やらかし過ぎて将来的に勇者に復讐される悪役貴族に転生してしまった俺は、原因のヒロイン達と距離を置いて平穏を手に入れる~なのに何故か迫られてくるんだが!?~
こまの ととと
第1話 裏切られた男
「ふぅ……。ああ今日も疲れたな」
営業で一日歩き続け、くたびれたスーツを肩に掛けながら夜の帰路をトボトボと歩きなら溜息を吐いていた。
入社して三年。
本来事務要員として採用されたはずが、人事改革だかなんだかで入社直後に有無を言わさず営業課に異動。
そんな横暴があるかよ! 不当だろこんなの!
と思ったものの元来のコミュニケーション能力の不足が祟って愛想笑いで了承してしまい……。
そっから先は深く語るまい。毎日にように課長に怒鳴られて胃薬が手放せなくなったとだけ。
これって労基は取り合ってくれないかな? それとも弁護士に相談か?
問題なのは日中にそんな時間を作らせて貰えない事だ。あぁ転職してぇ……。
さらに問題なのは転職して今より酷い会社に当たる可能性がある事だ。あれこれとネガティブな考えが浮かんでは今の職場に甘んじてる始末。
だが、そんな俺にも何の心の支えが無い訳では無い。
少ないプライベート時間をゲームで癒したりしてるし、それになによりだ!
俺は陰キャ人生を送って来たが、なんと同期の女性と現在付き合っているのだ。
中々デートの時間を捻出出来ていないが、同じ会社に勤めている者同士、事情を汲んでくれている。女神かな?
人通りのある街中から住宅街へと入り、自宅もあと数分。
ああ、今日はもうシャワーをそっと浴びてそのままベッドとダイブしたい。
そんなことを考えていた時だ――前方の脇道から一組の男女が出てくるのを目撃したのは。
「……ッ!?」
もちろんそれだけだったら何ら不思議なことはない、この辺りに住んでいるカップルか夫婦ってところだろうから。
だが問題はその二人が自分の知人であり、もっと言えば女は俺の彼女。男の方はいけ好かない俺の上司だった。
その二人が笑いながら腕を組み、彼女なんて相手の腕に頭を預けている。
その様子は誰から見ても仲睦まじいカップルだろう。
「嘘、だろ……?」
わけのわからないいちゃもんと一緒に無理難題を押し付けてくる上司と、そんな上司に日頃酷い目に合わされてる俺の事情を知っている彼女がなんで……なんで腕を組みながらこんなところに。
だいたいあの男は既婚者のはずだ!
俺はたまらず大声を出した。
「おい! 何してんだ!!」
大声を上げてしまった瞬間、二人は振り返り、俺に気づいた。彼女は驚きの表情で、上司は不敵な微笑みを浮かべてこちらに歩いてきた。
「おい、なに騒いでんだよ?」
上司の声が冷たく、彼女も困ったような表情で俺を見つめている。俺は立ち尽くし、その光景を受け入れられない気持ちで胸がいっぱいになっていた。
「……なんで、二人が?」
彼女が口を開く前に、上司が軽蔑的な笑みを浮かべながら言った。
「お前、何言ってんの? 彼女とちょっと歩いてただけだじゃないか。冷静になれよ」
「こんな時間に、ここで何やってんだって話をしてるんだよ俺は!」
上司の馬鹿にするような言い方に、俺はついカッとなって声を荒げてしまった。
