第4話 余裕を取り戻す

 テーブルに着く俺と待たせておいた他二人。

 あれ、他の家族は居ないが……?


「えぇっと、他のみんなは?」


「はい? 旦那様をはじめ、奥様とご兄弟の皆さまは本宅にいらっしゃいますが」


「え? あ、ああそうだったな。……いや、そうだったね。ちょっとした冗談だ。忘れてくれ」


「かしこまりました」


 メイドはそれだけ言うと、部屋から出て行った。


「美味そうな飯だよな相変わらず! オレ待ちきれないよ」


「こら! 貴族のお食事よ、もっと行儀よくなさい」


「別にそんな気にしなくても、今ここには三人しかいないわけだし」


「だってさ? やっぱわかってるよヴィルヘンは」


「貴方の食い意地を覚えられてるのよ? もっと恥ずかしく思いなさい」


 やっぱりこの二人は賑やかだな。



 それはともかく。

 この体の持ち主こと、ヴィルヘン・フォン・クラーツベル。


 代々軍に所属して武功を重ね、軍役に就いた親戚も多い。

 そしてそんな家の嫡男が俺ことヴィルヘンである。


 本来なら親元で育てられているような歳だが、末弟のヴィルヘンは放任主義的に……悪く言えば将来を期待されずに適当に育てられている。

 何をしても自由な振る舞いを許されているが、それは期待されていないからだ。


 本来、ヴィルヘンは作る予定の無かった子供で、避妊に失敗してやもなく育てる事になっただけ。

 生まれて暫くしてヴィルヘンの為に建てられた別邸に押し込められ、そこで育った。


 ヴィルヘン本人は、当初この環境を修行のようなものと考えており、何かしら成果を上げて自分の優秀さを証明すれば将来領主に着けると本気で思っていた。


 というバックストーリーがあった事を思い出した。


 その環境のせいかは知らないが、両親や兄弟からの愛を知らず、しかし金だけは好きなだけ与えられて成長したせいか歪んだ性格になったのでは? と、考察するファンもいる。


 貧乏であるが両親とも親しく、友人やヒロインにも恵まれた主人公と対比した存在だ。


 言ってしまえばあからさまなかませ犬。

 その為だけに作られたようなキャラクターと言ってもいい。


 主人公が近所に住んでいるという事もあり幼馴染であるが、愛を知っている主人公を内心妬ましくて仕方なかった男である。本人がそれを自覚するのは主人公に殺される直前あたりだったが。


 ま、だからといって好き放題やっていい理由も無いしな。


 表向きは人の良さそうな顔をしていたが……、父親の本音を知ってからはタガが外れて領土内で殺人を犯したり、気に入った女を地下に監禁して散々弄んだあと惨殺したり。


 そんなんだから最後は一番嫌っていた男の手で死ぬんだけどね。


 改めて俺の体をさらっと見る。

 この成長具合から察するに、原作に近い時期なのではと思う。


 出された昼食をお上品にかっ食らいながら、状況を整理する。


(あの時俺は死んで、そして生まれ変わった。やっぱりそういうことなのか)


 そういう漫画はいくつか見た事あるし、アニメだってそうだ。

 でもあれらはフィクションだ。


 でも、もし……もし本当にそうだと言うのなら。思い当たる俺の死因は……。


 寝る直前の出来事、あまりの悔しさとショックでスーツのままベッドに倒れたはず……。


(しかしショック死かぁ……)


 馬鹿な、と思いたいがそれ以外ではやっぱり俺の頭でそれ以外に思い付きそうにない。

 受け入れたく無いが、とりあえず一旦飲み込む事にしよう。


 そしてこれからの事について、これもまたとりあえずの目標を立てる事にした。


(一つ間違い無いのは、このまま原作ムーブを噛ませばまた死ぬって事だ。今はこうやって一緒に飯食って談笑するような仲だが……。そして当然俺は死にたくない。ならばやる事は死を回避する為にヴィルヘンの主要イベントを起こさない事だろう)


 俺はチラリとガルヴァの方を見る。彼も俺の視線に気付いたような。


「ん、んぐ。どうした? あ、これはオレの分だからやれないぞ」


「何言ってんのよ口の周り汚しながら。色々と失礼だし行儀が悪いでしょ! あ、ごめんなさい食卓の場で」


「気にしないでくれ。そのまま食事を楽しんでくれると嬉しい」


 あの二人の見た目からして、やはり原作の少し前か直前か。


 しかし、思えば簡単な事だ。

 最悪家の中で大人しくしているだけでそれらを回避する事が出来るのだから。


 確かにこうやって主人公たち押しかけてくることはあるだろう。だが、それだって当たり障りのない対応をすれば何も問題は無いんだ。


 俺が死ぬ最終原因となるヒロイン達とも出会わないか必要以上に仲良くしない。


(うん! 完璧じゃないか)



「ふう……。ごちそうさま!」


「大変美味しくいただきました。洞窟では助けていただきましたし、このようなお食事にも呼んでいただいて感謝の言葉もありません」


「気にすることはないさ。ガルヴァじゃないが、親友だろう?」


「お! やっとオレの事親友って呼んでくれたな。感心感心」


「調子に乗らないの!」


 飯を食い終えて一息つく。


 不測な事態は屋敷に居る限りそう起こらないだろうから、細かい部分はアドリブでどうにでもなるだろう。


 このまま心の傷を癒す事も考えていいだろう。

 女との逢瀬だなんだに巻き込まれるのは、ちょっと刺激に耐えられそうにないしな。


 一つ不安要素があるとしたら……結局ラスボスがだれか判明する前にこうなったって事だが。


 せめて最後までプレイしたかったぜ。


(ははは! 思った以上に余裕だ。原作と違う事をすればいいんだから悩む必要も無いな。はは)


 ま、今日は大人しく屋敷に引きこもって――。


「あ、そうだヴィルヘン! この後……」


 ――え?

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