第2話 密談/調査/少年

 窓の閉め切られた室内。

 蝋燭ろうそくの灯りが揺れる中、机を囲むのは10人ほどの男女。

 総じて平均年齢の高そうな面々の中に、ひと際フサフサの白髭を生やした老爺がいる。村長だった。

「皆、忙しい所すまんの。集まってもらったのは他でもない……昨日、商人と共に来られた方々についてじゃ」

「王都から白竜様の調査に来たってんだべ? 良いでねえか、こいでこん村にも観光客さ来るかもしんねえし」

「アホかお。そいつらが白竜様さ怒らして、丘から居なくなられっちまったらどうすんだよぅ?」

「んなこた今だって同じだべさ! なーにが気に障って飛んでっちまうか分がんねんだから、詳しいお人に調べて貰やぁ良いでねえの! 頼まねでもやってくれんなら御の字だべや?」

「だども、タダでやらしたら好き勝手されんでねか」「んだら誰か見張っときゃあ良かんべ」「誰がやんだよぅ、アンタ子供もろくに見ね癖に」「だども、金払うんなら払うで幾らになんだべか」

 他の村人たちからも、ああだこうだと意見が飛び交い出す。

 ざわめきが強まって来たその時。コツン、と机を叩く音で一同は静まり返った。

「問題はそこではないんじゃ……魔導士の方が、ドロシーと名乗っておった」

?」

 反応したのは、一同の中では比較的若い男だった。

「まさか……大魔導師のドロシーですか!?」

 村長がコクリと頷く。

「なんだお、知ってんのか?」

「息子が魔法使いに憧れているもので、色々と魔法関連の本をせがまれまして……

 大魔導師ドロシーといえば50年前、復権派のクーデターを鎮圧した英雄です。

 拠点の一つとなっていた町を焼き払い、その炎が夜空をあかく染め上げた事から、付いた二つ名が……『紅夜こうやのドロシー』」

 男の言葉に、村人たちはどよめいた。

「『荒野の魔女』!?」「死んださまがよく悪ガキさ脅しちょった、あの!?」「アンタちょっとサイン貰ってきとくれよ!」「冗談言うないおっかねえ!?」

 どうやら紅夜のドロシー、もとい『荒野の魔女』の事は御伽話おとぎばなしの如く語り継がれており、大抵の者は聞き覚えがあるようだ。

「じゃ、じゃあまさかを聞き付けて……調査どころか、白竜様を討伐しに!?」

「いやもしかすっと……村ごと焼かれちまうんでねか……!?」

 村人たちの動揺が、恐怖に変わり出したその時、

「っ、誰だ!?」

 一人の男が窓に駆け寄り、勢いよく開け放った。

 急な外の光に目を細めながらも、男は辺りの様子に目を凝らすが、

「……気のせいか」

「……ともかくあのお二方には、何とか穏便に帰って頂かなくてはならん」

「だども、あの魔女さ相手に下手なこたぁ……」

「おい! お、早よ窓さ閉めれ!」

「あ、ああ、すまね」

 再会される議論。男は窓を閉じ、机に戻る。

 閉じられた窓の外、その壁際には、小柄な足跡が残されていた。




 ノースヒルに着いた翌日。遅めの朝食を終えたドロシーとエルマは、村の中を散策していました。

「あ~あ。誰かさんがいつまでも起きないせいで、せっかくの料理がみいんな冷めちまった」

「朝弱いのは体質なんだから、仕方ないじゃないですかぁ……」

「アタシと同じ部屋でその言い訳は通用しないよ」

「わーかーりーまーしーたー、明日はちゃんと起きますって」

 二人はそんなやり取りをしながら、村の中央にある広場へとやって来ます。

 広場の中心には井戸があり、その隣では一緒に村へ来た商人が、村の人々を相手に露店を開いていました。

 商人は、二人に気付くと声を掛けて来ます。

「おや、ドロシーさんにエルマさん。こんにちは」

「こんにちは」

「お疲れさん。調子はどうだい?」

「調味料や日用品はいつも通り売れるのですが、それ以外はまださっぱりですな。

 いつもは男性陣や高齢の方も来て、新しく植える作物の種や本なども買って行かれるのですが、今日は朝から村長の家で会議をしてらっしゃるとかで……はい! そちらの壺に塩を満杯ですね、お預かり致します!」

 3人が話していると、品定めをしていた主婦から注文が入ります。

 商人は壺を受け取ると、慣れた手つきで塩を量り入れ始めました。

「会議か。調査の是非について決めるだけにしちゃあ、随分と待たせるねえ」

「それだけ皆さん、白竜様を大事にされているという事でしょう……塩を満杯のお客様、お待たせ致しました! こちら重いのでお気を付け下さい、必要でしたら配送も承りますよ!」

 商人はそう言うと、店の横の方を手で示します。

 そこには、御者や護衛をしていた7人の男たちがいました。彼らはなぜか上半身裸で、鍛え上げられた筋肉を見せ付けるように様々なポーズを取りつつ、ニコォ! と歯を輝かせて笑っています。

「……さっきから見ない様にしてたんですけど、なんですかこれ?」

「村に着いたら、滞在中は彼らが暇になりますでしょう? 

