働きたくても働けない女と骸骨な労働者

私は、そろそろ限界…

 私、荒牧政子は函館の片隅で東大出身で秀才と呼ばれたお父さんに私立有名大学の母との間に生まれました。上に兄と姉が1人づついる3人目というやつです。

 そんな私は、上の2人とは随分年が離れていたこともあり、父親から可愛がられていました。

 そう……それが私の人生が歪み始めた前触れでしょう。

 親に可愛がられることへ深く嫉妬した陰湿な兄姉の2人は、私に対してイジメを行なってきたのです。今思えば、あのイジメもカワイイものだったのかもしれません。プロレス技を掛けられ宙を舞ったり、かっぱえびせんを湿気らせられたり…

 いやっ、今思えばカワイイものか?まぁ、当時の私にとっては、心にエルボー・スマッシュを喰らうとの同じくらい辛かったのです。


「クタバレ、はんかくさいうす馬鹿野郎!3千倍返しだ、オラ!」


「ぎゃぉぶあ!ギブギブ、ギブだって!」


 勿論、その2人と私は戦いました。プロレス技も学び兄へフライング・ボディシザース・ドロップを決めて締め上げ、時に二人のポテチを程良い食感で湿気らせ文句を言えぬ敗北感へ落とすような強い子になりました。

 それから、気に食わない相手は力でねじ伏せるという手段を取るようになった私は、近所では男子もひれ伏すガキ大将の様なポジションになってしまいました。その事に父は笑っていましたが、母が嘆いた事で我が家で私の味方は父のみとなってしまいました。

 それに留まらず、私は密かに敵を外にも作っていました。

 それは……学校の女子達です。

 女の世界は複雑です。男子の様な仲良しこよしの平等世界、力があっていじめっ子に反旗を翻す度胸があれば何とかなる世界とは異なるのです。

 つまり、私は男子達と仲が良かったことで女子グループのリーダーに目を付けられたのです。そこから、女子グループは私にイジメを仕掛けて来たのです。下駄箱の上履きに画鋲が有ったり机に花瓶。連絡事項は共有されず、宿題を隠され陰口を叩かれる。

 ドラマかなんかかよって……


「お〜い、そこの道産子!」


「あらあら?男をねじ伏せていい気になってる変質……」


「振り向くな……」


「えっ……なっ、何を!」


わやくちゃ滅茶苦茶しやがって!ふざけるな、あさまれ嫌われ者が〜!」


 勿論、私は得意のプロセス技で反撃したのです。中学1年の6月に……

 小学生ならまだしも中学生が力技でイジメに反撃したとなっては、学校の一大ニュースとなったものです。そりゃ、"地元の輸入会社の令嬢をとある女子生徒が、廊下で絶叫しながらタイガー・スープレックスをかけて吹き飛ばした"なんて事件が話題にならない訳ありません。

 当然、両生徒は保護者共々呼び出しを受け壮大な面談となりました。イジメの事実は最初こそ相手の親は嫌疑的で、母さえも疑っていました。


「お嬢さん……何でそんな嘘を?」


「嘘付くなら、"タイガー・スープレックスかけた"なんてことは言いませんよ」


 でも、私の至って真面目に答えた馬鹿らしい返答に、相手の親はなんと信用してくれたのです。

 結果だけを言えば、確かに一時的にイジメは無くなりました。でも、それは私の学校生活が壊滅するのと同じでした。

 仲の良かった友人は私の反撃の仕返しでイジメられ、私はもちろん絶縁されました。

 名前も覚えていませんが、"タイガー・スープレックスの令嬢"もこれで懲りることなく秋にはイジメを再開し、更にエスカレートさせたのです。

 勿論、その都度反撃した私は何時の間にか"ちょっとしたレディース"の様になり、妙な後輩が後ろを追いかける変な人の仲間入りを果たしていました。

 懐いてくれる後輩を持つのは悪く無かったです。

 でも……


「姐さん!カバン持ちますよ!」


「姐さん、メロンパン買ってきました!」


「いやっ……あんたら、私は姐さんでも何でもないんだよ……」


 突然"姐さん"なんて言われる立場を考えてください……

 私は、イジメに立ち向かっただけなのに、母からは"ヤクザの仲間入り"と言われ、兄姉からは"近寄るな、犯罪者予備群!"と言われるのです。

 たとえお父さんから、"良くやった!それでこそ我が娘"なんて言われても、益々複雑な心境になったものです。

 令嬢さん達も私に負けじと力技も覚えて、中学3年生になる頃には女の子なのに頬にアザを作り口の端から血を流すのが当たり前となっていました。


「政子……あんた、またイジメられたの?」


「ただイジメられる方が……なまらマシだよ……」


 喧嘩したい訳でもなく、普通に過ごしたいだけなのに……トイレに行けば、個室トイレに雨が降り仕掛けた生徒へ殴り込み。一日中イジメとそれに対する反撃で学校が終わると、何故か見知らぬヤンキーから果し状を貰う……

