第26話 あの後どうなった?

 

唐突に妙なビジョンが浮かんだ。

閉鎖された箱の中に人々が閉じ込められ、それを遥か上空からなにかが覗き込みんでいるような光景。

ぎょろりと動く巨大な眼球の化け物が、俺の姿を捉えた気がした。


馬鹿な、と頭の中の光景を振り払う。

世界を監視しているようなそんな存在がいるとしたらあの女神ぐらいのものだ。

少なくともあの女神は化け物の姿をしていなかった。

酷い妄想をするぐらい疲れているみたいだ、まあいくつもの世界を渡り歩いたからな。

色々な情報が頭の中で雑多に散らかっていて整理もできていない。


それに瘴気の世界のことも気になっている。

俺の事はニアノーが上手くみんなに話してくれると言っていたが、騒動は収まっただろうか。

そもそもあの金髪がリーフの拠点を襲撃したのは何でだ?

アメルダは無事なのか?


……今日はもう休もう。

箱庭に戻った俺は分身たちを一旦しまって、風呂に入り早めに就寝した。




ニアノーのことがどうにも気になって、朝食の後で瘴気の世界を訪れた。

個室から出ると、見覚えの無い男性が目の前の壁に背を預けて座っていた。


「あっ、リオさん!お疲れ様です!」


俺の姿を見た男はサッと立ち上がり、挨拶してきた。


「リオさんが戻って来たら報告するように言われているので、行きますね。ニアノーがすぐ来ると思うんで、待っていて下さい!」


と言われたので男を見送って少し待っていると、ニアノーが走って出迎えてくれた。


「おかえり、リオ」


「ああ、ただいま」


ただいま、か。

反射的に言ってしまったが、いつの間にかここは俺が帰って来る場所になっていたらしい。

立ち話も何なので、と手を引かれて個室に戻り、椅子を出して向かい合って座った。


あの後興奮する構成員たちを宥めて、話をしたらしい。

大規模で強力な回復魔法を見られた以上、俺は聖者ということになる。

回復魔法は魔力ではなく神聖力を使用するので、俺には神聖力があるイコール俺は聖者ということだ。

しかも教会や王族貴族に知られたらなんとしてでも拉致されるほど神聖力が強く、大聖者と呼んでも差し支えは無い。

故に煩わしいことや権力で拘束されることを嫌い、波風立てず過ごすために遠い場所から流れて来た。


教会連中に知られないようにするために情報を流さなかったため、そのことはアメルダとニアノーしか知らなかった。

今後も正体を知られず生きたかったが、襲撃を受け死に行く人々を放っておけず思わず神聖力を使ってしまった。

できれば君たちにはこのことは他言してほしくない。

と話したそうだ。


大多数は承諾したそうだが、人の口には戸が立てられないとはよく言ったもので。

内緒話から内緒話へ繋がっていき、俺が大聖者であることは公然の秘密になってしまった。

そして外壁や村が全て土で作り変えられたことから俺がとんでもなく魔力が多いことも知れ渡っており、今やみんなが俺の噂を話しているそうだ。

たった2日ほどしか経っていないが、ここでは小さな変化や話題はあっという間に行き渡ってしまう。


面倒なことになると思っていたのは転生者たち。

俺が大聖者であるということはもちろん彼らも知らなかった。

そこで拗れるかと思ったが、彼らは『そんな凄い力を持っていたのなら無暗に公開しないのは当然』と言って納得したそうだ。


なので今現在はこの組織内では俺へのわだかまりは無い。

それどころか一部では崇拝するような気配もあると言う。

そしてアメルダはまだ戻って来ておらず、今はサブリーダーの男が仕切っているそうだ。

交渉が長引くかどうか次第だが、あと2,3日はかかるだろうとのこと。


そして、問題の襲撃者……金髪男。

彼は襲撃の理由をすんなり話したそうだ。

曰く、『女神に選ばれし敬虔な使徒である自分たちをないがしろにし、ゴブリンのエサにもならないような残飯を無理やり食わせ、何の罪も無い自分たちをまるで極悪人の罪人のように牢獄へぶち込んだ。そんな罰当たりであり悪を悪と思えないような最低最悪のゴミクズ共の吹き溜まりに女神の鉄槌を下すため』と。

