第2話

 彼女は、一人砂漠を彷徨っていた。


 彼女は、自らの生死もよく分からなかった。

 飲まず食わずで10日、カベルネ砂漠を渡っていたのだ。


「おい、そこの女!こんなところで何をしている?」

「ふへっ......」

「あん?まあいい。ところでお前さん、いい体してんなぁ。こりゃあ稼げそうだ...。こっちに来いよ」

「ぁ......」


 彼女には、守るべきものがなかった。



 魔物にぼろ負けした翌日、アイリス達は道に迷っていた。

「ねえセリアナ...。ここ絶対ギルドに向かう道じゃない気がするのだけれど...。前来たときは、こんなに淀んだ空気で薄汚いデコボコした道じゃなかったわよ」

「ふむ。何故だろう。道が転移されたのかもしれんな」

「どう見てもあんたが道を間違えたからでしょうよ‼」


 激怒するアイリスを怪訝そうに見ながら、セリアナは地図を注視した。

「しかし、ギルドを示す地図記号はここにあるぞ?」

「ちょっと貸しなさい!」

 ガッとセリアナから地図を奪い取り、アイリスは地図を見た。


「ちょっとあんた...。ここは奴隷市場よ......」

「うん?しかしギルドのマークがあるぞ?」

「あのねぇ!確かにギルドと奴隷市場のマークは似てるけど‼縦長のと横長の区別くらい、いくらなんでもつくでしょう‼何が『案内はあたしに任せろ』だ......」

 先ほど自分が言った発言を覚えていない様子のセリアナはさらに首をかしげる。

「まあいいわ...。ギルドはここから遠いから、めったに見ることがない奴隷でも見ましょうかしら。ついでに私たちのパーティにふさわしい前衛でも見つかるといいのだけれど」



奴隷市場の中は、さすが法で禁止されているからだろうか、湿気が多いためあちこちにキノコが生え、ハエが飛び交い酷いにおいがしていた。


「おぇ...。よくこんな環境で生きていられるわね、奴隷って」

「おお見ろ!希少種と呼ばれている“星の渡り人”スタラリアンだぞ!」

 興味津々に檻の中を見るセリアナ。

「なんでこんなに元気なのかしら...。ていうかなんでここにスタラリアンがいるのよ...。どうやったら捕まえられるのかこっちが知りたいわ......」

そんなアイリスを全く気にも留めず、奥の方に走っていったセリアナだったが、最奥の巨大な檻の前で突然動きを止めた。


「うう...。セリアナ、どうしたのかしら?」

「こいつは何なんだ...?」


 セリアナの視線の先には、半裸にされた女がいた。

 女は、白く毛先に行くほど黒くなる、腰まで届く長髪を持ち、濁りのある深紅の瞳を持っていた。

 しかし彼女は、まるでエルフのような――だがエルフほど目立つものではない――とんがった耳を持ち、最も目を引くのが、彼女の口の中には1対の明らかに尖った歯があったのだ。


「もしかして、吸血鬼......?」セリアナにようやく追いついたアイリスが言った。


「親父さん、なんでこんなところに吸血鬼がいるんだ?しかも1万ルシルという破格の額で」

 その通りだった。通常、奴隷は人間のものを買うのにも50万ルシルはかかるのに、なぜか女の値段はちょっと高級な魔導書と同じくらいの値段だった。


「そりゃぁ儂も知らんがね、聞くところによるとこいつは大変な暴れ者らしく、前いたところでは、買い手はついたんだがぁ、翌日には買い手を殺していてねぇ。以来、“狂犬”と呼ばれているんだよ。それに、元々の健康状態も悪いし、医者によると寿命もあと1年と数か月とされているから、在庫処分として一応並べておいてるだけだぜ」


 突然、女が顔を上げアイリスをじっと見つめた。


「...何よ」

「ぁ......ぁぅ...。セレ...ナ......」

「え...?」

 まるで雷に打たれたかのように、アイリスが固まった。


「どうした?アイリス」

「......なんで、なんでその名を知っているのっ⁉もしかして“セレナ”について何か知っているの⁉」

 堰を切ったようにアイリスがしゃべりだした。

「......」

 女は沈黙した。


「親父さん、この奴隷、私が買うわ」

「ちょっと待てアイリス!私たちの金はもうあと2万ルシルしか残っていないのだぞ⁉それに誰なんだその“セレナ”というのは⁉」

「いいから!早く支払って!」


 奴隷市場の親父が少し考えてから、頭を掻きながら言った。

「お嬢ちゃん、こちらとしてはありがたいがぁ、なんせこいつは凶暴すぎる。明日には胴体とおさらばしてるかもしれないんだぜ?」

「いいの!それよりこいつが“セレナ”について知ってる方が重要よ!」

「ハハッ!そいつぁすげえ度胸だ。いいぜ、その勇気に免じて売ってあげんよ」

「ありがとう‼」

「おい本当に待ってくれアイリス!」

 進展に追いつけないセリアナがあっけらかんとしている。開いた口が閉じないようで、1匹のハエが口の中に飛び込んでいった。

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