秘め事は姉様の髪に似て(完結済み短編)
優摘
第1話 フリーマン家の秘密
レイリーは、家にいるのが辛かった。なのに、外に出ることは許されなかった。
「お姉様、陰気そうな顔をして、家の中をうろつかないで。こっちまで気分が悪くなるわ」
「え・・・」
母違いの妹であるリリアは、いつもレイリーにきつい言葉を投げつける。
「ご、ごめんなさ・・・」
謝るレイリーの言葉を無視するように、リリアは続けた。
「私、これからメリンダ伯爵令嬢のお茶会に行くの。お姉さまも行きたい?」
可愛らしく小首を傾げつつ、そう聞いてから、
「ああ、デビュタントも済ませていないお姉様には無理よね。大人しく家でお留守番をしていてくださいな」
リリアは得意げにふふんと笑うと、父に似た金髪の巻き毛を揺らした。そして新しく作って貰ったという流行のドレスを着て、馬車に乗って出かけて行く。
レイリーの継母であるオリビアは、実の娘であるリリアに優しい目を向け、「楽しんでいらっしゃい」と笑顔で送り出した。だが、横にいる義理の娘には、何も声をかけない。そして目を向けることすらせず、メイドを呼びながら自分の部屋へと戻ってしまった。
だけど、レイリーは何も思わなかった。なぜなら継母とはもう何年も、言葉を交わしたことも、目が合ったことすら無かったのだから。
オリビアは、まるでレイリーなど存在していないかのように振舞っていた。
レイリーは小さく溜息をついた。
(どうして、こんな風になってしまったのだろう・・・)
もっと幼い頃は、継母とも妹とも、普通に話せていたと思うのに。
(それともあれは、夢だったのかしら・・・)
今の自分を慰める為に、私の心が勝手に作り上げた幻想だったのかもしれない。
レイリーは部屋に戻ると、自分の姿を鏡に映した。
ストレートの黒髪に濃い緑の瞳。
金髪の巻き毛と青い瞳を持つ父とは、似ても似つかない。レイリーは自分の地味で暗い容姿が嫌いだった。
(だから、お父様は私の事が嫌いなのね)
父のエイベル・フリーマン子爵は、オリビアがレイリーを無視しても、リリアがキツい言葉を放っても、注意するどころか関心すら示さない。
レイリーは今年で16歳。同じ年の令嬢たちは、とっくにデビュタントを済ませている。
だけどフリーマン子爵は、
「引っ込み思案のお前には社交界まだ早い。それに下手な振る舞いをされたら我が家の恥になる」
2年前、レイリーが14歳の時にそう言ったきりで、彼女を社交界に連れて行こうとする様子はなかった。13歳のリリアですら、つい最近、王宮での夜会でデビュタントを済ませたというのに。
(別にいいわ・・・)
自分が引っ込み思案なのは間違いない。騒がしいところも好きじゃない。返って夜会に行かなくて済んで良かったのかもしれない。
だけどレイリーも、人並みに同世代の友人は欲しかった。だけどフリーマン子爵は、娘のレイリーがお茶会に出かける事すら、良い顔をしない。どういう訳か彼女が家から出るのを嫌うのだ。
トントン
レイリーがぼんやりと、益体もないことを考えていたら、ノックの音が部屋に響いた。
彼女の部屋を訪れるのは二人しかいない。この家で、レイリーを人として扱ってくれる人達だ。一人はメイドのサマンサ、そしてもう一人は・・・
ガチャリと音を立てて扉が開き、美しい容姿の少年が顔を覗かせた。
「姉さま、散歩に行きませんか?」
ふわりとした金髪に青い目。父親のフリーマン子爵と同じ色なのに、レイリーに対する態度は真逆だ。彼が彼女に向ける雰囲気は温かく、目には親しみがあった。
陽だまりのような彼の笑みを見て、レイリーの顔は自然ほころんだ。
「ジーク、課題はもう終わったの?もうすぐ家庭教師がくるのじゃなくて?」
「昨日とっくに終わらせましたよ。それに先生が来るのは明日です」
シークは屈託なく笑ってソファに座り、レイリーを見上げる。
「ねぇ、いつもの森に散歩に行きましょうよ。姉様に見せたいものがあるんです」
そうせがむジークにレイリーは笑みを返し、
「分かったわ。一緒に行きましょう」
嬉しそうにソファから立つジークと共に部屋を後にした。
ジークはレイリーの一つ下の弟だ。
二人の母であるロレーヌは、ジークを産んで直ぐに亡くなった。そして喪も開けぬうちに、フリーマン子爵は美しい後妻のオリビアと結婚した。
オリビアは子爵と同じ金髪で、神秘的な紫の目を持ち、輝くような美貌の若い女性だった。
そうしてすぐに、彼女によく似た妹のリリアが生まれたのだが・・・
ただし、これは表向きの話だった。
(最近、ジークはますますオリビア様に似てきたわ・・・)
実際は、先妻であるロレーヌが産んだのはレイリーだけだった。ジークもリリアも、後妻であるオリビアの子供である。
なのに、どうしてジークが先妻の息子として扱われているのか。それはこの国の制度のせいだった。
この国では、母親の出自が爵位を持たない家である場合、たとえ正妻の子だとしても、後を継ぐことはできない。
これは妾の子との後継者争いが起きぬよう、定められた法だった。
後妻のオリビアの実家は裕福ではあるが商家であり、爵位は持っていない。
本当ならレイリーに婿を取り、爵位を継がせるのが法にのっとった方法であるのだが、父であるフリーマン子爵はそれを良しとしなかった。
だから、後妻の息子であるジークを先妻の子と偽り、ジークを跡取りと定めたのである。
これは、フリーマン家の公然の秘密であった。
(それでも、ジークが私の大事な弟であることには違いないわ)
レイリーを家族として扱ってくれるのはジークだけだ。
フリーマン子爵は、後妻の子であるジークとリリアだけを可愛がり、レイリーとは必要最低限の会話しかしない。
そのくせ、彼女が外に出る事を嫌がる。まるで彼女を世間の目に触れさせたくないかのように。
そしてその父親の態度につられるように、妹のリリアはレイリーを侮るようになった。顔合わせれば、彼女に対して理不尽な態度で、嫌味を言うのだ。
そして継母のオリビアに至っては、レイリーを空気のように無視するようになったのだ。
昔と変わらないのはこの美しい弟だけだった。
父は自分が大人になっても、誰とも婚姻させないつもりかもしれない。もしくは、どこかの金持ちに売られるように嫁がされるのだろうか・・・。
(そうなる前に・・・もしくはジークが大人になって、奥さんを貰うようになったら、この家を出よう)
出て、修道院にでも行こう。
それまでは、大好きな弟と穏やかな時間を過ごせるならば、この家でだって耐えていける。
レイリーは、そんな風に思っていた。
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