第67話 Revealed their true character
「お」
チカチカと、サブモニター上に<you get message:from anknown>という報せが灯るのを見てピクリと眉を動かしたユーマは、その題名が無いのを見て「・・・ほう」と安堵の息を漏らした。
「やったか」
メッセージの内容に意味は無い。そもそも、本文すらない。
重要なのは、この『題名の無いメッセージが送られて来た』という事実そのものなのだ。
『旦那』
「ああ、どうやら上手くやったらしい」
通信越しに聞こえるキョウズイの声も、そこはかとなく弾んで聞こえる。まあ、物事が良い方向に進んで不機嫌になる奴は、そうそういないだろうが。
そう、この『メッセージが送ること』自体がタニルと彼らとの間での連絡であり、『題名の無いこと』は成功の符丁あった。敵が人質をとって籠っていることから長距離の通信は傍受の恐れが考えられたため、こんな回りくどい方法をとったという訳だ。
「取り敢えず、死なずに済んだか」
『へい。・・・・えっと、旦那。誰がで?』
「ん?俺とタニルだが?」
何かあったら殺して死ぬと言ってあると、確か伝えたはずなのにおかしなことを尋ねる奴だ。そのあと聞こえた『ブレねえお方で』という呟きも、いったい何のことやら。
『ま、そんな事より・・・』
「ああ、そうだな」
丁度、バック走行で離脱する『フリ』をしているエフリードを真正面に捉えながら追いかけてきている敵騎が1騎、いた。本人としては機関砲を撃ち放ちながらスラスターを吹かして猛追している心算らしい。
が、スラスターの噴出と脚部の動きが揃ってないので加速力の半分は無駄にしており、また射撃もそんな機動しながらなのでガクガクとブレ捲まくっており、時折構える防循の端に当たれば良い方の酷い射撃だった。零点だ、零点。
しかし、だからこそ。
「丁度良いか」
そんな間抜け、吃驚させるにはピッタリのカモだろう。
「やった!」
ジョンアンは狭っ苦しいコックピットの堅いシートの上で、思わず歓声を上げた。さっきまで追いつけそうなところで取り逃す、を散々やってくれた敵騎の内、不格好な方の動きが止まったのだ。
ズシン、と重々しい音を立てて立ち膝を付いた後、ゆっくりと立ち上がろうとするその動きはどう見てもトラブルがあったとしか思えない。
「ジョンキャ、見てくれ!」
『おう、見えてるぜ。よくやった!』
通信機越しのジョンキャの声も、どこか弾んで聞こえる。
『お前の騎体が一番、スラスター推力がデカかったからな。これで第4グルッポの連中にも、目に物見せてやれるってもんだ』
なある、そっちか。ジョントロの胸にスイと合点が落ちた。
同輩である自分に手柄を盗られかねないのに嬉しそうなのはどうしたことかと少し訝しんだが、そういうことなら然もありなんだ。
『あのヤロウも・・・ん、何だ?』
「何だよ?」
『・・・・・・・・・ああ、スマン。ジャンアンのヤロウからな、お前の前にいるヤツは譲るから、もう1騎は譲れとさ』
『何でえ、アイツら。後から追いかけて来てウマウマと・・・』
不満を零すジョントロの音声が入るが、ジョンアンも同じ気持ちだ。先陣を切って追いかけてきたのは自分たち第2グルッポなのに、後から来て手柄を寄越せとはどういう了見だ、と吐き捨てたくなる。
『ボヤくなよ。アイツらだって、手ぶらじゃハンドラー様の元にゃ帰れねえのさ』
にもかかわらず、言葉の端々から上機嫌が隠しきれていないジョンキャの台詞におや?と眉を顰めたジェントロだったが、
『それに・・・あっちの方が魔導砲持ってやがって手強そうだ。自ら犠牲を買って出てくれるんだから、ありがたくお任せしようぜ』
その台詞で、そんな疑念は忽ちに払拭された。簡単な男である。
『それってよお。ヤベえヤマは他に押し付けようってことかぁ?』
『そんなこった、ジョントロ。それになあ、一番槍は譲ってやるが、そっから先は早い者勝ち、だろ?』
何のことは無い。ジョンキャも手柄を譲る気は端から無かったということだ。正しいピースが填まり切ったパズルのような心地に、ジョンアンはペロリペロリと厚い唇を色の悪い舌で舐め回す。
所謂、獲物を前に舌なめずり、というやつである。
「よおし、あと100m!いけるぜ!」
しかし、それは同時に第4グルッポの連中も同じように目論んでいる可能性がある、ということでもある。後から獲物を横取りされても、それは初めに仕留め切れなかった方が悪い。それは、今の彼にも当て嵌まる状況だ。
だから、だけでもないだろうが、ジョントロが目測で見出した距離感はいつもより大分近いものだった。普段なら大体200m程度を交戦距離と見込んでいる彼なのだが、敵が鈍重なことと近接武器しか装備していないことが判断を狂わせた。
