第14話 始祖五家の逸材(1)

 

 レイモンドが口を利いてくれなくなったまま中間試験を迎えた。試験は五日間に渡って行われ、三日目までは筆記、残り二日間は実技となっている。

 今日は四日目。真面目なオリアーナは一切抜かりなく勉強して挑んだため、筆記は手応えがある。問題は今日の実技だ。


「大丈夫? レイモンド」

「自信はないけど、やれるだけやってみるよ」


 魔法を自由に発動できる鍛錬室。四日目はここで祝福の魔法を唱え、魔力量の検出を行い、教員たちから評価点をつけてもらう。


 オリアーナは、制服の内側に忍ばせた守護石を握り締めた。彼女は魔法の発動に関して全てをこの石に依存している。何度も練習してきたが、レイモンドのように一番を取れるほどの威力はない。


(せめて平均は上回らないと、アーネル公爵家として面目が立たないな)


 受験番号順に試験が行われていく。ジュリエットが最初で、一段高い場所に立った。彼女はどうやら筆記ですでに四科目追試が確定しているらしいが、実技に関しては――文句の付けようがない実力がある。



 《――火の祝福ブレッシング!》



 長い杖を下から上にひゅっと振り上げる。いつになく真剣な眼差しだ。詠唱と共に、杖の先に炎が現れる。その火は、上へ上へと旋回していく。オリアーナたちの元まで熱気が伝わり、辺りが明るくなった。


「もう結構ですよ、エドヴァールさん」

「分かりましたわ」


 今日の試験官はマチルダ。彼女に促され、ジュリエットは杖を片手に持ち変え、もう片手で拳をぎゅっと握った。直後、炎は消失した。


 魔法の規模も威力も、全てが完璧。「さすがは始祖五家」と生徒たちはざわめいた。ジュリエットに続き、他の生徒たちも同じ魔法を唱えていく。各々の得意属性を生かし、八割くらいの生徒は成功させるが、誰一人としてジュリエットを上回る者はいなかった。


 そして――オリアーナの番が回ってきた。生徒たちは、首席入学者で日々の成績も優秀な『レイモンド』が、どんな魔法を繰り出すのかと期待した。


 オリアーナは、自分の力を源に杖を作り出すことを禁じられているため、また学校の備品のシンプルな杖で代用した。木製の杖を構え、ゆっくりと息を吐く。


(……やっぱり私に代わりを務めるのは無理だよ。早く、早く元気になってよ。……レイモンド)


 今も部屋でひとり病気と戦っている弟のことを思い浮かべ、目を伏せる。


(みんなに祝福をお与えください)


 ただ純粋な気持ちを込め、暖かい陽だまりに包まれるような感覚をイメージした。



 《――光の祝福ブレッシング



 魔法は、扱う者が意図することで発動する。また、そのときの感情や思考も反映される。

 オリアーナは、病床に伏せているレイモンドや、辛い思いをしている人たちに希望が届くように願った。


『承知したヨ! 主サマ!』

「へ?」


 すると、心の声に対して返ってくるはずのない返事が返って来た。幼い子どものような声。視線を下に向けると、ひよこのぬいぐるみのようなメルヘンチックな見た目の、謎の生き物がこちらを見上げた。


 聖女の呼び笛は使用していないから、幻獣の類ではないことは確かだ。


「ぬいぐるみ……?」

『失礼な主さまダナ。僕は君の願いそのものだヨ』


 やれやれと首を横に振った彼は、ふわりと宙に浮き、言った。


『病める者、貧困にあえぐ者、心身に傷を負う者、その全てに――希望を与えヨ!』

「…………!」


 その生き物を中心として、光が外へ外へと広がっていく。閉め切っていた窓がガタガタと揺れたかと思えば、ばっと開け放たれて光が風と共に拡散する。――全て、とはどの程度の規模の話をしているのだろうか。

 非魔力者のオリアーナにも、注がれる祝福の大きさが異常なものだということは分かった。


(なんて優しい光……)


 光に触れたその瞬間、心が安らぎ、愛おしい気持ちが込み上げて泣きそうになった。周りにいる生徒や、先生も、神聖な光に包まれて目に涙を滲ませている。



 ――これが、聖女の祝福なのだ。



 その珍妙な生き物は、祝福を届け終わると光の粒になって消え始めた。とても優しげな表情で。一瞬の出会いだったが、消えてしまうのが惜しくて咄嗟に尋ねる。


「――また会える?」

「もう会えないヨ。僕は、君の一瞬の願いそのものだからネ。でもこれでいいんダ」


 にっこりと微笑みを湛えてそう言い残したら跡形もなく消失し、祝福魔法の効果による光も収まる。皆は感心を通り越して呆然としていて。しばらくの静寂のあとで、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


