第6話 天上界3日目 どうしてこんニャ発想しかできニャいのよ!

「さあ、目覚めるのです。新しい世界への扉が待っています」


 三日目ともなれば慣れたもんだ。

 そして、目が覚めたら、またまたお怒りの女神様がいた。 


「ニャンて格好をさせるのよ!」

 猫耳メイド姿のモニア様が、やっぱりお怒りで叫んでいた。


「あなたって人はどうしてこんニャ発想しかできニャいのよ!」

「どうしてはこっちのセリフですよ。マイクロビキニ姿はさすがに俺も反省したので、露出とはほど遠い格好にしたじゃないですか」


 黒いワンピースに白いエプロン。

 ワンピースの丈はひざ丈。

 おみ足を包むのは黒いオーバーニーソックス。

 おまけに首にはチョーカーを装着している。

 つまり、ほとんど肌色の部分がないのだ。

 それなのに。それなのに。


「神である私が、ニャンで猫耳メイドの姿をさせられているのよ!」

「そうおっしゃる割には、ノリノリじゃないですか」  

 ニャンニャン言ってるし。

「仕方ニャいでしょ。あなたの頭の中のイメージを再現したらこうニャったんだから!」

 職務に忠実なんですね。

「それよりも、よくお姿よく見せてくださいよ」


 猫耳は、コスプレでよくあるようなカチューシャを載せた姿ではなく、ちゃんと頭から生えている。

 そして、何よりもポイントが高いのがシッポだ。

 スカートの後ろから、黒いシッポが出ている。

 単なる装飾ではない証拠に、モニア様が叫ぶたびに、ピンと立ったシッポが揺れている。

 怒りを示すかのように、ブワッと総毛立ったところも猫っぽい。


 そうそう、これは大切なところだ。

「シッポってどう生えているんですか。どこからどう生えているか見せてくださいよ」

「見せられるか!」

「もしかして、プラグを挿し・・・」

 ご丁寧に爪を伸ばしたモニア様の手が俺に迫ってきたので、俺は口をつぐんだ。

 あの爪で引っかかれたら、顔中がミミズ腫れになる。

 モニア様がシャーシャー言い始めたので、いったん落ち着いてもらおう。


「まあまあ落ち着いて。話は戻りますが、全然露出はないじゃないですか」

 モニア様はシッポをだらんと下げた。

「あのね、神である私がこんな格好をできる訳ないでしょ」

 口調も普通に戻った。

「あ、首のチョーカーがいけなかったのですかね。服従させられている感じがしたら、チョーカーは外してもいいですよ」 


「服従の格好ってこともあるけど、これはちょっとまずいのよ」 

「天上界では猫耳メイドは禁止なんですか?」

 誰かが職務をほっぽってメイド喫茶通いでもしていたのだろうか。

 天上界にメイド喫茶があるかどうかは知らないが。

「それに近いと言えば近いわね。理由を説明するから聞きなさい」

 俺は椅子に座ってモニア様のお話を拝聴する姿勢を取った。

  

 昨日はこいつを転生させられなかっただけでなく、一日のノルマを果たせなかったことを課長に叱られた。

 その際に、こいつはくれぐれも丁寧に扱うよう念を押されてしまった。

 ならば、一日で転生させられなくっても仕方ないのでは?

 上司というものは、いつでも理不尽だ。

 でも、丁寧にって言うなら、ある程度こちらの事情を話してもよいかな。


「もう二十何年も前のことかしら。私と同じように転生を担当していた、タロスって名前の男性の先輩神がいたの」

「俺の担当が男神じゃなくてよかった」

「何? 女神の方が与しやすいって考えているの? そんな考えは全くの時代遅れよ」

「いえ、ただ女神様の方が嬉しいなって」

「ならばおとなしく聞きなさい。前にも言ったとおり、転生って事務的にやるのではなくて、転生者としっかりコミュニケーションを取るの」


「だからモニア様も、しっかりコミュニケーション取りましょうね」

「取っているじゃないの! 話を続けるわよ。その先輩神は特に丁寧にコミュニケーションを取る神だったので、人間界の様子も丁寧に聞き取っていたのね」

「俺、まだ自分のいた世界の話をしてないんだけど」

 全然話が進まないので、私はまた爪を伸ばして引っかくそぶりをする。


「わ、わかりました。話を続けてください」

「その頃は、そうね、人間界でパソコンが普及した頃ね。それと、あなたの国で深夜アニメも広まってきた頃だわ。先輩神はそうした人間界の様子を聴取しているうちに、人間界に興味を持っちゃって、天上界よりよっぽど人間界の方が面白いって言い出して」

