第1章 令嬢が二人
春分のオルシニバレ市は祭に湧いていた。山車が中央公会堂から祭祀堂まで練歩き、太鼓と笛の音が街路に響く。馬車に混じり、タキア型エンジンの自動車が初めて加わった。狭い路地の入口は玄街避けの青色灯火があった。
マリラの言葉どおり、シェナンディはユーゴを悼み、トランク20個の遺品を代価に遺児の後見人となった。カレナードは従業員寮の小部屋と午前の学課と午後の仕事が与えられた。
3歳年上のフロリヤ・シェナンディは少年を寮へ連れていった。寮の入り口にも青色灯火があった。
「フロリヤお嬢さん、ここに玄街ヴィザーツが来るのですか」
葡萄色の髪を垂らした少女は穏やかに、だが、毅然と言った。
「まさか。でも、夜は彼らの味方だから従業員を守らなくては。ここは領国の首都だもの、玄街ヴィザーツが潜んでいるわよ」
「昼間は大丈夫でしょう?父はそう言ってました」
「彼らは黒衣と黒の帽子に黒の紗で面を覆っていて、日光の下には絶対に出てこない。だから昼間でも暗い袋小路に入っちゃ駄目よ。あなたの金色の巻き毛が狙われないようにね」
そこへシェナンディが医師と祈祷師を連れて来た。
「お父さま、何事です」
「マヤルカに添い伏しの治療をする。カレナードがちょうど良いらしい」
添い伏しはオルシニバレの民間療法で、気力のない患者に元気な者の気を移す秘術だ。相性のさじ加減は祈祷師が決める。彼は今のマヤルカには少年の気がぴったりと診た。
フロリヤがカレナードの背中を押した。
「あなた、初仕事よ。妹をお願いね」
祈祷師は次々と準備を指示した。
「半年前に母君が亡くなり、マヤルカ嬢はすっかり気落ちしている。彼女はお前より一つ年下だ。お前は元気いっぱいというより、少しくたびれておる。そこが良い。
相を見るに気性は大胆で繊細、優しいが強情、私の見立てではお嬢さんによく合う」
カレナードは新しい寝間着を纏い、祈祷師と共に階上へ上がった。
マヤルカは赤い髪に反して、頬は白かった。
枕元に陣取った祈祷師は二人の手を取った。
「よしよし、子供たち。気を通じさせてやるから目をつむっておいで」
低い詠唱とお香が効いて二人は眠ったようだ。蝋燭が消え、祈祷師は部屋を出た。
1分後、赤い髪の少女は寝床の中で動いた。
「ねぇ、起きてるの。カレナード・レ……」
「レブラントです、マヤルカお嬢さん」
「どこから来たの」
「西のミセンキッタから山を越えて」
「あなたのお父さんとお母さんはどうしたの」
「ラハトサイにいる。母さんはずっと前に。父さんは少し前に」
「私のお母さまも。眠ってるんじゃなかった。お母さまの手は冷たかった」
カレナードは少女の方へ手を伸ばした。
「僕の手は暖かいよ」
マヤルカは彼と手を繋ぎ、ほっと息を吐いた。
「私、もう一度お母さまとこうしたかったの」
添い伏しは型通りに行われなかったが、マヤルカは回復に向かい、快活な本性でカレナードを離さなくなった。
彼は家の懐を知った。夜は父の写真を掲げ、祈りを捧げた。
「精霊の御力で魂はラハトサイに憩い、青い夜に眠るべし」
脳裏に浮かぶのは女王マリラだ。厳しい光をたたえた眼、握り返された手の感触。忘れられなかった。
「マリラさま、もう一度会えますか。いつの日か、僕は御礼を申し上げたいのです。貴女のおかげで僕はここで生きています。それをお知らせしたいのです」
マリラを想うと彼は無上の喜びを感じた。女王の願いとは逆に彼の記憶は薄れるどころか、玉のように心の淵で光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます