第5話 正義の鉄槌と女神のお告げ
「いやーんシンデレラ、こっちのほうが似合ってるわよ〜!」
「本当ね、私ったらヘアカットの才能があるんじゃない? もっと短くしちゃおうかしら」
心底楽しそうに笑っている二人の義姉たちを目の前にして、わたしは怒りでおかしくなりそうだった。
女の子の髪を勝手に切ってしまうなんて、いくらなんでも度が過ぎている。こんなこと、許していいわけがない。
シンデレラが床に落ちた自分の髪を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「そんな……お父様に見られたら……」
(ああ、シンデレラ……)
この世界の女性で髪を短くしているのは、病人か貧民くらいだ。それなのにこれほど短い髪にされてしまい、父親が見たらきっとショックを受けると思っているのだろう。
もはや涙さえ出せずに呆然としているシンデレラが不憫で可哀想で、わたしのほうが泣いてしまいそうだ。
(だめ、絶対許せない……)
「ほらシンデレラ、もっと素敵に仕上げてあげるわ!」
長女が再び鋏を持ち上げた瞬間、わたしは弾丸のように飛び出して長女の手に突撃した。
わたしの意外と鋭いくちばしが長女の手に突き刺さる。
「いっ、痛い! 何なのこの鳥!」
「シッシッ! あっち行きなさい!」
長女と次女がわたしを追い出そうと手やら箒やらを振り回すが、それを華麗に回避して、長女と次女を突つき回す。
二人はこれ以上は無理だと思ったのか、「この馬鹿鳥!」と捨て台詞を吐いて、ようやく部屋を出て行った。
(シンデレラ、元気を出して……)
本当は抱きしめて慰めてあげたいけれど、鳥の姿ではできないので、そっと肩に乗って彼女の頬に頭を擦り寄せる。
「……リュシー、私を慰めてくれてるの?」
「ピチチチ、ピチチチチピチ(大丈夫、わたしがついてるからね)」
できたら今すぐ魔法で髪を戻してあげたいけれど、そうすると気味悪がられてイビリが悪化するかもしれないし、再び髪を切られてシンデレラに二度も悲しい思いをさせてしまうかもしれない。
(……だから、申し訳ないけど今はこのままで。舞踏会の日に、ちゃんと元の綺麗な髪に戻してあげるからね)
シンデレラの頬にぐりぐりと頭を押しつけると、シンデレラはくすぐったそうに笑って、わたしの背中を優しく撫でた。
「ありがとう、リュシー」
◇◇◇
そうして、いよいよ舞踏会の前夜。
わたしはある目的のため、王城へとやって来ていた。
(よし、ここが王子の部屋ね)
小鳥に変身して王子の部屋を突き止め、ちゃんとイケメンであることを確認したわたしは、元の姿に戻って魔法を使い、バルコニーの窓を開け放つ。
すると案の定、開いた窓を閉めに王子がやって来た。
「なぜ窓が勝手に……?」
(かかったわね!)
ここでわたしはまた魔法を使い、自分の声に幻想的なエフェクトをかけて王子の名前を呼ぶ。
『王子よ……王子ファブリスよ……』
「な、なんだこの声は……?」
王子が只事ではないと悟った瞬間、わたしは上空からゆっくりと降り、王子の目の前で停止した。
そして、ゆっくりと王子を見据えて口を開く。
『──わたくしは月の女神。今宵、貴方にお告げを授けます』
「め、女神がお告げを……!?」
王子が驚愕の表情でわたしを見つめる。
(ふふ、すっかりわたしを女神と信じ込んでいるようね)
まあ、それもそのはず。
今日は誰が見ても女神だと思うよう、いつもの魔女的な黒づくめの服装ではなく、神様っぽい純白の衣装を纏ってみた。
さらに頭には月桂樹の冠をかぶり、魔法の杖もなんか小さいハープみたいな楽器に変え、魔法で体から青白い光を発光させつつ、微風を発生させて髪と衣装をいい感じになびかせている。
しかもこれ見よがしに宙に浮かんでいるのだから、これで女神だと思わないほうがおかしいだろう。
わたしは努めて神々しい表情で「女神のお告げ」を口にする。
『──明日、王城で開かれる舞踏会で、そなたに運命の出会いがあるでしょう』
「運命の出会い……? それは一体どんな出会いなのですか……!?」
『出会えば
(そしてここで、発光最大出力!!)
魔力を思いきり放出して、全身をサーチライト並みに発光させる。
「うっ、眩しい……!」
王子が思わず目を逸らしたところで、わたしは小鳥に変身してその辺の木に姿を隠した。
バルコニーでは王子が呆然と空を見上げたまま、「運命の出会い……」と呟いている。
(よし、作戦成功ね!)
こうして「運命の出会い」を印象づけておくことで、シンデレラとの邂逅をさらにドラマチックに盛り上げ、どんな障害が立ち塞がろうと絶対に諦めないという確固たる意志を植えつけるのだ。
(これで性悪の義姉たちが邪魔をしても蹴散らしてくれるはずよ)
原作の魔法使いはきっとここまでしなかっただろうが、わたしは何がなんでもシンデレラを幸せにすると決めたのだ。
そのためにはこうした根回し、二重の策が必要だ。
(わたしったら、ほんと抜け目ないんだから!)
そうして自画自賛しつつ、明日の本番に備えるため、わたしは小鳥の姿で家へと帰ったのだった。
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