第19話 スパチャとホームページ ①

「そういえば昨日、ゲーム配信してたよな」


 6畳一間の我が社オフィスにて。

 ふと思い立った俺は、リプ返に勤しむまおりぬに言った。


「観てたよ。途中からだけど」


「そ、そうなんだ」


「ちなみにスパチャも投げた」


「え、嘘っ。どのスパチャ?」


「夕飯何食べようって話になったろ?」


「なったなった」


「あん時に夕飯代投げたのが俺」


「てことは、ゴミヤって”凡人D”?」


「そうだけど」


「知らなかった……」


 まさか認知されてるとはな。

 ちなみに”凡人D”とは、俺のやおつべIDである。


「確か1000円のスパチャだったよね」


「ああ。一応は推しだからな。そのくらいは投げないと」


「そのくらいは、ね……」


 なぜか不満げな顔を浮かべるまおりぬ。


「な、何だよ」


「別に~。スパチャくれてありがとってだけ~」


「マジで何だよ……」


 明らかに不機嫌だ。

 まさか1000円じゃ足りないってのか?


「言っとくが、なけなしの1000円なんだからな。文句なら、先月分の給料を払わんシレイ社長に言ってくれ」


「別に文句なんて無いし」


 絶対嘘だ。

 もっとよこせって顔に書いてある。


「ところでコウホちゃんは、さっきから何してるの?」


「話しかけるなアル。わっちは今、集中モードなんだアル」


「集中モード?」


 まおりぬの意識は、PCと向き合うコウホに向いた。

 やけに激しくマウスとキーボードを操作しているからして、仕事をしているわけじゃなさそうだが。


「残り3部隊。勝利はすぐそこアル」


「まさかこれって、ソドスナ?」


「ソドスナって、まおりぬもやってるゲームじゃんか」


 ソード&スナイパー。略してソドスナ。

 その名前の通り、剣とスナイパーを装備して戦う、大人気バトルロワイヤルである。今最も熱いFPSと言っても過言ではない。


「会社のPCで何やってんだよお前は……」


「こ奴の配信を観てたら、わっちもやりたくなったアルよ」


「コウホちゃんも、あたしの配信観てくれてたんだ」


「スパチャも投げてやったアルよ。もやし代の100円」


 もやし代の100円……そういや俺がスパチャを投げたすぐ後に、そんなようなスパチャが飛んでたような気がする。


「あのもやし代のスパチャ、お前だったのかよ……」


「あのもやし代のスパチャ、コウホちゃんだったの……」


「そうアル。わっちの深い懐に感謝するといいアルよっ」


 ふんっ、と得意げな声を漏らすコウホ。

 なぜ100円で、ここまで偉そうにできるんだこいつ。


「ああありが、とね、ぐぎぎぃぃ……」


「まおりぬ、落ち着け」


 今にも暴れだしそうなまおりぬを宥める。

 その直後、ゲーム画面が血で赤く染まった。


「うにゃぁぁっ! やられたアル!」


「ヨシッ」


 小さくガッツポーズをしたまおりぬ。


「あと1部隊だったのに……」


「今のは隠れて回復するべきだったね~。ほとんど体力なかったし~」


「ぐぬぬぬ……」


 コウホの悔しがる姿を前に、随分とご満悦なようだ。

 これはこれで大人げがない。


「スナイパー相手には、剣で走り回るといいよ」


「そんなことしたら、すぐやられちゃうでアル」


「それが意外と平気なんだよね~。まあ、あたしレベルのスナイパーになると、撃ち抜けちゃうかもしれないけど~。コウホちゃんのレート帯なら大丈夫~」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」