彼女も少し焦りながら口を開く。
「あの、実は……」
俺は聞きたくない、知りたくないと思いながらも、彼女の言葉を待ってしまう。知っておかないともっと後悔するからだ。
彼女は困ったように続ける。
「上司さんが、急用があって送ってくれるって言ってくれたの。それで……」
「は? 急用? こんな時間帯で、何言ってんだ……!」
俺の声は怒りに満ちていた。彼女は慌てて言葉を続ける。
「実は、仕事のことで相談があって……」
「そんなこと言われて、ホイホイ連れ回される必要があるのか? 冗談はやめろよ」
「そ、それはその。だから勘違いで……」
彼女のあからさまな言い訳に俺は怒りっぽくなり、彼女も困り果てたような表情を浮かべていた。
上司は興味津々の態度で俺たちのやりとりを見ていた。
「だからさ、ちょっと冷静になってくれ。何を勘違いしてるんだ?」
その顔は明らかにこの状況を楽しんでいた、だが上司の言葉に耳を貸す気はない。俺は彼女に向けて怒りをぶつける。
「お前と、こんな時間に上司と一緒になにやってんだよ!」
彼女は必死に説明を試みるが、俺は聞く耳を持たず、ますます怒りが募っていく。
「だから、彼とはそんな……」
「”彼”だぁ? 結局そういう事なんだな……っ!」
彼女は何度も口を開こうとするものの、俺の怒りに対して言葉を見つけることができなかった。上司は俺の様子をからかうような微笑みを浮かたままだ。
不倫がバレても、自分の立場なら握り潰せるとでも思っているかのようだ。
「ああそうかよ……もういい! 終わりだな俺達」
怒りと失望が入り混じった声で彼女に告げると、俺はその場を去ることに決めた。彼女が後ろから呼ぶ声も聞こえたが、俺は振り返ることなく歩き続けた。
帰宅後、俺は悔しさと寂しさで胸が痛かった。彼女との未来を想像していた時間が、一瞬で崩れ去ったような気がした。その夜、寝床で枕を抱きしめながら、彼女と上司の笑顔が忘れられずに苦しんだ。
………………
…………
……
「……様! ……ヘン様?!!」
「おい大丈夫か? しっかりしろー」
「…………ぅぁっ……!?」
人間驚き過ぎるとまともな声を出せない、というのを初めて理解した日だった。
目を覚ますと、見覚えのある――しかし決して存在しない人物達が俺を見下ろしていた。
俺が仕事の鬱憤を忘れる為に、日頃プレイしていたゲームに出ていた主人公とヒロイン。
◇◇◇
忌々しい事に、私は親友面をしてくる幼馴染達と村外れにある洞窟内へと訪れていた。
朝早くから朝食後の余韻を破壊するかのように現れた来訪者共は、なんでもこの私に洞窟への立ち入り許可を貰いに来たようだ。
能天気な一領民に過ぎない男、ガルヴァ。
そしてそのガルヴァに心配性な顔を見せる女、エルナ。
二人共、このヴィルヘンと歳を同じくする子供に過ぎない。
しかし、ただそれだけ。同じ領土内に住んでいるからという理由だけで鬱陶しくも関わりたがる目障りな人種である。
こちらはクラーツベル領の領主の息子、ヴィルヘン・フォン・クラーツベルであるのに対して……図々しい態度が気に入らない。
父上が私に与えた屋敷で優雅に過ごす時間を何故破壊されなければならない?
