第24話 面倒事
「んで? レオン。お前が言うには、ジャンビスはもう何処かに逃亡して行方が分からないと?」
マスターは眉を顰めて俺を訝しげに見つめている。
俺とシャルはジャンビスの件を済ませてから、ミリカと三人でギルドマスター室まで戻った。
ジャンビスは俺の秘術によって、全てが霧と一緒に消え失せた。
もちろんシャルの衣服に付いていた返り血も含めてだ。
死体も残らなかったことで誤魔化しとして述べた全容が、今マスターが口にした話だ。
Sランク冒険者が高々Bランク冒険者程度を見失った、と誰が聞いても嘘だと分かるような話をマスターに信じ込ませるしかない。
「ほ、本当です、マスター。ジャンビスは私に薬を盛った後、姿を消したんです。その後にレオンが私を助けてくれて……それに時間を取られてしまって……本当にすみません」
シャルは深々と頭を下げる。
なんて優しい子だ。
俺を売ればこんなめんどくさい事すぐに終わるのに。
「シャルロッテ・グラウディ。君が話した内容には謎がある。ジャンビスは君を襲おうとした。一度目の襲撃は失敗したが、二度目は確実に成功できた筈だ。何せ君は今、薬を盛られたと言ったからな。つまり、その薬を飲んで動けない状態だったということだ。そんな状態で手も出さずに姿を消したと?」
これは……まずいな。
マスターは勘も冴えているし頭がいい。
流石は王都ラードのギルドマスターをしているだけはある。
でも、まだだね。
言い訳、そして、誤魔化しの天才と言われている俺は不死身だよ。
「そ、そうです! 何もしなかったんです!」
俺は頭が回っていなかった。
俺が一日に使える秘術は最大三回。
ただ新しい秘術を使う場合、通常よりも多くの魔力が必要となる。
よって、昨日は全く苦にならなかった身体も、魔力がまだ完全に戻っていなかったのか、先程の秘術で少し立ち眩みがしてくるほどに疲労していた。
……三年間のブランクってこうも身体に影響するのか。
一人そんな事を思っていると、ミリカが俺の腕を取り、支えてくれる。
「ルーネ。これは本当。ミリカ見た。レオン。シャル助けてた」
「ふむ。ミリカが言うなら……」
ミリカ……もう俺の代わりにリーダーやる?
この話し合いにミリカさえいれば何とかなりそうなほど、マスターはミリカに甘かった。
だが……
「シャル……本当の事教えて? わ、私……もしもシャルが酷い目に遭っていたら……」
一人泣いていたセリアが、悲痛な顔をしてシャルを見つめる。
「ジャンビスは最低の野郎だ! 逃していてもまた罪を重ねるかもしれない。師匠! ジャンビスを庇いたい気持ちは分かりますが、本当は何処に行ったか分かるんですよね? 教えてくれませんか!?」
ロイは唇を噛み締め、ジャンビスが行った非道を許せずにいた。
いや、地獄だよ。
なんて言えないでしょ。
俺は顎を手で触り思考する。
ジャンビスが消えた理由か……ふむ。
なるほど……ジャンビスが消えた理由……ね。
……もうお風呂入って寝たい。
思考が纏まらない俺に対して、マスターが口を開く。
「レオンが何故そんなに疲労をしているんだ? 私が知る限りでは、一度しか見たことがないが?」
一度?
俺って一度でもマスターに疲れた姿見せたことあったっけ?
まぁ、いいや。
とりあえず、もうお風呂入って昼寝したいし、指導は明日だ。言い訳も明日にしよう。
「マスター。察しの通り。俺は少し体調が悪いようです。多分シャルと同じ薬に当てられたかと」
「君は何かを飲んだり食べたりしたのか?」
「……多分」
「レオン……昔言っていたこと覚えているかな? 君は、異常耐性が粗方付いていると聞いたが?」
もう逃げたい。
一目散に拠点へと帰り、気持ちのいいベッドで眠りたい。
その思いだけが俺を地面に立たせていた。
「師匠は異常耐性効かないんですか!?」
「んー。まぁ」
「す、すげえー!!」
まるでジャンビスの件が無かったかのように、感嘆の声をあげるロイ。
「ルーネ。今日のところは許して。明日また来る。だめ?」
「うむ。まぁ、いいだろう。レオン……逃げるなよ?」
「はい!」 と気持ちの良い返事をした後に、ギルドマスター室を退出する。
この件では、ミリカに助けられてばかりだ。
必ずご褒美をあげよう。
ミリカは<和の魔法>について、<金の翼>のメンバーはジャンビスについてまだ話があるのか部屋に残り、俺は一人で早足に拠点へと帰るのであった。
あれから昼寝をして起きると、時刻は午後七時を回っていた。
そして、今俺はレティナが作った夕食を前に、会議を開こうとしていた。
「さて……レティナはミリカに話を聞いているね?」
「うん! 聞いたよ」
「じゃあ、作戦会議を始める」
「把握した」
「は〜い」
ミリカは真剣な表情で、レティナはあどけない笑顔を浮かべて。
俺たちはマスターを納得させる意見を出し合う。
「じゃあ、レティナから」
「うん! 素直にジャンビスを殺したって言えばいいと思うの。シャルちゃんを襲った事はもう分かっているし、ルーネさんはレンくんに甘いから大丈夫かなって」
「うん。なるほどね。でも、ジャンビスの死体について聞かれたらどうするの?」
「……」
「よし却下だ。次ミリカ」