 ずっと遊ばせておくのももったいないので、配送サービスを始める事にしまして」

 見ると彼らの前には、『重量物の配送、無料で承ります』と書かれた看板が立っていました。

「あら、助かるわあ。今日は荷物持ち旦那がいないから困ってたのよ、お願い出来るかしら?」

「「「はい、よろこんでー!!」」」

 一糸乱れず返事をする男たち。その内の一人が進み出て来ると、軽々と壺を持ち上げます。

「奥さん、軽い! 軽いよー! 壺もう一つ、乗っけない!?」

「あらすごい。うーん、でももう空いてる壺が無いのよねえ」

 その瞬間、商人の目がキラリと光りました。

「そんな奥様に今日はこちらの新商品、大中小ガラス壺!」

 商人は口上を述べつつ、木箱の中から大きさの違う3つの壺を取り出しました。

「底の方まで中身が見える上に、ガラス製なので臭いも付きません! 小型の物は調味料入れに、大型の物は漬け込みなどに便利ですよ!」

「あら、最近のガラスって随分透明なのねえ! でもこれ、お高いんじゃない?」

「こちら実は、見習いの方々が作った物を安く仕入れておりまして、お値段は正規品の半額ほどになっております。今なら日除け・埃避けのカバーもお付けしまして、な・なんと通常の壺と同額でのご提供!

 おひとつ、いかがですか?」 

「そうねえ……じゃあ試しに、中サイズを買ってみようかしら」

「お買い上げ、ありがとうございます!」

 主婦は「いい買い物したわ~」と言いながら、両肩に壺を乗せた男と共に去って行きました。

 残った6人の男たちは、ポーズを取り続けています。彼らがニコリと笑みを向けて来ましたが、ドロシーとエルマはもう気にしない事にしました。



「それにしても、会議まだ終わってなかったんですねえ。こんな事なら昼まで寝とけば良かっ……あいたたたた!?」

 急にドロシーが、エルマの耳を引っ張りました。

「エルマ、ちょいと耳を貸しな」

「承諾する前から引っ張らないで欲しいんですけどぉ!? 分かった、分かりましたから、下方向はやめてちぎれる!」

 二人はそのまま、露店からやや離れた所までやって来ます。

「(いいかい。これからアンタは宿に戻るフリをして、村の周りを調査しな)」

「(ええっ!? でも村長さんは、相談するから待てって……)」

「(そりゃ調査の話だろう? アンタが調べるのは、『なぜ竜はこの村にやって来て』『なぜ何処にも行かないか』さ)」

「(白竜そのものじゃなく、周辺環境を調べろと?)」

「(そういう事。これに関しちゃ、アンタがた方が確実だからね)」

「(なるほど。どの道、早めに確かめたい事ではありますしね。分かりました)」

 密談を終えると、エルマは一つ咳払いをします。

「ん、んんっ。

 あー、王都からの長旅で疲れちゃったなー。ドロシーさん、やっぱりわたし、夜まで宿で休んでますねー」

 ドロシーの杖がエルマを小突きました。

「あいたぁっ!?」

「さっさとお行き!」

「わーん、暴力大魔導師ー!!」

 エルマは頭を押さえつつ、宿の方へ走っていきます。

「はあ……それじゃアタシは、中をもう少し見て回るかね」

 ドロシーはそうぼやくと、再び村の中を歩き始めました。




 宿まで戻ってきたエルマは、裏手から石垣を乗り越え、村の南東部に出ました。

 目の前の丘には変わらず白竜が座っていますが、どうやら彼女には気付いていないようです。

(もっと近くで観察したいけど、今は我慢我慢……)

 ぐっと堪えた彼女は、来る時は見えなかった村の北側を見に行く事にしました。

 普通に歩くと石垣から頭が出てしまうので、普段以上に背中を丸めつつ、左手沿いにぐるりと歩いてゆきます。

 しばらく歩いて北側の門をやり過ごし、川の向こうに北西部の森が見えて来た頃。

 ピタリと足を止めたエルマは、何かを見つけた様子で目を凝らしました。

「ん~……若干、出続けてる?」

 北から南へと流れる川には、数人が渡れそうな幅の橋が架かっていました。位置はちょうど、先程の門と森を結ぶ辺り。

 その橋の近くに、複数の人間が時折通っているような痕跡が見えます。

「森か……となると、『あれ』かなあ」

 彼女はチラリと村を振り返ると、森の方へ向かって歩き出しました。




 一方のドロシーは、村の散策を続けています。

「……こっちにも無し、と。中に無けりゃあ外かねえ?

 いや、ないない。竜が来る前は、この辺も獣がうろついてたはずだ。

 待てよ。獣……獣の、ねぐら……?」

 顎に手を当て、ブツブツと何かを考え込みながら歩くドロシー。

 と、不意にその足がピタリと止まります。

「何の用だい?」

 言いつつ彼女が振り返ると、家の角から一人の少年がこちらを見ていました。

 背丈からして、歳は11歳くらいでしょうか。手には木彫りの杖を持っていますが、見たところ足は悪くなさそうなので、恐らく魔法に使う物でしょう。

 彼は気付かれた事に一瞬驚いたようでしたが、何かを決心した様子で、ドロシーの前に歩み出てきます。

「おや、思ったより可愛いお客さんだねえ。こんにちは坊や」

「こ、こんにちは!

 あの、突然すみません……貴女は、紅夜のドロシーさんですか……?」

 恐る恐る尋ねる少年に、ドロシーは微笑んで答えます。

「そう呼ばれる事もあるねえ」

 その答えを聞き、少年はパッと顔を輝かせました。

「すごい、本物の大魔導師だ……!

 あ、あの! 僕、ルーカスって言います! ドロシーさんにぜひ、お願いしたい事があって来ました!」

 ルーカスと名乗った少年は、深々とお辞儀をして続けます。

「僕に、魔法を教えて下さい!!」

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