第2話 吉宏の記憶

 幼い頃、仕事が忙しくてなかなか帰宅しない父親の部屋のクローゼットにひとり、こっそり潜り込んだことがある。もしかしたら夢だったのだろうか、団吉宏は折に触れて時折あの日のことを思い出す。

 クローゼットの一番奥には古ぼけたアンティークのような大きなトランクがしまわれており、開くと中は空だった。そして、トランクと一緒に、古い毛布にくるまれた細長い包みが、隠されるように置かれていた。その細長い包みを手に取ってみると、包まれている中身が薄く発光し、薄暗いクローゼットを明るく照らし出した。

 思わず毛布を引っ剥がしてみると、中からはまるでゲームにしか出てこないような『剣』が出てきたのである。仕事人間な父の持ち物には似つかわしくない、本物そっくりの剣。鞘から抜くと、刃が銀色に美しく輝いている。良く出来たおもちゃだろうか、とそっと刃に指先で触れると、チクリと痛みが走って人差し指に血が滲む。

「……本物?」

 きらきらと輝く剣を思わず何度も何度も見つめてから、吉宏はもう一度、光る剣に毛布を巻きなおし、トランクを閉めて元の位置に戻すと、思わずクローゼットから飛び出した。

 その後の記憶は曖昧だが、あの記憶が確かなら、今でも父のクローゼットの中にはあの不思議な剣が仕舞われているはずなのである。何となく聞くのも、確かめるのも躊躇っているうちに、10年ほどが過ぎてしまったというわけだ。

 吉宏の学校の進学生クラスは部活動を免除されている。学校からの帰り道、ふとあの日の出来事を思い出して、無人の家の父の部屋のクローゼットを開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る