1-1-3 第14話 目覚める富士屋
天文十八年四月上旬 昼 場所:甲斐国 甲府
視点:京四郎 Position
律「そういえば、甚内さんに頼まれていた歌集。渡しに行かないの?」
京四郎「もちろんそうしたいところなんだけど、今のオレたちにしてみれば武田家の上役との交渉材料だ。せっかくの手札は大切にしたい。」
律「なんだか、冷泉さんには申し訳ないわね……」
出かける準備が出来たようで、京乃介さんが、玄関口に立つ。
京乃介「用意は出来ましたか?早速ですが向かいましょう」
京四郎・律「「はい!」」
最初に向かったのは、味噌の製造所。甲斐の国で収穫された大豆を使って製造されている。
ご厚意で味見をさせてもらったが、普通の味噌だ。
律「美味しい……」
京四郎「ん……っ。普通にイケるな」
味噌に関しては、こんなものか。
アイツも何か言いたげな様子でもない。
京乃介「油の作業所も近くにあります。ご案内しましょう」
10分程歩いて到着した。
京乃介「こちらでは
京四郎「油が!?」
京乃介「ええ。なにせ荏胡麻から取れる量はさほど多くありません。さらにその油一部は神社へと卸されてしまいますからね」
律「神社がなぜそんなに油を使うんです?」
京乃介「灯りをともし続けるのに使うのです。そうした縁もあってお社様は我々油座[2]の強力な庇護者でもあるのです」
なるほど……そんなに油を持っているなら、こっそりと油を盗む不届き者がいるかもしれないわね。
気を付けた方がいいぞ、神社さん。
律「油といえば美濃の
京四郎「たかが油、されど油か……。でも油座がある以上、抜き出るのは難しいな」
またしても保留の判断の様だ。
京乃介「馬に関しては、まさに案内させましょう。」
店に一旦戻って、まささんと合流する。
まさ「実は……、うちの店で一番状況が良くないのが馬に関してなんです。」
律「え、なぜなんですか?」
まさ「私たちの店では、武田に馬を卸す代わりに関所の
京四郎「つまり、残るのは並以下もしくは……」
まさ「駄目な馬[5]です。そのこと自体は問題ではありません。ですが、今の馬奉行[6]の
京四郎「厳しいことを言うが、そもそものうちの店で扱っている馬の水準がさがっているのではないか」
律「ちょっと……、言い過ぎよ!」
まさ「だからここに連れてきたのです」
着いた所は郊外の
まさ「せっかくです。
そういって厩舎まで案内してくれた。
普段見るようなサラブレッド[7]よりは小さい。でも脚は太くて力強い。
毛並みもいいし、肉付きも悪くない。
律「いい馬ですね。雌馬ですか?」
「ええ、彼女は人懐っこい馬でしてね」
そう言って牧場の男が説明してくれる。
牧場の男「前の馬も、前の前の馬も上質な馬を売っただ。それなのに……はした金しかよこさない。ひでぇお奉行だ……前の奉行様ならこんなことなかっただ」
今にも泣き出しそうな男をなだめて帰路につく。
京四郎「小山田ってのはロクな奴じゃないみたいだな」
まさ「甲斐の東の方のお人なので、私たちには冷たいんですよ」
まささんはそう嘆く。
まさ「私たちの本職は馬借です。それだけに馬には誇りがあるのです」
律「アタシが見ても悪くない馬だわ、保証する」
これでも馬術の嗜みはある。
あんまり言うと、お嬢様アピールか~って言われるのが嫌であまり使いどころのなかった経験だけど。
京四郎「やっぱり
律「そりゃ……まぁ。戦国時代だし」
というか、まだ高校生でしょ!?
アンタ競馬中継とか見るタイプ!?
……いや、まぁ……勝負事とか好きだったからなコイツ。無理もないか。
店に戻ると京四郎は、店の人に召集をかけた。
京四郎「我々が最初に取り組むべき課題は、馬の不当な買いたたき問題だ!甲斐の国に富士屋の馬が欠かせねぇことを思い知らせてやろう!」
妙に自信満々そうな顔で、アイツは宣言する。
何か考えがあるのだろうか?
残念ながら、戦国時代に下請法[8]はない。
だが不当な買いたたきに屈する訳にはいかない。
Mission
【馬の買いたたき問題を解決せよ!】
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[1]荏胡麻:シソ科の一年草。縄文時代の遺跡から見つかっており、日本人にとっては付き合いの長い植物。
[2]油座:油を取り扱う商家の組合。寺社がその庇護者となり、その奉仕者として扱われた。こうした座を解体していったのが、他ならぬ織田信長である。
[3]斎藤道三:道三は出家してからの名前なので、正確には利政。最近の研究では、油屋だったのは彼の父だとされる。
[4]馬役:馬にかかる通行税。一頭ごとに課せられた。
[5]駄目な馬:ちなみに能力が低い馬を駄馬と呼ぶのは荷駄を運ぶ用の馬の略称からきている。
[6]馬奉行:ここでは戦場での役割ではなく、普段使いする用の馬の調達係を指す。
[7]サラブレッド:競走用に品種改良された馬。大きさは160~170cm。
[8]下請法:正式名称は下請代金支払遅延等防止法。成立したのは第二次世界大戦後のことである。
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