砕けた月
歌川ピロシキ
銀の月が照らす夜
それは、若葉が薫る季節の、月の美しい晩だった。
一切欠けるところのない銀の真円。中天の満月は皓々と輝き、乾いた
初夏の月明りにまばらに生えた
そんな静かな夜のこと。
七宝族の
そろそろ
「兄さん、
末弟の
「こら、まだ起きていたのか? 子供はもう寝る時間だぞ」
「僕はもう十二だ。いつまでも子供扱いしないでよ。それに、兄さんだってまだ成人前だよね?」
「俺はもう十七、次の春には成人の儀だ。声変わりもしていないお前と一緒にするな」
「もう、兄さんたら。そうやっていつも子供扱いするんだから」
ぷぅ、と頬を膨らませた
「兄さん、月が綺麗だよ」
「ああ、まるで銀の盆のようだな」
ぱぁっと白い花が開いたかのような笑顔を見せる弟に、
藍色の澄んだ空には大きな丸い銀の月。そして水晶を砕いて散らしたように、満天の星が無数の光を放っていた。
「光の洪水だな」
「うん、星が降ってきそうだ」
二人はしばしの間、無言で輝く月と星々を見上げていた。
そよそよと吹く風に揺れる草の葉擦れだけが辺りを満たす静謐な時間。
不意に月明りの中を舞う夜鷹の鋭い叫びが大気を切り裂き、二人は我に返った。
「そうだ、これ飲んで。喉、乾いたでしょ?」
「ああ、気が利くな。ありがとう」
きっと甕ごと井戸水につけて、しっかり冷やしてくれたのだろう。そんな弟の気遣いが嬉しくて、
「ふぅ、美味い」
「ね、僕ももらっていい?」
背伸びしたい年頃の
「仕方がないな。少しだけだぞ」
「そろそろ、夏の野営地に発つ季節だね」
兄から受け取った革袋から一口だけ
「今年も、僕は村でお留守番かな?」
月を見上げたまま哀し気に言う弟の心は痛いほどによく分かる。
置いていかれる寂しさと悔しさは、
「どうなるかわからんが、父さんにお前も連れて行くよう言ってみるよ」
父の
厳格な彼が、
提案してみるだけの価値はあるだろう。
「ほんと⁉ 兄さん、ありがとう‼」
頭上に広がる夜空のような藍色の瞳をきらめかせ、輝くような笑顔を見せる弟に、
ちょうどその時、南の方から何かが唸るような音。
「兄さん、あれ……」
「鳥……? いや、違う。
「あいつら何かぶら下げてる」
二人が首を捻っているうちに、その奇妙な鳥のような物体は彼らの頭上にまで飛んできて、ぶら下げていた樽のようなものを二人のかたわらに落とした。
次の瞬間、轟音とともに辺りを覆いつくす白い光。
吹き飛ばされる弟に向かって必死に伸ばした手が何かをつかむと同時に、激しい衝撃が襲ってきて
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