 朝の登校こそ格好は普通なのです。至って普通の……むしろ美人な方です。それが下校時になると、髪は濡れたのを慌てて乾かした事でゴワゴワに広がり、服は後輩が勝手に持ってきたセーラー服とか特服で…


「姐さん、流石です!」


「似合ってますよ!」


「これで機関銃持ったら……何でこんなドラマみたいなことになってるの?」


 行きは委員長、帰りはヤンキー……まして、私の学校はブレザーなんです。行きと帰りで格好まで変わるのですから、病み始めた私は二重人格にでもなりかけました。

 高校は必死に真面目になろうとしたのですよ?ですが、噂は何処にでも付き纏うもので……

 困った点と言えば、いわゆる"引き篭もり"にでもなれば良いのに、当時の私はとにかく自身の異常な状況に立ち向かおうと努力したのです。

 そして、その努力は実を結び、ヤンキーと育ちの良い優等生を両立する歪かつ異常な日々に突入しました。

 ヤンキーだからというレッテルを張られ、気晴らしの為に休日免許を取るほど好きなバイクを軽く走らせると、母から"本物のヤンキーみたいだから止めろ"と言われ……


「ぬおぉぉおぉおお!はんかくさいわあぁあぁあ!"この支配からの卒業"してやるうぅぅうぅう!」


 気晴らしのバイクも、何時もただ鬱憤を叫ぶだけ。楽しさも半減しますし、益々病んでしまいそうになりました。

 そもそも、私ってこんなヒドく訛ってたっけ?

 まぁ、とにかく生きづらい日々に、理解者の少ない人生。

 そんな私は大学受験で東京の中堅私立大学に合格しました。喜ばしいことでしょ?しかし、それがいよいよ私を追い詰めたのです。


「国立大学以外……いやっ、東大以外は大学じゃない!合格した以上は行かせてやるが、生活は最低限しか仕送りしない!」


「おっ、お父さん!それは流石にないでしょ!」


「はんかくさい娘だ!早く荷造りせんか!」


 味方だったお父さんは、大学に関してだけは猛烈な偏見持ちでした。兄姉は一応国立大学へ入学し、私立大学は私だけ。

 半ば私は追い出され絶縁状態になりましたが上京したのです。

 まぁ、友達は出来ましたよ。なんたって新天地ですから、誰も私の事を知らない場所……それが東京!

 大学デビューで腰まであった髪を肩まで短くし、オシャレも学んだ私は関東の大地で浮かれていました。

 文系だからこそ比較的講義は楽ちんで、バイクに跨り峠を超えたりのツーリング。自称ではありましたが"ファッションリーダー"と呼ばれるくらいであり、友人と買い物に出かけたりもしました。バイトはまかない付きの飲食店。


「じっ、自由だ……"ただ、誰もぼくを知らない土地"ってやつだ……そうだ、私は遂に手に入れたんだ!自由だぁ!」


 羽田空港のターミナルで叫ぶ程、本当に……今でも鮮明に思い出せる程に私は自由を喜び、迎えた大学生活を謳歌していました。

 大学2年生までは……

 3年生にもなると、友人達はゼミで知り合った人達との付き合いで忙しくなり、特にゼミに入る必要性を感じず、入らなくてもいいという制度にかまけた私は、少しの罪悪感を懐きつつ自由気ままにバイクを走らせていました。


