第50話 荒れ果てた街


「では、出発しましょう」

 完全装備のパーティみんなと、僕とケイ。

 馬車に乗って出発。

 みんなのバディは連れて行けないんだ。

 結界の範囲はそれほど広くない。

 魔獣を魔法から守るためには中に入れてあげなきゃならない。

 そうするとバディがいる方が危ない。

 お互いの可動域が狭くなる。

 だからロランが参加する討伐に魔獣が入ることはまずない。

 ロランは動かないから足下にケイがいても大丈夫。

 僕は万能結界があるから問題なし。

「しかしティアマトは何であんなところに現れたんだ?」

「一番考えられるのは繁殖ですね。爬虫類系ですから産卵するのかも」

「子育てなんかホームでやりやがれ。何でこんなとこで」

「普段どこにいるかはわからないので推測ですが」

「ああ」

「気候などが繁殖に適した環境なのかもしれません。文献では前回もこの近辺に棲み着いて、いくつもの町を滅ぼしたと」

「お天気ひとつで居座られちゃかなわねえなぁ」

「それにシティは住民が多いですから、まあ……食べ放題といいますか……」

「ははは……栄養満点タダで食い放題。天国じゃん」

「食料か……産卵前なら親も栄養を摂りたいだろうな」

「人的被害、かなり出てるんだよな……」

 そのあたりはね、みんな気が重い。

 保留にしてた間も被害は出てたから。

 だけど、これ以上は被害を出さない。

 みんなそう決意してこの馬車に乗ったんだ。

 ティアマトの根城周辺の地域はほぼ壊滅らしいって、みんなが言ってた。

 食べられたり逃げ出したり。

 逃げ出せる人はいい、逃げ出せない人だっている。

 警察の人も消防の人も、ほとんどが市内にいるはず。守ろうとしてるはず。

 病院のお医者さんや看護の人も。

 保留にしてたのに〝壊滅〟じゃなくて〝寸前〟なんだ。

 それはまだ頑張ってる誰かがいるから。

 その〝誰か〟を僕たちは助けに行く。

 そういえば、討伐代は分割払だって。金額が大きすぎて。

 依頼主の市がすぐには支払えないって。

 伝説級、桁外れの魔物だからね、ギルド始まって以来の超高額依頼だ。

 それに被害が凄まじいだろうから、シティも支払いどころじゃないよ。

 まず復興しないと。それが先。

 債務不履行になったら、ギルドが立て替えてくれるらしいけど、やっぱり分割払。

 分割払に命を賭けられるみんなはすごいよ。

 お金目的じゃないから気にしてないんだね。

『あー……』

 って、ケイがため息。

『帰りたい?』

『ちゃうわ。来る前に子ども欲しかったなあって』

『繁殖期じゃないでしょ』

『そこな』

『大丈夫、君は優れた魔獣だから、子どもを欲しがるブリーダーは大勢いるさ』

『天才は遺伝しないね……それに当たり外れも出るしなあ』

『のんびり牧羊犬やってもらえばいいじゃないか』

『それな』

 そんな感じで進んで、野宿して。

 マジックバッグの中から、クレアが作ったたくさんのサンドイッチ。

 食べ応えありそうなバゲッドのサンドイッチ、美味しそう。

 マリスの好物だった。いつも美味しそうに頬張ってた。

 みんなも絶賛してたいらげた。

 僕らもクレアのご飯とおやつ。

 これだけは必ず欲しい。これを食べないと力が出ない。やる気も。

 それから町——だっただろうところに入った。

 道にも残骸が散乱してて、僕はロランに抱っこされて進んだ。

「ちょっと飛ばしてみるな」

 ネロさんは戦士には珍しい魔術師の資格を持ってるんだ。

 自分の意識を鳥みたいに自由に飛ばせる〝ステルスアイ〟っていうのを使えるんだって。

 戦士としてはものすごく便利な能力だ。状況を直接見られるんだもん。

 飛んで行ったきり、なかなか帰って来ない。

 1時間近く経って、彼はその場にバッタリとあお向けに寝転んだ。

「やべえ、ここから約30キロあたりにとぐろ巻いて鎮座してやがる」

「案外近いな」

「半径1キロくらいは跡形もねえ。奴さん、マジであそこに営巣する気だぞ」

「跡形もねえがれきの上にか?」

「うーん……あんまし言いたくねえが……」

 言い渋ったけど、重い口を開いた。

「人の骨を寝床にしてる。蛇類って丸呑みで排泄するじゃん……」

「それ……無数の骨って。ちょっとエグいわマジ」

 さすがにみんな黙った。

 無数の骨を踏みつけて戦わなきゃならない。

 だけど、そうしないとこれからも骨が増える……やらないと。

 しばらく歩いたら、傷病者さんや小さい子どもたちがいる建物をみつけた。

 クリニックだったんだけど、物資がなくなって治療出来ないって。

 でも避難くらいはできるから開けてるって。

 逃げたくても逃げられない人たち……。