レティナは、「えぇー! 絶対大丈夫なのに……」 と小言を呟き、夕食を食べ始める。
「ミリカ。ルーネと友達」
「う、うん」
俺はミリカの唐突な友達宣言に動揺してしまう。
「だから、ミリカが言う。ルーネ納得する。ごしゅじん喜ぶ」
「うん、なるほどね。ミリカは偉いな」
俺は微笑みながらミリカの頭を撫でる。
気持ちよさそうに受け入れるミリカの表情はとてもご満悦だ。
言っていることを省略しすぎて分からないが、もう明日のことは明日の自分に任せることにしよう。
「よし。会議終了! レティナいただきます」
「うん! どうぞどうぞ〜」
何回味わっても飽きないレティナの料理を平らげ、俺は浴室へと向かうのだった。
「んん〜」
気持ちのいい陽の光に目を覚まし、俺は身体を伸ばす。
ここ一週間ずっと晴天なのは、外出する俺からするととても喜ばしい気分になる。
「レンくんおはよ〜」
「ごしゅじん。おはよう」
両隣からいつもの声が聞こえて、朝が来たと再度自覚する。
「……今日は夢を見なかったな」
目を覚ます時、たまに心にぽっかりとした穴が空いたような気持ちになることがある。
内容は覚えていないが、それは夢が原因であるというのは何故か分かっていた。
「レンくん……何の夢を見るの?」
右隣で寝ていたレティナが上半身を起こし、じっと真剣な表情で俺を見つめる。
その瞳に見つめられると、別に疾しいこともしてないのに、心が見透かされているような気分になった。
「お、覚えていないよ。夢を見ても大抵の人は殆ど覚えていないだろ?」
「う、うん……そうだね」
俺の返事に納得出来ないのか、レティナは寂しそうに俯く。
また……か。
たかが夢の話をしただけなのに、レティナの表情は暗い。
三年ほど前から、レティナは俺の行動に時より悲しむことがあった。
昔はその原因が何か教えてほしいと頼んだのだが、 「なんでもないよ」 としか回答が得られなかった為、レティナが話せる日まで待つと自分自身で決めたのだ。
レティナが何も言わないから俺も何も聞かない。
はたしてこれが正解なのかも分からないが、今は安心させるようにレティナの頭を優しく撫でる。
長く綺麗な瑠璃色の髪を梳くと、レティナは先程の寂し気な表情は無くなり、俺をうっとりと見つめた。
「ごしゅじん。ミリカも」
「ミリカちゃんはダメだよ? 髪の毛をもっと伸ばしたら、レンくん好みになるかもね」
「ご、ごしゅじん」
「はぁ……レティナ、短くても長くてもミリカはミリカだよ」
レティナの揶揄いに本気で泣き出しそうになるミリカの髪も梳き、これから〈月の庭〉に行く憂鬱な気分を癒すのだった。
「さて、レオン。昨日の話の続きだ……それと、何故関係ないレティナがいる?」
昨日と変わらない格好に表情のマスター。
ギルドマスター室に着いた俺たち三人は、ソファに座って早々話が始まった。
「一応内容は把握しています。ジャンビスさんの件ですよね? あれはレンくんに一切非が無いことをルーネさんも知っていますよね?」
レティナはこのような場でふざけることはない。
冷静に判断し、的確な言葉を伝えてくれるとても稀有な存在だ。
「うむ。それはそうだが、ジャンビスが消えた件が残っている。仮にジャンビスを亡き者にしたとしても、レオンに裁きが下されることはないのだが?」
えっ? そうなの?
一人呆気に取られている俺は、レティナとマスターの論議を聞くことしかできない。
「いいえルーネさん。レンくんは言ってました。ジャンビスさんが何処に行ったのか行方を掴めないと。レンくんが言うならそれが真実です。もしも嘘だと言うなら証拠を提示してください」
「……証拠? そんな物君たちに必要なのかい? レオンがジャンビス・アスタール如きを取り逃したと……レティナはそう言っているのか?」
もう止めよ?
俺が素直に殺った、と言えば終わる話だよねこれ。
何でレティナは俺に向けて、静かにしててって目線を送ってくるの?
もうミリカなんて置物じゃないか。
(だから、ミリカが言う。ルーネ納得する。ごしゅじん喜ぶ)
昨日自信満々に発言したミリカの言葉を思い出す。
レティナの気迫で喋れないミリカは、目に涙を滲ませ上目遣いに俺を見上げていた。
うん。後でちゃんと構ってやろう。
「……端的に言うとそうですね。ただ、あの場にはシャルちゃんがいました。状態異常に罹っていたシャルちゃんを優先したと私は思っています」
「なるほどな。君の言いたいことは分かった。レオンの意見は?」
急に話を振られて、一瞬身を震わせる。
いや……何も話聞いてなかったけど……
レティナで全て解決すると思っていた俺は適当に答えた。
「うん。そうだね。確かにシャルは大切だよ。あの瞳を一生曇らせたくないからね。ジャンビスを逃してしまったのも、俺の落ち度だ。うん……あの……レティナ……さん?」
レティナは先程までマスターを威圧していたはずだ。
でも、なんでかな?
なんで俺に殺気を向けてるの?
涙を滲ませるミリカと殺気を送るレティナ。
やれやれと手を顔の前まで上げ、首を横に振るマスターのいる部屋で、俺は訳も分からず身を縮こませるのだった。
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