いつでも家族に会えるような領民の分際で……。
気に掛けてくる女が傍にいる分際で……。
だが今はそれを口にはすまい。いつの日かこの私の有用性を両親が認めて下さる時が来る。
領民に対しては、いくら目障りであろうと笑顔を振りまく器用さが私にはある。
いつの日にか、この領土の全権を譲り受けた時まで。
そう、その時までは精々友の顔をしておいてやる。
だが今はそんな事はいい。
今日は珍しくも問題ばかり起こすガルヴァでは無く、世話役のエルナたっての頼みで訪れて来た。
ならば彼女一人だけが訪れてくればいいものを……。
優秀な魔術師の家系であるソージェル家の生まれの例にもれず、エルナもまた魔法の研究に余念が無いようで、その触媒探しに洞窟への立ち入りを求めて来た。
領土の決まりで洞窟や森の奥などの立ち入りは成人した人間でなければ立ち入れない無い為だ。
たかが、低俗な魔物程度しか住んでいないような場所。対して興味も無く適当に許可を出したはいいが、今度はガルヴァのわがままで私も付き合わされるはめになった。
「なあなあ一緒に行こうぜ? 三人で一緒に行った方が早く終わるしさ、その後探検とかしてみたいし!」
これが私を同い年の同性の発言とは思えず、同じように扱われるのは耐えがたい屈辱であったが、これも将来父上から領土を引き継ぐまでの我慢だ。
今は父上からの憶えを良くしなければ。
どんな些末な事でも、きっと私の使用人達から本宅に住む家族に伝わる事だろう。今はまだ領民を無碍には出来ない。
「仕方が無いな君も。食後の運動には申し分ないだろう、直ぐに支度をしてこよう」
「へへ! 流石はヴィルヘン。お前のそういうとこ大好きだぜ!」
「こら! いい加減にしなさいガルヴァ! ヴィルヘン様の寛大なお心遣いに感謝します。本来、わたしの身勝手なわがままなのに」
「はは、構わないよ。友人と親交を深める良い機会だからね」
何が良い機会なものか! いつか見ていろガルヴァ、貴様のその顔を屈辱で歪ませてくれる!
そういう経緯でこの地を訪れた。
先頭を行くエルナが手のひらから光球を出しているので、暗さは感じないが……全く優雅さのかけらも無い下品な場所だ。
この肌がジメジメとしてくるような環境にいつまでも身を置きたくないというのに。
「あ、ありました! ヴィルヘン様、ここまでついて来て下さってありがとうございました」
手に触媒となる素材を持ちながら、心からの喜びを表す顔を向けられるとザワザワとした感覚に襲われる。この感覚はイラつきに似ている。きっとイライラとしているのだろう。
「おいおい。オレだってついて来たんだぜ? だったら、ありがとうって言ってくれてもいいんじゃないの?」
「はいはい、感謝してるわよ。貴方には後でクッキーでも焼いて上げるからそれでいいでしょ」
「へへ、わかってるじゃん!」
「いつまでも食い意地ばっかり……。子供なんだから」
ガルヴァとの変わらずの、平民にふさわしい品の無いやり取り。
いつもそうだ、この光景を見せられるとザワザワではなくイライラだけが心に残る。
きっとものすごくイライラとした証拠なのだろう。
私は優れた人間であるのに、平民のやりとりを間近で見せられる事が屈辱なのだ。
そんな感情に囚われていた時だ。
「あ、ヴィルヘンさ……」
「……何かな? ちょっと考え事に忙しくてね、要件なら後で聞こう」
「いや、だからさ。そこに居ない方がいいと思うぞ?」
何を訳の分からない事を。
イライラがたまっていた私は、そんな戯言を無視する事に――ッ!?
途端、どういう訳か頭上から途方もない衝撃を受け………………。
……
…………
………………
「ヴィルヘン様! ヴィルヘン様?!!」
「おい大丈夫か? しっかりしろー」
「…………ぅぁっ……!?」
人間驚き過ぎるとまともな声を出せない、というのを初めて理解した日だった。
目を覚ますと、見覚えのある――しかし決して存在しない人物達が俺を見下ろしていた。
俺が仕事の鬱憤を忘れる為に、日頃プレイしていたゲームに出ていた主人公とヒロイン。
「あ、いってええ!? なんだ頭がっ!」
「だから言ったのに、天井が少し崩れてそれが落ちて来たんだ。やっぱ忠告はちゃんと聞かないと」
「言ってる場合じゃないでしょ? あ、今冷やしますから」
そういうと彼女――おそらくエルナだろう――は座り込んだ俺の頭に手を当てて魔法? でひんやりと冷やし始めた。
しかし、ヴィルヘン? ヴィルヘンってまさか……。
(あのクソ悪役貴族のヴィルヘンの事か! それが俺って……どういう事だ!?)
まずはここまでお読み頂きありがとうございます。
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