「何がゼミじゃい!顔と胸しか見てない男子と会って何になるんじゃい!フェーザーとフェーザーレプリカの区別もつかん奴は男じゃないわぁ!」


 しかし、それが仇となったのです。私は、新天地で過ごす一時の素晴らしい日々に、人生が本来如何に過酷か忘れていたのです。

 そう……就活です。

 私は当時、文系学生故にその自由を謳歌していたのです。辛うじて教職課程を取っていましたが、理系学生とは違い文系は授業も楽でした。教職の講義以外……

 それ以外と言えば、峠を攻めてツーリング。1、2年生は神奈川の田舎に放り込まれた故に、時々トロトロ走る神奈中バスへケリを入れる程の自由な日々。

 面接やエントリーシートなる物に書き込める様な誇れる事は"中型二輪免許"と"社会科の中高教員免許"の2つだけ。


「そっ……そんな、バにゃにゃ」


 いわゆる"お1人様"が辛くなかった私は、3年生の日々をツーリングとバイトに費やし何もしなかったのです。それは4年生の就職活動に大きな被害を与えたのです。


「また……お祈りの手紙……これで何通目だよ!」


 努力はしていました。必死にエントリーシートと履歴書の空欄を埋め、面接対策だのを行いました。ですが、嘗て必死に努力して演じていた優等生の記憶も大学生活によって消え去り、どちらかと言えば、ヤンキー気質の方が見え隠れする始末なのです。


「何が"荒牧様の今後のご活躍をお祈りします"だよ!だったら私を雇ってくれよ!なんで祈るだけなんだ!何だ、私は神社か教会のマリア像か?キリスト様の十字架か!」


 山積みにされた会社から送られる手紙を前に、私は狭い家の中で叫びました。


「祈られても困るわ!ようやく解ったよ、神様の気持ちが!どうしろってのよさ、えぇ!祈られても他の会社が雇ってくれないなら活躍も何もないでしょうが!」


 ベッドと小さなテーブルで狭い部屋の中で地団駄踏む私は、ネチネチと独り言を言い続けました。

 独り言はお祖父ちゃんの癖でもあり、お祖母ちゃんが"構ってあげないと何時までも話してる"と言う程の酷さらしい。

 私はそれ程でもないが、どうも独り言は多い方でして。私からの癖なら許せんが、先祖譲りならば仕方ない。

 そんな治らない独り言を気にしないくらいに、その時の私は山積みのお祈りに心をやっつけられていたのです。


「私が何をしたって言うの……なんでこんな踏んだり蹴ったりされなきゃならないの……」


 きっとお祈りの手紙が山積みにされたくらいで随分落ち込んでいるなと思うでしょう?その時の私は、自分で不幸の絶頂期だと思っていたのです。


「バイトもクビだし、愛車も盗まれて……本当に何をやったって言うの……人でも殺さないとこんなヒドイ目に合わないでしょ!」


 そうなのです。独り言の通り、このお祈りがずっと続くジャブに思えるようなアッパーと左ストレートがあったのです。

 悲劇はお祈りが届き始める8月に突然起こりました。真面目に働いていたはずのバイトは、売上不振による赤字で人件費削減の為でした。反対しましたよ。それでも、店長へおべっかを振り撒いていた後輩に負けたのです。

 理解できぬぅ……何故だ!今でも思いますが、あの子は変に化粧が厚かったしタバコも吸うぞ!ヤンキーだった私でさえ吸わないのに……

 収入を無くした私へアッパーに続いて起きた左ストレートは、愛車の盗難でした。私でさえどうやるのか解らないバイクの窃盗をされたのです。自転車のサドルを取るのと訳が違うんですよ。値段が違うんですよ、フェーザーですよ!フュージョンみたいなラッタッタモドキならまだしも、フェーザーですよ!


「あぁん、何で思い出すかな私!腹立ってくるじゃん!何で寄りにも寄って"原チャリモドキフュージョン"じゃなくて……私の"フェーザー"なの!買い換えるにしても、まだまだ先の話なのに!」


 直ぐに警察に届け出を出して、運良く見付かりました。ですけどね、帰還した愛車はエンジンからなにから金になる物を全てを抜き取られ、ボディをダッサイ……ダサすぎてどうしようもないモリワキカラーに塗られて帰って来たのです。きっかり100キロ走行した上で、荒川の河川敷に横たわっていたのですよ…


「おっ……お終いだ……全てオワタだわ…、こんなんでどうやって生きてきゃいいのよ!金もなく仕事は全てお祈り、バイトもクビでバイクも無い!大学デビューで黒歴史の連絡先は全て断った!家族とも絶縁で、お先真っ暗じゃない!痛い、ぶつけた!もぉー嫌だ!」


 鬱憤だらけで絶望する私は、悪態をつきながら地団駄のせいでテーブルに足の小指をぶつけました。よく覚えていますとも、あの時は本当に現実と怠惰だった自分に呆れ果てたものです。