 あかん。

 ゲーマーの悪いところが出てる。


 まあ、実際まおりぬは、上位帯でも通用するくらいには、このゲームをやり込んでるからな。

 特にスナイパーの腕は一流で、プロも驚くようなBIGPLAYを何度も生み出してる。


「次は絶対に勝ってやるアルっ……‼」


「ふぁいとー」


 躍起になって次の試合に挑むコウホ。

 後ろでそれを見守りつつ、的確なアドバイスをするまおりぬ。

 そして、独り真面目に仕事をする俺。

 この自由極まりない感じが、うちの会社の日常だった。


 例の配信でバズってから早1週間。

 未だその熱が冷めることはなく、SNS上では、俺たちの戦闘動画が飛び交ってる状況が続いている。


 街を歩けば指を差され、写真を撮ってほしいだの、サインくださいだのとせがまれる。中には連絡先を交換してほしいという人までいた。


 しかもみんなが、漆黒の剣士とかいう異名で俺を呼ぶし。この間の通勤中なんて、見知らぬ女子高生に殺されかけたりもした。


「あの抱き合ってた女は誰ですか」


 そう言って詰め寄って来た少女の手には、ナイフが。話し合いで解決できたからよかったが、バズったことで、面倒事に巻き込まれることが増えたのが厄介だ。


 何がともあれ、うちの会社の知名度は段違いに上がった。

 にもかかわらず依頼が全く入ってこないのは、きっとHPが原因なのだろう。


 会社名不明。連絡先も不明。

 何一つ情報を得られないうちのHPは、半年ほど前にコウホの手によって魔改造された出来損ないだ。

 奴の落書き帳と言ってもいい。


 修復はほぼ不可能。今まで無い物として扱ってきたHPを、俺は今必死になってイチから作り直している。


 というのも。

 この間の配信で、社長が宣伝をしたらしいのだ。


 それでうちの会社に興味を持つ人が増えたのはいいのだが、HPが役割を果たせていないが故に、一向に仕事に繋がらない。


「おい愚民。そんなことをしている暇があったら、飲み物を買ってくるアル。わっちは喉が渇いたアル」


「てめぇ、舐めた口ききやがって……」


 湧き上がる怒りのまま、俺はコウホを睨みつける。


「誰のせいでこうなってると思ってやがる、クソガキが」


「そんなの知らないアル。わっちの芸術を理解できない世の中がっ……‼ いだだだだっ……‼ いきなり何しやがるでアルかぁぁぁ‼」


 ムカつくコウホの頭を両手でグリグリ。


「会社のHPを芸術の捌け口にしてんじゃねぇッ‼」


「わかったからっ……‼ わかったからそれをやめろアルっ……‼」


 ちっ、と舌打ちをして解放する。

 かなり強めにグリグリしたので、しばらくは静かにしてるだろう。


「酷いアル……」


「酷いじゃねぇ。てめぇはうちの広報担当だろ」

 

「うぅぅ……」


「自分の仕事くらいしっかりやれ」


 頭を押さえて半べそ状態のコウホ。

 それを見かねてか、まおりぬは苦笑いを浮かべて言った。


「ま、まあまあゴミヤ。そのくらいにしてあげてよ」


 長いため息と共に、俺は元居た場所に腰を下ろす。


「コウホちゃんだって、悪気があるわけじゃないんだろうしさ」


「そんなことは知ってる」


 むしろ逆だ。

 悪気がないからこそムカつくんだ。


「なあ、コウホ」


「な、なんだ愚民」


「このHPを作るのに、どのくらいの時間を使った?」


「それは……」


 口ごもるコウホ。


「……覚えてないアル」


「噓つくな。お前ずっと夜中まで会社に残って作ってたろ」


「なっ、なんで貴様がそれを……⁉」


 半年前のことだ。

 現場からの帰りが遅くなる日が、続いたことがあった。


 時間は確か、夜の11時くらいだったと思う。

 当然オフィスには誰もないはず。そう思って覗いてみれば、オフィスには明かりがついていて、コウホが独り残ってPCと向き合っていた。


「あの時は気づかなかったが、後からうちのHPを作ってたってわかった。多分シレイ社長もそれを知ってて、あれを使い続けてたんだよ」


 社長もああ見えて人がいい。

 人の頑張りを決して無碍にはしない。

 だからこそ、それに甘えちゃダメなのだ。


「俺がHPを作り始めてから、お前ずっと落ち着きないよな」


「そ、そんなことは……わっちは至って普通アル……」


「じゃあ、このまま俺がHP作り直しちまっていいのかよ」


「……っ」


「本当は消されたくないから、だから気を紛らわせる為に、色んな事してんだろ。あやとりしたり、筋トレしたり、今だって興味もねぇ癖にゲームやってさ」


 最近のコウホはずっとこうだ。

 時折悲しそうな顔で俺を見る。

 それを知っててスルーできるほど、俺は薄情な人間じゃない。


「いいか、もう一回だけ聞くぞ」


「……」


「このまま俺が作り直していいのか」


 感情を抑えて尋ねれば、コウホは両手で膝を抱え込んだ。


「……やる」


「ん」


「わっちがもう一回HPを作る……」


 膝に顔を埋めたまま、そう呟いた。


「なら、頑張れ」


 俺はそう言ってコウホの頭に手を置いた。「気安く触るなアル」と、人の優しさを簡単に拒絶するあたり、やっぱりこいつはクソガキだなと思う。


「ゴミヤって意外と兄貴肌なとこあるんだ」


「どこが。俺は単に、この会社を良くしたい一心で——」


 良くしたい一心でこうしてるだけ。

 言いかけたその時、オフィスの扉が勢いよく開いた。


「我の帰還だ!」


 噂をすれば社長だ。

 やけにテンションが高いようだが。


「お前たちに朗報がある!」


「朗報?」


「我は今日、億万長者になる絶好のチャンスを得た!」


 全くもって意味がわからない。


「てか、その手に持ってるの何すか」


「よくぞ聞いてくれたゴミヤ!」


 謎の封筒のような物を掲げるシレイ社長。


「これは宝くじ」


「宝くじ?」


「我が社の金を全てつぎ込んで買った、夢の結晶である!」


 おい、今この人なんて言った?


「会社の金を……? 全て……?」


「うむ!」


「その宝くじに……?」


「うむっ!」


 それは我が社の終了を知らせる悲報だった。

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