「ちょうど俺が生まれた頃ですね。それでどうなったっんですか」

「ついには自分を人間界に転生させろと言い始めたのよ」


 あの時は天上界に激震が走ったわ。そりゃあ天上界は刺激が少なく、面白みに乏しい世界かもしれない。

 でも、神として生まれたからには、世のために尽くす、それが使命で、それが喜びだと教わってきたわ。

 それがよりによって人間界に転生したいとは、よっぽど人間界が楽しそうに見えたのかしら。


「それで、どうなったんですか?」

「もちろん誰も取り合わなかったわ」

「ならばそれでおしまいじゃありませんか」

「ところがそれで終わらなかったの。その先輩神は、自分の神力を使って無理矢理人間界に降りて行ってしまったの」


「そんなことができるんですか」

「今まで誰もそんなことを試したことがなかったから、みんなびっくりしたわ」

「あ、でも不思議なことがあります」

「不思議なことって?」

「神様が人間界に降りて行ったのでしょ。そうしたら、人間界では神が顕現したって大騒ぎになったはずですよ」

「大騒ぎになったのは天上界の方よ。先輩神が人間界で無双しないかみんな慌てたわ」


「俺の生まれた頃の話ですが、そんな話、親からも聞いたことがありませんよ」

「そうでしょう。こっちでは対策会議が開かれて、命を受けた神たちが必死に先輩神の行方を追ったわ。そうしたらわかったことがあったの」

「どんなことですか?」

「無理矢理人間界に降りた結果、その先輩神はほとんど神力を失ったようで、ごく普通の人間として転生したらしいわ」

「その男神はそれからどうなったんですか」


「知らないわ。神力反応がわずかだったので、上層部としても、その程度なら人間界では何もできないだろうと、放置することに決めたの。だからその後追跡もしなかったみたい」

「はあ、そうなんですか。で、今の話が、モニア様が猫耳メイドの格好をしてはいけないことと、どうつながるんですか」


 察しの悪い男ね。

「人間界の風俗に染まるなってこと。私がこんな格好をしているところを上司に見られたら、こいつも人間界に降りないかって危険視されるってこと。だからもっとましな格好を考えてね」


 という訳で、猫耳メイド姿も却下されてしまった。

 また明日ってことで、モニア様は普通の格好に戻って別の転生者対応を始めてしまった。

 しかしあれくらいの姿が問題視されるってことは、天上界はつまらないところみたいだ。 


 ここの神様たちは、何を楽しみに毎日過ごしているのだろう。

 特に若い神様たちは、あり余る青春のリピドーをどう発散させているのだろうか。

 あれ、そもそも、神様たちにそんなリピドーってあるのだろうか。

 今度モニア様に聞いてみようか。


 うん、そんなこと聞いたら、もしかしたら即座に魂を消されてしまうかもしれない。俺だって転生したくない訳ではないのだ。

 おとなしくモニア様の話を聞いて、具体的な転生の話に進みたいところだが、せっかくなので、もう一回くらいはモニア様のお姿を考えてみたい。


 マイクロビキニもダメ、猫耳メイドもダメか。

 やはりいろいろいじくり過ぎたのだろうか。

 でも、いじくらない普通の姿じゃつまらない。神様本来の姿は美しすぎて、俺たち人間は見たら死んでしまうらしいし。

 そうか、美し過ぎるのがいけないとしたら、美しさに至る前、いわば未完成の姿ではどうだろうか。

 今度こそよいアイデアを思いついたと思い、俺は安心して眠りについた。


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