった。そんな願いを抱きながら、彼の手を握る力を強めた。


 幻獣が爪を振り下ろすと、セナが張った気休め程度の防壁がいとも容易く破られる。


 ――逃げられない。そう覚悟したときだった。





「姉さんに指一本でも触れることは許しません。――美しい幻獣たちよ、次は僕が相手です。――光よライト





 ポニーテールにした長い金髪が揺れる。アーネル公爵家の紋章が刺繍された戦闘用のローブ。すらりとした体躯。透き通るような金目。目の前に立つ青年は……。


「……レイ、モンド……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る