「やっぱ始祖五家ってすごいな……」

「こんな見事な魔法が見られて幸運でしたわ」

「首席ともなると格が違うぜ!」


 感激した生徒たちに囲まれ、賞賛される。


「……あ、ありがとう。でも今はテスト中だよ。席に戻った方が、」


「素敵でした!」

「今のどうやったんだ!? なんでぬいぐるみが喋ったんだ!?」

「つかあの変な生き物何?」


(それは私が知りたい……)


 一斉に質問攻めに遭い、当惑する。マチルダが苦言を呈した。


「静粛に! ただちに席に戻らなければ、全員減点しますよ!」


 マチルダの叱責に、生徒たちは血相を変えて席に戻った。


(なんだかこれ、また変に目立ってる……?)


 果たしてこれでよかったのだろうかと考えていると、マチルダが言った。


「お疲れ様です、アーネルさん。長いこと教師をしていますが、祝福魔法で意思を持った存在を作り出した方は初めて見ました。評価に悩むところですが……下がってよろしい」

「は、はい。……ありがとうございました」


 オリアーナは一礼し、後ろに下がった。

 かくして、中間テスト四日目は終了した。




 ◇◇◇




 翌日。教室前の廊下には昨日のテストの結果が張り出されていた。五日目のテストは、この四日目の試験結果を元にペアが組まれる。五日目の試験内容は、戦闘実践である。


(えっと……私の名前は……)


 結果は点数の高い順に並べられる。自信がなかったので、真ん中辺りから名前を探した。


「上位は始祖五家が独占かー」

「いいよな〜俺も一位とか取ってみたい」


 横から話し声が聞こえ、はっとして視線を上げると、名簿の上の方――六位にレイモンド・アーネルの名前が。検出された魔力量は平均以下だが、先生からの評価は最も高いSだった。一位はジュリエット、二位はセナ。三位にはリヒャルドの名前が書かれていた。


「おいレイモンド。なんだこのヘボい魔力検出量は!? お前が一位取れないなんて、まして俺より下の順位なんて、どういうことだ。お前ならもっとやれるはずだ! 俺は知ってんだぞ! お前ならもっといけるって!」


 リヒャルトが結果表を見て、不満そうに言った。いつも張り合ってくるくせに、勝ってもなぜか嬉しくなさそうだ。オリアーナは六位でもかなり満足の結果だが、平均を下回る魔力検出量は、天才レイモンドとしては前代未聞かもしれない。


 すると、リヒャルドがずいと距離を詰め寄り、額に手を当ててきた。


「熱、あんじゃねーのか? 体調悪くて本領発揮できなかったんだろ? んー……一応平熱みたいだが……」


 至近距離で顔を覗かれて、オリアーナは頬を赤くして、僅かにたじろぐ。


(……近すぎる)


 オリアーナにだって、年頃の娘らしい恥じらいはある。


「……お前、何赤くなってんだ?」


 きょとんとした様子で首を傾げる彼。リヒャルドも自分が馴れ馴れしく触れている相手が、まさか女だとは夢にも思っていないだろう。


 すると、顔を赤くしているオリアーナの姿にセナが気づいた。彼はさりげなくリヒャルドを引き剥がし、まるでライバルを見るように冷たい眼差しで彼を見据えた。


「君にはパーソナルスペースってもんがないの? レイモンドが困ってる」

「は? なんでそんな気ぃ遣わなきゃならねーんだよ。女子かっつーの。レイモンド、そんな繊細な男だったか?」


 ……女子なのだ。一応は。

 すると更に、ジュリエットが微笑みながら言った。


「あらあら、青春ですこと。これが世に言う三角関係というやつですわね!」

「何言ってんだジュリエット嬢。全然そんなんじゃねーし」

「まぁ。では以前レイモンド様を押し倒して身を絡ませ合い、胸を揉みしだいていらっしゃった件についてはどう言い訳なさるおつもりですの」

「言い方言い方! あれは事故――ってセナがやべえ顔してるぞ……お、おい、なんで戦闘準備なんか始めて……!?」


 ジュリエットが言っているのは、体育の授業のときのことだ。セナも見ていたはずだが、ジュリエットの言い方が悪いせいで誤解しているみたいだ。


 怒り心頭で魔法を発動させるセナ。

 赤くなり俯くオリアーナ。

 笑いながら騒ぎを煽るジュリエット。


 リヒャルドがこの修羅場を収めるまで、相当な時間と労力を要したことは言うまでもない。

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