第7話 初めてのちゅぅ

「あ! ダメ……ねぇ……」


 やはり、思った通りに村長の奥さんが潤んだ瞳で俺を見ながらそんなことを言うモノだから、俺は思わず『ゴクリ』と生唾を呑み込む。


 そして、誰に聞こえる訳でもないが、なんとなく自分自身に言い聞かせるように『相手がイイって言ってんだから』とか『でも、人妻だし年上だぞ』とか俺の胸の中から聞こえてきているような気がしたが、俺は『これが俺の最初の接吻ファーストキスになるんだな』と俺は両目を閉じ、口を突き出す……が、何も起きない。


『あれ? 向こうから来るんじゃないの? 俺が行かないとダメなの?』と思いつつ目を開けようとしたところで「バシッ!」と頭を叩かれたので「痛ッ!」と頭を摩りながら、目を開ければ村長が俺と奥さんを遮るように立っていた。


「ハァハァ……間に合ったか……」

「……もう少しだったのに」

「リノ……」

「だって……」

「ワシが悪かった。だが、そんな不安はもうサヨナラだ!」

「え? だって、あなたは……アラ!」

「そういうことだ。だから、ヒロ。お前もさっさと帰ってくれ。悪いがゴサックもな」

「「えぇ~」」

「村長ォ~!」

「えぇい! そんな目で見るな! お前も早く帰ってカミさんを相手にすればいいじゃろ」

「えぇでも……」

「デモも何もさっきのは単なる気の迷いじゃて。のぉワシも今からリノと一緒に……分かってくれるじゃろ?」

「そうよ、ゴサック。ハンナも最近、寂しいって言ってたわよ。そういう訳だから、さっさと帰りなさい。あ、ハンナによろしくね。うふふ」

「……分かったよ」


 村長は俺から奥さんを守るように間に立つと、俺とゴサックに対し早く帰れと言い出す。そんな村長にゴサックは何かを言いたそうに物欲しそうにしていたが、村長から「カミさんを相手にしなさい」と諭され、家から出て行く。そしてそれを見送っていた俺に対し村長も早く帰れと如何にも俺が気が利かないという風に見ているが、俺だって帰る家があればそうしたいと村長に訴えれば「そうじゃったな」と村長も思案顔になる。


「あ・な・た、早く……」

「ま、まぁ待て」


 村長に抱き着き我慢出来ないという様子の奥さんをなんとか宥めていた村長が「おぉ、そうじゃった」と両手をパンと叩くと「隣が空き家だから、好きにして構わん」と俺に言う。


「いいの?」

「ああ、構わん。だが、永らく空き家じゃったから、ただ屋根があるだけじゃが、まあそこは我慢してくれ」

「いや、それは別にいいけどさ……」

「なんじゃ。まだ何かあるのか?」

「もう……」


 村長に隣の空き家を使っていいとは言われたが出て行かない俺に対し村長が苛立たしさを隠しもせずに「まだ何か」と聞いて来たので俺は嘆息しながら「夕食を食べさせてくれるっって……」と言えば「スマン」とだけ返された。


「そうじゃったな。だが、分かるじゃろ。こうなった状態で今更、夕食を作ってくれとも言えんし……分かってくれるじゃろ?」

「そうよ、ねぇ~」

「……」


 俺は今にも直ぐにおっ始めそうな二人を「羨ましくないんだからね!」と精一杯の強がりを言い放ち家から出る。


 玄関を閉めた瞬間に聞いちゃいけないような何かが漏れ聞こえてきたが、聞きたくないと両耳を塞ぎながら空き家だと紹介された隣の家を目指す。


「隣って……まあ、隣か」


 村長は隣と言ったが、ここは住宅地でもないため、村長の家から百メートルほど離れた、今にも崩れ落ちそうな家の前でそう呟き「ホント屋根があるだけだな」と玄関を開け、中に入れば一斉に「サァ~ッ」と何かが蠢いた音が聞こえてきた。


「え、何? 電器は……ってないよな」


 足下から聞こえた音に驚き慌てて電灯のスイッチを探してみるが、ここは異世界なんだということを思い出しハァ~っと嘆息し「灯りライト……ぎゃぁ! 目が……」とさっき覚えたばかりの生活魔法を試してみるが余りの眩しさに目がチカチカとする。


「魔力を込めすぎたのかな。まだ目が痛い」


 俺は灯りライトの魔法に魔力を込め過ぎたんだなと、少しずつ魔力を絞りながらなんとか普段使っていたLED照明くらいの輝度に落ち着いたところで、家の中がハッキリと見えた。


「ここが玄関……って言っても三和土もないよな。土足文化みたいだし。えっと……」


 俺は灯りライトを出しっぱなしにしたまま、家の中を見て回るが、家の中は台所の様な炊事場にポットン便所に小さめのテーブルに椅子が二脚ある部屋の他にベッドらしきものが置かれている部屋があった。1DKだなと椅子に腰を掛け、これからのことを考える。


「とりあえず、メシだろ。あ~あ、折角メシにありつけると思っていたのにな~」


 そしてふと、インベントリに入れたままの発泡酒とコンビニおにぎりを思い出し、取り出そうとしたところで「ちょっと待て!」と思い直す。


「今、これを食べてしまうと……多分だけど、もう二度と手に入らないぞ。それは発泡酒も同じだ」と取り出すのを躊躇うが「でもなぁ~」と中々決心出来ないでいる。


「どうせなら、複製コピー出来ればいいのに……あ! そういや」と前に読んだラノベでインベントリに取り込んだモノを好き勝手に複製コピーしていたのを思い出す。


「試すだけなら、減ることもないし……よし、複製コピー……って増えないよね……って、増えてるじゃん!」

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