吹き荒れる嵐の中の灯火
意識が戻った
事件の詳細には誰も触れない。触れないことが全てを物語っている。
「
察しはついていても、きちんと教えて欲しい。いつまでも曖昧なまま、ごまかさないで欲しい。
「俺、見たんです。弟の腹に大きな破片が刺さってるのを。あれは、絶対に助からない……先生、事実を教えて下さい」
押し黙った老医師に重ねて強く尋ねる。
最早ごまかしはきかぬと悟ったのだろう。彼は軽く瞑目して深く頷いた。
「やっぱり……」
わかっていても、悲しみと無力感がこみ上げてくる。俯いた
「ごめんなさい、黙っていて。せめて、あなたが起きられるようになってからと……」
「ありがとうございます。気遣って下さったのはわかります」
「それでも、葬儀くらいは出たかった……」
必死に堪えていたが、ついには絞り出すような涙声。声も立てずに涙を流す少年を前に、大人たちはただ立ち尽くすのみ。
「父は、一度も来ませんでしたね」
どのくらいの時間が経っただろう?
ようやく涙を止めた少年が、ぽつりと漏らした言葉にみな絶句した。
「やはり、勘当でしょうか。俺は弟も、羊たちも、守ってやれなかった……」
絞り出すような声で自らを責める少年に、誰も言葉をかけられない。
だって、彼の一族はもう……
「
不意に響いた若者の声に、
ベッドに歩み寄りながら白い歯を見せる青年は、どこか
「
「遅くなってすまなかった。さぞ不安だったろう」
彼は先月末に先遣隊として夏の野営地を見回りに行った。今ごろ遊牧に出発した一族の男たちと合流しているはずなのに、なぜここに?
「兄さん! 俺、
「それを言ったら俺は誰一人守れなかった。父さんも、母さんも、弟妹たちも」
「兄さん?」
笑みを消して俯いてしまった兄の姿に、
「落ち着いて聞いてくれ。俺たちを除いて一族は全滅した」
「……っ⁉」
息をのんだ
「すまない、本当に。君がもう少し回復するまでは。そう言い訳しながら、話すのを先送りしていた」
老医師の声に混じる血を吐くような響きに、
「俺が戻るのがあと三日早ければ、みな助かったかもしれない。本当にすまなかった」
「兄さんのせいじゃない。もし遊牧に出発していても、村に残った女子供はやられていた」
「それに、王家は君たち一族を殲滅するつもりだった。出発するそぶりがあれば、爆撃が早まっただけだ」
「君たちだけではない。南の水牛族も、東の白岩族も、みんなやられた。王はこの国の古い氏族を根絶やしにするつもりだろう」
老医師の言葉に
「あの
ぎりりと歯を食いしばると唇がぷつりと切れて、紅い血の雫がつぅっと垂れた。
己の未熟が……無力が、どこまでも口惜しい。
自分たちだけ生き残ったところで、王の野望の前では吹き荒れる嵐の前の小さな灯火のようなものだ。どんなに必死に燃えあがったとしても、ほんのひと吹きであっけなく消えてしまうだろう。
そう、まるで最初から何もなかったかのように。
しばし流れる気まずい沈黙。
誰もが俯き、悔し涙を堪えている。
押しつぶされそうな空気に、最初に抗ったのは老医師だった。
「この病院に水牛族の生存者が入院している。彼の部族は毒の霧を撒かれて全滅した」
意を決したような声で、同じような虐殺の生存者の存在を告げる。
思わず息をのむ
「
思いがけぬ提案に、
「ぜひ会いたいです。お願いできますか?」
真っすぐに医師を見返す彼の瞳には、さっきまでの打ちひしがれた色はない。
「ああ、もちろんだ。彼もあまり良い状態ではないんだ。同じ痛みを分かち合える者がいれば、少しは励みになるかもしれない」
「はい。俺たちも、その方が心強いです」
ようやく若者らしい活力が戻った
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