 そこでティアマトは変温動物だってわかって、がれきに座って作戦会議。

 みんな遠目に僕らを見てる。

 たった5人と2匹で何しに来たんだって失望感が、バリバリ伝わってくる。

 おまけにリーダーは子どもだし。バディは子猫だし。

「今日はこの辺までにしよう」

「明日は徒歩でできるだけ近づいて野宿だな。がれきがひどくて歩きにくい」

「できれば日の出と共に討ち入りしたいもんな」

「データが少ない分、夜明け前には仕掛けられませんからね」

「変温動物なら動けるようになるまで夜明けから時間稼げるな」

「がれきの中を強行軍とはねー、超ハードワークじゃん」

「しっかり食べて体力をつけないとダメだな」

「飯にするか。周囲のがれきをどかして焚き火するぞ」

「まあ、木くずには困らんからな……」

 ロランはバッグから串に刺したのをたくさん出した。

 大人の手のひらくらいの、ちょっと平たいやつ。

「何これ?」

「カニかな?」

「先日の討伐で足下に群れて邪魔だったので、ルイに狩ってもらったんです」

「いやだからマジで何?」

「ポイズンクラブです。火を通すと毒が分解されて美味しいですよ」

「ポイズンクラブ食う奴なんか初めて見たぞ。あたったらどうするんだ」

「ルイがいるので」

「相変わらず悪食だなー、お前」

「食べられない物は食べないよ」

「ロランが大丈夫ってんなら大丈夫だろ」

 僕これ大好物。

 焼いたポイズンクラブ、みんなおそるおそる食べ始めた。

「殻ごと食えて楽だな、それに味噌が美味い。こりゃ珍味だ」

「酒欲しくなるなー。今度獲れたら俺にも分けてよ」

「俺も。嫁に食わせてー美味さ」

「次があればいいんですけど」

 ロランは少しだけ笑みを浮かべて言った。

「僕たちは明後日死ぬかもしれない……せめて美味しいもの食べたいですよね」

『や、これマジ美味えわ。一晩中食い続けられるわ』

 ケイ、しっぽブンブン。

「なあに、俺たちは承知で来てるのさ。気にするな」

「明日も美味いもの食えるとか、楽しみでしょうがねえよ」

 何か気配がして振り返ったら、男の子が近づいて来てた。

「おう、どうした坊主」

 シンさんが焚き火の串に手を伸ばしかけたら、ナリマンさんが止めてささやいた。

「うかつなことすると、ロランのバッグを空にされるぞ」

 ひとりにあげたら何人も出てくる、そしてまた増えて……。

 でもロランはその子に串をあげちゃった。

「被害はこのあたりだけなの?」

 男の子はカニを食べながら首を振った。

「あいつ、遠くまで狩りに行くんだ」

「この周囲だけじゃないの?」

「シティはメチャクチャだって、おまわりさんが言ってた」

 遅くなってごめん、とは言わないよ。

 これでも精一杯急いで来たんだ。

「何人食べられたか、もうわからないんだ。僕のパパも帰ってこない」

 みんな沈んだ。

 討伐が棚上げになってる間に何人死んだのかって、たぶん考えてる。

 破壊力あるよね、生の声って。

「大丈夫、とは言ってあげられないんだけど、みんなで頑張ってみるよ」

 うなずいて、男の子はカニを食べて、頭を下げて建物に戻っていった。

 そうしたら、お母さんと女の子が近づいてきた。

「ほれ、言わんこっちゃない。スッカラカン確定だ」

「大変申し訳ありません……討伐にいらした方にこんなことを言ってはいけないのですが……娘にも食べ物を分けていただけませんか……」

「お子さんだけなら。すみませんがお母さんは我慢してください」

 おめえだって子どもだよ、ってシンさんが小さく笑った。

 結局子ども10人とケガをしてる人3人に食べ物をあげた。

 欲しがる大人もいたけど、戦いに行く僕らにも食料は貴重なので、って、ロランはハッキリ断った。

 優しいだけの子じゃなくなった。

 パーティーリーダー、いい経験になりそうだね。

 必ず持ち帰って次に活かさないと。

「狩り場が市内全域……敵は思ったより強そうですね……もつかな」

 横になったロランがつぶやいたら、ネロさんが言った。

「やるだけやって力が及ばなきゃ、死んで英雄にでもなるさ」

「英雄? 無謀なバカ者ここに眠るって墓碑銘に彫られるぜ」

「だが、奴さんを潰して生きて帰りゃ本物の英雄だ」

「英雄なんてならなくていいので、母のシナモンアップルパイが食べたい」

「持って来りゃよかったのに」

「食べたければ討伐して帰ってきなさいと」

「うわ、うちの嫁と一緒」

「……ロランって地味にマザコンだよな」

「言ってやるなよ、アップルパイじゃねえか。おっぱいが恋しいわけじゃない」

 みんなあっはっはって笑って、そして眠った。

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