それを聞いて頭が痛くなった。

女神の使徒云々言ってたのはあいつだったのか。


最初は余裕満々の態度だったそうだが、精霊が戻って来ないと言って徐々に焦り出したらしい。

ああ……そういえばあいつの精霊、俺の収納の中だな。

精霊使役のスキルは俺のスキルの中に干渉できないのか。

もう悪さできないようにこのまま精霊は出さずにいよう。

あれから他の転生者とは別れたと供述していたそうなので、他の転生者と会う機会があるかもしれないな……。


それから、とニアノーは言い辛そうに言った。

金髪男は既に刑が決まり、今日これから処されるらしい。

本来ならばリーダーであるアメルダの指示を仰ぐ必要があるが、アメルダ不在の今はサブリーダーの一存で決められる。

それに被害に遭った人たちの強い要望もあったそうだ。


「どんな刑になったんだ?」


と問うと、ニアノーは口を閉ざした。

なるほど、口に出したくないような刑か。

少なくとも死刑よりは酷いんだろう。

この件については終わりだ。


その日は拠点内を見回った。

水浴び場の水の補給もそうだが、魔力量が多いと露呈した今は遠慮することは無い。

飲み水用や生活用水も補給して、俺が作った村や外壁のチェックも行った。


すれ違う人々が会釈してくれたり、声をかけてくれたりする。

何だか有名人になったみたいで落ち着かない。


ニアノーは忠告してくれた。

俺が大聖者だということは今はこのコロニー内だけの公然の秘密だが、そのうち他のコロニーや王都の連中の耳に入るかもしれない。

そうすると拠点を襲撃されるかもしれないし、リーフのメンバーが買収されて相手側に寝返り拠点内にいても拉致されるかもしれない。

どっちにしろ俺はもうこの拠点には長居できない。

元々長居するつもりも無かったが、そのタイムリミットが明確になった。

身分証の偽造の件で動いてもらっているアメルダには悪いが、戻って来たら事情を話してここを去ろうと思う。


しかし、ここを離れる機会はアメルダが帰って来るよりも早く訪れたようだった。



「お前がリオだな?一緒に来てもらおう」


次の日、食堂で朝食のおにぎりを食べ終わった時に男が立ちはだかった。

この声、聞いたことがあるな。

確か……ここに来た初日、他の転生者と共に拘束されて囲まれていた時だ。

あの時俺たちを尋問していたのは1人の男だった、その時の記憶と合致した。


「なんの用?俺も行く」


「……そうだな、お前も来い」


俺とニアノーは男に連れられ会議室の1つへ向かった。

その道中ニアノーに教えてもらったが、この男はここのサブリーダーらしい。

今アメルダの代わりに組織を取り仕切ってる男だな。


席に着くや否や、男はこう切り出した。


「お前には即刻ここを出て行ってもらう」


なるほど、『出て行ってくれないか?』ではなく『出て行ってもらう』か。

こいつの中ではもう決定事項らしい。

ニアノーは目を見開いて驚いていたことから、恐らくこいつの独断だろう。


「心配しなくても近いうちに出て行くつもりだ」


「そうではない。この後すぐ、だ」


準備する時間も与えないつもりか。

こいつにここまで眼の仇にされること、したか?


「ちょっと待った。俺はアメルダからリオのことを任されてる。勝手に追い出すのは見過ごせない」


「今後起こる事態を推測した結果、こいつがここにいることは組織にとって不利益にしかならない。下手をすれば組織が壊滅する」


「……確かに、俺が大聖者であることが教会連中に知られれば襲撃を受けるだろう。でももう少し猶予があるだろう?」


「お前は何も分かっていないようだな。良いだろう、説明してやる」


そう言ってサブリーダーの男は今後起こるであろう危険性について語り出した。


 

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