永久の課題
次の日。
カナエさんが部屋にやってきた。
「ハルト君には感謝してるのよ」
膝に頭を預け、カナエさんに耳掻きをしてもらっていた。
相変わらず、子守唄のように優しい声色で、気を抜くと寝てしまいそうだ。
「御堂さんね。本当に力の強い人だから。頭も回るし。もう、この先、ああいう人はいないんじゃないかしら」
「お母さんの様子は、どうでしたか?」
「乱れる時はあるけど。今は比較的落ち着いてる」
首筋を撫でられると、なぜだか落ち着いてしまった。
「もし、あのまま、御堂さんが襲い掛かってきていたら。たぶん、本家も交えて全面的に争うことになっていたわ」
「……マズい、状況でしたもんね」
「ええ。だって、一度取り込んだ血肉は、本家大元が水を飲ませて分離する作業があるから。それ以外は、基本的に残ったまま」
耳掻きが抜かれ、息を吹きかけられる。
こめかみを払われると、そのまま膝枕の状態でカナエさんを見上げた。
「どういう意味です?」
「水道に血を混ぜたのは、ハルト君の身を守るためだけじゃない。全員を自分の手下に変えて、二度と邪魔されない環境を作るためだったの。だからね。その気になったら、私たちは、町中の人達を祓わないといけなかった。これが、呪術同士で争わない理由。不毛なのよ」
戦争が起きていた、と言いたいのだろう。
ということは、今の状態は、飽くまで
ギリギリの所に立っているのだった。
「他に、話を聞いた時は、どう反応していいか分からなかったわ。病的ですもの」
困ったように、カナエさんが笑う。
「私がね。サオリにハルト君の心臓を刺させたのは、理由があるのよ。言ってしまえば、ハルト君の体は全てが、御堂さんのものよ。一度、心臓を刺す事で、一時的に御堂さんを追い出した。それで、町をリセットさせてもらったの」
「サオリさんから、少しだけ話を聞きました」
「そう。なら、これは付け足し。心臓を御堂さんに握らせたままにしておくと、何をするか分からない。本人はね。もしも、ハルト君が他に好きな人ができたり、他の人と子供を作るなら、すぐに子供ができない体にするつもりだったそうよ」
お母さん、そんなこと考えてたんだ。
「女の部分で、ずっと怯えていたみたいね」
「……そう、だったんですか」
「一つ、大きな計算違いがあったみたいね」
「違い?」
「あまりにも、長く母親をやり過ぎた」
「……」
「君の中から、母親を消そうとしたのよ。名前で呼ばせるたのも。恐怖を与えて、君の脳を刺激したのも。全部、一人の女として支配したかったからよ。でも、ハルト君にちょっと言われただけで、大きく揺らぐくらい、もう母親として染み付いちゃったのよね」
動悸が激しくなっていく。
お母さん、焦っているのかな。
ボクは宥めるように、胸に手を当てた。
「これからの事だけど、ハルト君」
「はい」
「あなた、ウチのサオリと交際なさい」
「……へ?」
いきなりの提案に動悸が激しくなっていく。
落ち着かせようとするが、全然心臓が落ち着いてくれない。
お母さん、怒ってるよ。
「世間体が必要でしょう。御堂さん」
少しだけ、動悸が安定していく。
「今は学生として、学生同士で交際なさいな。繋がりは必要でしょう。建前は固めないといけないの」
動悸が徐々に安定していき、胸の奥がじんわりと熱くなった。
泣く一歩手前の、あの感覚だ。
「別に略奪愛を推奨してるわけではないわ。建前を固めて、……あとは親子でゆっくり話して、今後のことを決めなさい。交際をしろ、とは言ったけれど。ハルト君」
「はい」
「あなたは、結婚してはダメよ。これは、けじめね。何も分からなかった子供の時に、結ばれた契約とはいえ。あなたは、御堂さんと結婚しているんですもの。成長していくうえで、御堂さんを母として見るか。女として見るか。じっくり考えなさい。……親子でね」
永久の課題が、ハッキリとした瞬間だった。
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