第34話 シア:第2世界:勉強タイム
エイベヘル教官はまず柵で囲ってあるエリアを見せてくれた。
ここでは人がトレーナーとしてピュアドラゴン(あのデフォルメドラゴンのこと)を教育・訓練する場所。
プロのトレーナーが受け持つ場合もあるが、基本的には生涯のパートナーとなる人もトレーナーとしての勉強をして一緒に訓練したりもする。
ある程度慣れた個体であるならば突然見知らぬ飛行船が降りて来ても冷静に対処できるけど、ここにいるのはまだ年若いドラゴンたち。
定められていない場所への船の襲来という突然のイレギュラーに慣れておらず、軽くパニックになってしまったんだとか。
幸い逃げた個体はすぐ戻って来たし怪我や事故なんかも無かったようでほっとした。
軽く外を見て回ったら今度は建物内。
扉や廊下、1つ1つの部屋がパートナーのピュアドラゴンと共に入れるように広々とした造りになっている。
エイベヘル教官のパートナーはめちゃくちゃでかいが、他の訓練中のピュアドラゴンはそれに比べれば随分と小さい。
パッと見た中で1番小さかったのは手のひらサイズの子で、大きくても人の頭ぐらいのサイズだった。
個室に案内されて早速講習が始まった。
まずはドラゴンと人との関わりについて。
我々はドラゴンたちと助け合いながら生きている。
ドラゴンは人の代わりに戦ってくれ、荷運びや人運びなどの仕事を手伝ってくれる。
そして外空を飛ぶ際のサポーターとしても彼らはとても優秀だ。
それに対し我々ははぐれドラゴンの保護や環境保全活動、野良ドラゴンの怪我や病気の治療などに尽力している。
ドラゴンという生物は産まれてからある程度育つまでの期間に置かれた環境で性質が大きく変わってくる。
故に産まれてすぐに人を側に置き行動を共にさせることで、人は生きる上で大切なパートナーだと認識させることが大事だ。
共に過ごしながら空を飛ぶ際のルールや人との接し方を教えたり、戦闘や飛行訓練を行ったり……。
そうした訓練途中の、まだ善悪も分からない未熟なドラゴンたちを『ピュアドラゴン』と呼び区別し教育して立派なドラゴンに育てるのがこの教習所の役割だ。
飛行船で活動する者のほとんどはきちんと訓練されたドラゴンをパートナーとして共に行動する。
外空を移動するのにドラゴンがパートナーとしていないのは、よほどドラゴンが苦手かドラゴンと相性が悪いか……それとも外空の魔物や野良ドラゴンに負けないという絶対的な自信があるのか。
(ちなみに外空というのは大きな浮遊大陸から一定以上離れた空域のことを指すらしい)。
それからドラゴンについての話をしばらく聞いた後、休憩タイムとなり紅茶とクッキーを出してもらった。
黄色い果肉のような物が浮いた紅茶は甘味の後にさっぱりとした酸味が続いて脳のリセットにちょうど良い。
クッキーは甘さ控えめだったが、ドライフルーツ?が入っていて中々に美味しかった。
その後飛行船への手旗信号を教えてもらった。
どうやら俺の船へ出していた指示は、停泊場への誘導指示だったらしい。
だいたいどこへ行っても手旗信号は同じらしいので、これでさっきのような失態は犯さないだろう。
この際なので船でのあれこれについても聞いてみた。
日持ちのする保存食の話、船内での暇つぶしの話、輸送業の話、空賊の話……。
そろそろ話し疲れた頃合いで、そういえば、と話を切り出した。
「手旗も覚えず外空に出ている者が私で4組目だと窺いましたが、他にも私のような者たちがいたのですか?」
「ああ……ここ最近の話だが、ドラゴンを連れていない若者のグループが何組かここを訪れたのだよ。話を聞いてみれば手旗も知らない、ドラゴンのことも知らない、食料もろくに持っていなければ本人たちの戦闘能力もほぼ素人。船には高性能の防衛機能がついていたからここまで来れたのだろうが、危なっかしいにも程がある」
やっぱり転生者っぽいな。
転生場所はランダムとのことだったが、基本的なことが分かっていないと苦労するから教習所の近くに転生させたのだろうか。
「その人たちは今もここに?」
「何人かは早々に出て行ったが、他の者はまだいるはずだ」
エイベヘル教官の話では、残った人たちはドラゴンのパートナーが欲しいと頼み込んできたらしい。
しかし、出身国も分からなければドラゴンとの接し方すら知らないような奴らに大事なドラゴンたちを託すわけにはいかない。
故にまずは勉強しろと教え、今は必要なことを勉強しながらピュアドラゴンたちと交流しているらしい。
こっそり監視もつけて素行調査も行なっているようだ。
ドラゴンのパートナーか……正直憧れではあるが、せっかく精霊がいるのにドラゴンに浮気するのもなあ。
勉強に飽きた風の精霊が机の上で丸くなっているのをチラっと見た。
こんなデフォルメ猫ちゃんで可愛い姿だけど、もちろん戦闘もできるように創ってある。
今は風の精霊しか出してないけど、他の子も出した方が退屈しないだろうか?