「誰かに相談……相談?誰に?直美は彼氏とデートだし、クマは……クマのヤツ何してんだろ?」


 絶望的な状態を相談しようと考えた私は、大学生活で忙しい日々を乗り切った二人の親友を思い出しました。

 直美は、知り合ったのは確か入学式で隣の席だったのが切っ掛けだっけ?クマというのは熊耳と言う同期のあだ名でして。今も付き合いがありますが、当時は……


「そうだ……アイツも男とどっか旅行だっけ?直美は"当分、連絡してくるな"って言ってたし……」


 "女は彼氏が簡単に作れる"とか"女は人生イージー"なんて事を言う男がいますが、女の現実っていうのは男が思う以上に世知辛いんです。

 "異性との出会いも女なら楽"?そういうのが出来るのはコミュニケーション力が高い人だけなの!私?そりゃ……その……


「こういう時、男の1人でもいればなぁ……」


 まぁ、その…、こういう事です。自分を動物で表すなら、ハシビロコウなんでしょう。成る程、バイトの後輩が好かれる理由がわかりますよ、チワワだもん。性格悪いけど、見た目と態度があざといから、男受けが良いんだ。男って馬鹿だから……

 失礼、脱線しました。

 そういう訳で、私はたった1人で痛む小指を押さえて蹲り、光の無い瞳でテーブルの上に積まれた手紙達を忌々しげに睨むのでした。


「家に帰る?バカを言え、音信不通で年賀状も送ってないのに帰れるか!帰ったとしても追い出されるわ!バイトも無いわ全部落ちたわ!もうお終いだ!」


 自分の独り言を聞いて自分で傷つく……当時の私は、そうですね色んな意味で病んでいたんでしょうか?

 正直、当時の自分が何を考えていたのか思い出せないし、どうしてそういう結論に至ったのかさえも思い出せません。多分、それ程考えるのが辛く、それ程早計な考えで結論を出したのでしょう……


「私は……頑張ったよ。そして……私は、そろそろ限界だよね、無理だよね?八方塞がりもいい所だよ。こうなったら救いはないよ。神様でもないのに祈られるんじゃ、この世界も終わりだよ!もうこの世は終わりだぁー!」


 勿論、本気じゃない筈ですよ?私は終末論者じゃ無いですし。つまり、それ程までに追い詰められていたのです。たった1人の狭いアパートの1室で叫ぶ程に……


「こうなれば……そうだ、遺書を残してしんでやる!"この世はおかしい"と、"若者の未来がない"と!"この日本は狂ってる"って身投げしてやる!」


 いやぁー、そのー……恥ずかしいばかりです……


「そうだ、"ネットの小説もどき"でもあったじゃん!自殺だ何だすると、神様が能力くれるんでしょ!そうだ転生だよ生まれ変わりだよ!あんな馬鹿みたいなストーリーでも、今のこの世よりは未来があるじゃないか!ワンパターンでも、その可能性は素晴らしいじゃないか!なってやろうじゃない!何だっけ、勇者とか……悪役……令嬢だっけ?」


 ここまで言ったっけ?まぁ、こんな感じだったような…もっと激しい事を言ったような?

 何にしろ、少女漫画と純文学、映画くらいしか見なかった私は、当時チラ見したネットサイトの適当な小説に影響されてこんな譫言を言っていました。


「身投げだ!身投げして自殺してやる!」


 そう、こうして私は一時のノリと勢いで化粧をして身なりを整えると、テーブルの上のお祈りを纏めてコンビニのレジ袋へ突っ込みながら靴を履いて出掛けたのです。

 そう、この時の馬鹿な私には呆れかえりますが、結果としてこれが今の私に続くのです。


「川だ、川なら神田川か?いや……あそこじゃ目立つかな?3畳1間の小さな下宿から見えるくらいだし……それに、死体は見つからなくて遺書だけの方が何か、カッコいいしな!さながら"空を〜駆けてゆく〜"様な感じが良いなぁ。なおかつ飛び込みやすくて……」


 "カッコよく"だの"空を〜駆けてゆく〜"だの"飛び込みやすくて"だの…自殺しようとする人間の考える事ですか?過去の私ってこんなに馬鹿だっけ?

 まぁ、それは置いといて。

 そう、この時の馬鹿な私には呆れかえりますが、結果としてこの阿呆な悩みが無ければ本当に私は終わり、あそこで悩んだから今の私に続くのです。


「隅田川なんて良いんじゃないか!神田川に近いし。よし、決定!」


 ただ……この理由はこんなに安直なのだったかな?

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