いや、彼だけでない。その証拠に彼の仲間の誰からも、些か近づき過ぎているジェントロに待ったをかける声も注意を呼び掛ける声もない。第4グルッポに対する危惧は皆、同じだからだ。
「う、おおおおおお」
100mジャスト。偶然にもピッタリその距離で接地したジョントロ騎の振動が治まるのを待たずしてジェントロはトリガーを引き絞る。
勿論、立ち止まったことで振動は直ぐに収まる。その結果、上下へのブレはあるものの、さっきまでよりは定まった狙いの帰結として。彼が放った砲弾は敵騎が咄嗟に庇った頭部以外、即ち正中線上にある胸部と脚部へと撃ち込まれていった。着弾と同時にリベットは千切れ、破断し、外装が弾け飛んでいく。
「やったあ!」
ガランガランと、まるでブリキ細工のような音を立てて外装だったなれの果てが草原に積み重なっていくのを見て、思わずジョンアンはガッツポーズをする。その高揚は頭部を庇っていた大型の防循がとうとう弾け飛び、一等大きな音を上げて散乱するそれらの上に落着した時にピークを迎えて。
「・・・・・・あ?」
そして、急落することになる。
残らず剝ぎ取られた曲線のラインで形作られた外装の下。本来なら剥き出しのフレームや動力パイプなどが在るはずのそこに、直線造りで紺色の新たな、そしてさっきまでのそれよりもよっぽどしっかりとした装甲が姿を見せたからだ。
更に、被弾の無かったはずの両肩や背部を覆っていた装甲材も同じように剥がれ落ち、その下から姿を見せたのは同じく。
「な、な、なあ?」
『お、おい?どうしたジョンアン?』
「こ、こいつ・・・脱ぎやがった!?」
『はあ?』
「だから!コイツ脱ぎやがった、スッポンポンのヌードヤロウにって・・・えぇ」
混乱で何を話しているのかジョンアンには最早分からなくなっていた。ただ、着込んでいた装甲を脱ぎ放ちその柔肌―と言っても、酷く固そうに見える―を曝け出した敵騎はその落差からか凄くスマートで、格好よく見えた。ジョンアンが思わず、瞬きもせず見つめてしまうくらいには。
「動きを止めるか」
外装を外し終えたエフリードの躯体の状態診断にと簡易型チェックソフトを走らせつつ、油断なく敵騎をモニターに捉えたユーマは機関砲を抱えたまま立ち呆ける敵騎を見て、呆れ半分に呟いた。
と、丁度そのタイミングで<Check finish : No problem>のメッセージが表示される。
「問題無し。ならさ・・・」
グン、とペダルを軽く踏み込みつつ、エフリードを前進させる。さっきまでとはまるで違う軽やかな機動に頬を緩めながら、されど一握の油断も無く、理想的な脚運びで敵騎へと近づく。
流石に我に返ったか危険信号でも出たのか、今更のタイミングでその鋼騎は後退を開始する。
「遅い!」
だが、逃げるには遅すぎだし、受け身をとるには早すぎた。
防循を固定していたアタッチメント基部から解放された左腕の発振器、そこからシールドを展開して敵騎の胸部へと突き入れた。瞬時に発振し終えたシールドに、コックピットはおろか動力炉までもを一文字に切り裂かれて、その鋼騎はスパークを撒き散らしながら爆散した。
『お見事』
「ああ、お前も」
『承知してやんす。そおれ、い!』
ユーマに倣うようにキョウズイもセーブをかけていた魔導砲の射出力制限を解除。掛け声と共に放たれた砲弾、その一撃は正しくさっきまでとは桁外れの弾速と威力を持って、敵の中で一番後ろに陣取っていた鋼騎の胴体を撃ち抜いた。
泣き別れとなったその鋼騎の上半身と下半身は数秒のタイムラグの後、眩い光を生み出す火球となって消えた。
「奴も魔導鋼騎だったか。なら・・・」
『へい。どうやらこの件、敵さんにとっちゃ大盤振る舞いみてえでやすね』
オリジナルの魔導炉か、コンバータタイプかは分からないが、どちらにせよ戦力としては勿論、資産としても魔導鋼騎は貴重なはずだ。特に、こんな夜盗崩れの連中からすれば。
それを現状で2騎、見た目が同じに見える他の鋼騎もそうだと仮定すれば6騎もの魔導鋼騎が、この襲撃に用いられていることになる。キョウズイの言う通り、大盤振る舞いにも程がある。
「・・・節約しろよ」
それにたった2騎で対処せよ、と命じられたユーマの身からすれば、そうボヤきたくなる気持ちも湧き出でるというものだ。
尚、余談だが。戦闘後に調査した結果、彼らの鋼騎は魔導鋼騎ではなかった。ただヌージーゼル動力機関と動力伝達システムの配置に欠陥があって、騎体が破断するような大きな衝撃を受けると発熱部位に潤滑油が漏れて爆散するような設計となっていただけであり、その点だけ見ればユーマたちの愚痴は的外れと言えるだろう。
閑話休題。
『へっへ、まあまあ旦那。そんなネガティブな発想は止しやしょう』
「そうは言うがな。どうポジティブになれと言うんだ?」