「それで、その……その子は精霊か?」
「ええ、そうです。この辺りでは珍しいでしょうか?」
「そうだな、人間と行動を共にする精霊は珍しいだろう。彼らは基本的に神出鬼没、自由奔放であるからな……」
ふむ、精霊の存在自体は珍しいものでもないらしい。
「エイベヘル教官のパートナーさんがこの子のことを気にしているようでしたわ」
「ドラゴンは魔力との親和性が高い故に、精霊の純粋な魔力に惹かれたのだろう。今も気になっているようだぞ」
と言われて窓の外を見てみると、すぐ近くに大きな瞳があってちょっとびびった。
エイベヘル教官のパートナードラゴンは大きすぎて建物に入れない。
「ルド、ドラゴンさんと遊んでおいで」
『遊ぶにゃー』
ルド、というのは風の精霊の名前だ。
風=緑=エメラルド→ルド。
名付けは相変わらず安直である。
ルドに寄って来てもらえたでっかいドラゴンは瞳を輝かせ、きゅるるる、と可愛らしい音を喉から鳴らした。
でっかい図体してるのに可愛いじゃねえか。
暫し和やかにしていると、突然部屋の扉がバンッ!と音を立てて開いた。
「教官!また転生者らしき人が来たって!?何ですぐ教えてくれないんですか!」
「ちょ、ちょっと、せめてノックを……」
入って来たのは活発そうな女の子と気弱そうな女の子。
ああ、こいつらが転生者か……。
チラッとそちらを見ると、彼女たちと目が合った。
するとぱちぱちと瞬きをしたと思ったら、頬に赤みが指す。
「え……か、かわいい……」
「わあ、貴族のご令嬢みたい……」
うん、これだよこれ。
せっかく美少女にしたんだから、こういう反応が欲しかった。
「まったくお前たちは、もう少し静かにできんのか。この方はどう見てもきぞ、ごほん!……訳ありのお方だ、お前たちの言う『イセカイテンセイシャ』ではないだろう」
「え、聞いてみないと分かんないじゃん!」
彼女たちは俺の目の前まで来ると、ずいっと身を乗り出した。
「ズバリ!日本から転生してきた転生者でしょ?」
さて、どう答えるべきか。
とは言うものの、答えはもう決まっている。
せっかくこの世界の貴族の娘だと誤解されているのだから、それを使わない手は無い。
「てん、せいしゃ、ですか?それは……何なのですか?」
と小首を傾げながら言ってみれば、ぱちくりと瞬きをする女の子。
「違うの?」
「さあ……?少なくともそのテンセイシャという単語に聞き馴染みはありませんわね」
2人は顔を見合わせ、少しの間見つめ合ったかと思えば……。
「失礼しましたー!」
「あっ、待ってよぉ!」
バタバタと部屋を出て行った。
「元気な方たちなのですね」
「……騒がしくて申し訳無い」
エイベヘル教官はため息を吐いて頭に手をやった。
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