第17話 依頼主 新世界秋葉原西店 様 ⑦
支払いやらなんやらの後処理。
社長にそれを任せ、店を出ようとしたその時だった。
個性的な格好の集団が、ぞろぞろと店に入って来た。
その中の1人、軍服を纏う女性と目が合う。
「んあ。誰かと思えば、黒スーツじゃねぇか」
早々にガンを飛ばしてきたその女性。
相変わらず柄が悪い。
「げっ、リン……⁉ なんでここに……⁉」
「てめぇらも飲みに来てたのかよ。ったくキメェ偶然だな」
「それはこっちの台詞だ……」
流石のシレイ社長も、この嫌な偶然には顔を顰めざるを得ないらしい。
リン・
それが軍服を纏う彼女の名だ。
株式会社レヴォルファイアの社長にして、Sランクのダンジョンクリーナー。業界の最前線に立つ彼女の実力は、Sランクの中でも頭一つ抜けてると言われている。
艶のある長い白髪に、猛獣のような鋭い目。ヤンキー上がり全開の見た目とは裏腹に、肩にセキセイインコを乗せている変わった人だ。
「倒産寸前の弱小が宴会とは、随分とお気楽じゃねぇか」
「おきらくじゃねぇーかー」
「会社立て直しの目途がたったんでな。それを言うなら、お前らみたいな大手の奴らが、こんな庶民の居酒屋に来てどうした。まさか経営が傾いたのか?」
「抜かせ。オレたちをてめぇらみてぇな弱小と一緒にすんな」
「すんなすんなー」
相変わらずうるさいインコだ。
「今日はここの鶏皮串が食いてぇ気分なんだよ。なあ、おめぇら」
リン社長の呼びかけに頷くのは、5人の部下たち。
流石は業界最大手なだけあって、在籍するクリーナーの顔ぶれが凄い。
と、不意に顔を寄せてきたまおりぬ。
「ねぇ、この人たち何なの?」
「レヴォルファイアの社長と、お抱えのクリーナー。ちなみにあの軍服を着てる人が社長で、シレイ社長とスメラギさんとは高校の同級生らしい」
「へぇー、あたしてっきりコスプレイヤーか何かかと思った」
まあ、その気持ちはわからんでもない。
現にリン社長は軍服だし、その後ろには着物を纏う狐やサキュパス、勇者に魔法使い、更には着ぐるみのサメまで居る。
見るからに変な集団だ。
「この匂い、さてはダンジョン化が起こりやがったのか?」
「ああ。ちょうど今我らで対応したところだ。うちの優秀な部下が、チャバネを3体も葬ってくれてな」
「チャバネを3体……⁉ 群れの規模は……⁉」
「ざっと500体は超えてたらしい。なっ、ゴミヤ」
「え、あ、まあ」
得意げな顔で同意を求めてくるシレイ社長。
どうして仕事の内容をひけらかすのだろう。
そのせいで俺、他社の方々に引いた目で見られてるんだが。
「なるほどそうか……てめぇが噂の」
リン社長は俺を睨むと、何故かしたり顔を浮かべた。
「そういやてめぇらの会社で、面白いこと始めたらしいじゃねぇか。ダンジョン配信、とか言ったっけ?」
「それがどうした。お前には関係ないだろ」
「会社がザコいと、仕事が来なくて困っちまうよなぁ。その点うちは、現場一本で全てを賄えるくらい大繁盛してらぁ。近い将来上場する話も出てるくらいになぁ」
「上場……」
「一体どこで、こんなに差が付いちまったんだろうなぁ」
「ぐぬぬ……」
リン社長に煽られ、下唇を噛むシレイ社長。
顔を合わせると毎回これだ……。
大人なんだから少しは自重してほしい。
「まあまあ2人とも。喧嘩はほどほどに」
と、スメラギさんが仲裁に入る。
「同級生なんだから仲良くね」
「チッ、久しぶりだなスメラギ」
「久しぶりリンちゃん。それにインコちゃんも」
「ひさしぶりーひさしぶりー」
流石はスメラギさんだ。
殺伐とした場の空気を一発で変えた。
「いい加減タバコやめろ。身体に触るぞ」
「ストレス解消になるからいいの。それよりもリンちゃん、火ちょうだい」
「……ったく、仕方ねぇな」
そう呟いたリン社長は、軽く指を鳴らした。
パチッという音と共に生まれたのは、小指程度の小さな炎。やがて宙に投げられたその炎は、スメラギさんの加えるタバコの先に触れて消滅した。
「ありがと」
「おう」
再度まおりぬが顔を寄せてくる。
「い、今の何⁉ 指から火がぼぉーって!」