『貴重な魔導鋼騎での熱烈歓迎、いいじゃあありやせんか』
「生憎と俺は小市民的でな。そんな、御大尽気質な見方は出来ん、よ!」
雑談もそこそこに、飛び来た砲弾をバリアで受け止めて、弾き飛ばす。
そういえばさっきのシールドもそうだが、魔導兵装を思い切り使うのは随分と久しぶりな気がする。そんなことを考えられるくらいには、ユーマの頭は落ち着いていた。
「ふうむ、どうもな」
『どう、しやした?』
「あの連中の動き、どう見る?」
『どうって言われやしても・・・何ともキレが無いと言うか、思い切りが悪いと言うか』
「素人臭い。どう動いていいか分からないような、お粗末な動きだ」
『で、やすねえ。若しや罠』
「なら、もっと上手くやるだろう。タニルの奴が本丸を落としたのが、良いように効いているのか?」
残念、外れ。
正解は、先ほどキョウズイが倒した敵騎の騎者が、指揮を執っていたジョンキャ騎であったからだ。いきなり馬脚を現し、先までとは文字通り段違いの戦力を見せつけてきたユーマたちの魔導鋼騎を相手にしなければならない。そんな時に、これまで曲がりなりにも指示を飛ばして来た指揮官がそれを委譲する間もなくやられてしまったのだ。
元より仲間として活動していた訳では無い、もっと言えば互いに反目、反撥を陰日向にぶつけ合ってきた彼らだ。非常事態だとしても、そうそう上手く動けるはずも無かった。
「よし、なら・・・」
『ええ。精々、慌てさせてやりやしょう』
混乱故か、敵の連携が上手くいっていない。そう見て取ったユーマたちは更にその混乱を助長させるような行動に出た。エフリードを、彼らを迂回するような大回りで動かして、遮二無二マード3居住区へと猛進させたのだ。
これにより、彼ら紅の牙の騎者たちの混乱は、最高潮に達した。
人質を抱えているマード3居住区への侵攻は防がなければならない。しかし、魔導砲を持つもう1騎へも対応しなければならない。では、どうする?
仮に、ジョンキャが生存していれば。
仮に、ジョンドウが指令室にいれば。
仮に、第2グルッポと第4グルッポの連携が取れるようになっていれば。負けるにしても、こんな醜態は晒さなかったに違いない。
が、現実は非情である。一応第4グルッポのリーダー格、ジャンアンは存命だが、彼はこういった時にすぐさまリーダーシップを取れる性格ではなく、また指示を求められるような器でもなかった。
侃侃諤諤の議論百出という、戦場では空転とも言える時間の浪費の後にようやく動き出した彼らだったが、ジョントロがエフリードへ、その残りがディマールへと対応すべく動き出すというその動きは、控えめに見ても稚拙そのものだ。
成程、分からなくもない。
現状、第2グルッポで行動可能なのはジョントロだけで、第4グルッポから人をやっても2人で連携が取れなければ意味がない。それならば、先ず第4グルッポが数に嵩を効かせてディマールを撃破し、それが返す刀でエフリードへと向かうまでの時間稼ぎをジョントロに任せよう、というのは策としては成り立つだろう。
だが、それには『画上の』という枕詞を付けての上でだ。
「来たが・・・1騎か?」
本気か?と眉を顰めつつ、それでもユーマは加減なぞしない。
立ち止まり、その場で方向を転回して迫りくる鋼騎を真正面に捉えると、
「いくぞ、エフリード」
メインスラスター、最大推力開放。ゼロから一気に100%まで瞬時に加速させられたエフリードはまるで押さえつけられていたゴム玉のように弾け飛び、ベクタードノズルから虎の尾のような光を放ちながらジョントロ騎に向かって突撃を敢行する。
ミシミシと軋むコックピット内、そこでユーマが見つめる先の鋼騎はせめてもの情けか失った近接武器の代わりに受け取った機関砲を撃ち放つが、そんなものでエフリードのバリアを貫ける訳もない。
「来るな、来るな、来るなってばよお!!」
泣きべそをかきながら、ジョントロはそんな悲鳴を上げながら機関砲を撃ちまくる。
ジョントロは彼ら第2グルッポの中では最も年下で、最も知能が低かった。だから彼はいつも偉そぶりのジョンキャや高慢ちきなジョンドウの言いなりで、彼の意思というものが反映されたことなど一度も無かった。
言うなれば、彼は他のメンバーの道具でしかなく、そうするしか彼の生きる道は無かったのだ。
「なあああああぁ!?」
しかし、そんな悲哀は一切顧みられることも無く。彼の肉体は1片たりと現世に残らず、爆散する自騎と共に虚空へ消えた。
そして、彼を仕留めたエフリードの猛突の矛先を向けられた第4グルッポの面々もまた。ユーマの手か、キョウズイの手かという違いはあれど、同じ命運を辿ることになったのである。
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