「あれがリン社長の能力だよ。摩擦で火を生み出したんだ」
「そんなこと普通できるもんなの?」
「できないだろうな」
普通の人間にはできないからこそのSランク。
彼女が業界トップに立つ理由だ。
「はぁ、てめぇらの顔見たら余計に疲れた。今日はとことん飲んでやらぁ」
「それはこっちの台詞だクソ軍服。二度と我の前に現れるな」
「はっ、んな無個性なナリよりかぁ、100倍マシだクソスーツ」
またしても見っともない争いが始まった。
本当に懲りない人たちだ。
きっと学生時代に、何かあったんだろう。
* * *
後処理は、俺が引き受けることにした。
店のスタッフと支払いやらなんやらの話を進める最中、大騒ぎを始めたレヴォルファイアの方々。
その中でもひと際声が大きいのは、やはりリン社長だった。
「なにぃぃぃ⁉ 鶏皮串が品切れだとぉぉぉ⁉」
店員に詰め寄っているリン社長。
品切れは、おそらくコウホのせいだろう。
あいつ最後の最後まで鶏皮食ってたからな。
それにしても、愉快な人たちだ。
「よしっ! お前らっ! 景気づけに今の目標を言えっ!」
リン社長がそう言いだした時は、思わずため息が出た。
シレイ社長とリン社長。
どれだけいがみ合おうとも、結局は似た者同士なのだ。
* * *
後処理を終え、店を出ようとしたその時だった。
「待ちやがれ」
不意にリン社長に呼び止められた。
めんどくせぇ……とは思ったが、無視して怒りを買うのもまずいので、素直に足を止める。
「てめぇだろ。最近噂の”漆黒の剣士”ってのは」
「噂かどうかは知りませんけど、バズってはいるみたいですね」
「てめぇの実力は、部下に聞いて知ってる。クロゴキブリを一撃で倒したらしいな。それに加えてチャバネを3体も葬るとは……てめぇのランクは?」
「Sランクですけど」
「Sランク……そうか、なるほどなぁ」
にやりと笑ったリン社長は、ビールを煽って続ける。
「ゴミヤ、とか言ったか」
俺は無言で肯定した。
「オレの会社に入れ」
「は」
「あんなクソ中二病の下に付くよりも、うちの方がよっぽど、てめぇにあった環境を用意できる。オレの部下になれば、一生くいっぱぐれるこたぁねぇ」
そう言うと、残っていたビールを一気に飲み干した。
「どうだ? てめぇにとっても悪い話じゃねぇだろうよ」
確かに、悪い話じゃない。
業界最大手であるレヴォルファイアに入れば、今よりも給料が上がるどころか、会社の存続や自分の将来を心配する必要もなくなる。
でもだ。
「ありがたい話ですが、お断りします」
「ほぉー、で、その理由は」
「理由は特にありません。俺は今の会社で、クリーナーを続けたいんです」
俺は別に、金が欲しいわけじゃない。
約束された将来を、手に入れたいわけじゃない。
ただ、恩返しがしたいだけだ。
俺を闇の底から救い出してくれたスメラギさんや、新たな活躍の場をくれたシレイ社長に、恩返しがしたい。
そのためには、今の会社じゃないとダメなんだ。
「話がそれだけなら、俺は帰ります」
そう言い残して、店の扉を開けた。
「なら、てめぇは今日から敵だ」
背後から、攻撃的な言葉が飛んでくる。
「オレが欲しいのはてっぺんだけだ。それも、圧倒的ななぁ」
「今でも十分業界のトップでしょ」
「こんなんじゃまだ足りねぇ。他の会社が手も足も出ないくらいの高みに立ってこそ、オレは初めて頂点ってもんを実感できるんだ。そのためには、変に話題になってやがるザコが居ると困るんだよなぁ」
苛立ちを覚えた俺は振り返る。
眉を顰めたその先で、リン社長は不敵に嗤った。
「てめぇらはオレがぶち燃やす」
「ぶちもやす! ぶちもやす!」
「望むところですよ」
迷わずそう吐き捨て、店を出た。
俺たちみたいな弱小相手にこの態度とは、随分と血の気が多い人だ。
今はまだ、足りないものがあるのかもしれない。
ザコと言われても、仕方がないんだと思う。
でも、いずれ俺たちは、必ず業界のトップに立つ。
「すぐに追いついてみせます」
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