第26話 シア:第2世界:風の赦し

視界が切り替わった瞬間、強い風が髪とスカートをはためかせた。

周囲を見渡すまでもなく、眼前に広がるのは青空。

そして……雲海。


「ひょっっ」


驚いて変な声が出た。

[変幻自在]では仕草や癖なんかも指定できるので、可愛い女の子のようになるように指定しているのだ。

俺は直径1メートルほどの浮島の上に立っていた。

足を踏み外せば奈落へ真っ逆さま。


俺は高所恐怖症ではない。ない、が……これは怖い。

落ち着け、こうなることは予測していた。だってここは『空と奈落の世界』だ。

地面は、ないのだろう。なら転移した瞬間空の上って可能性は十分に考えていた。


深く深呼吸してから、冷静にステッキを振るう。


「風の精霊よ、出番ですー!」


と呼びかけると、ステッキからキラキラが出てきて緑色の猫になった。

これは[ユニット操作]で作成した風の精霊だ。

普段はステッキの宝石の中にいるが、呼びかけに反応して出てくるように設定している。


『出番にゃー、何するにゃー?』


「常に顕現して私が落ちそうになったら風で助けて下さい。絶対ですよっ!」


『分かったにゃー』


本当はユニットとは念話できるしわざわざ口で説明しなくても命令には忠実に従う。

しかし、シアは精霊使いという設定。

誰も見ていなくても設定に従うのである。これぞ、ロールプレイ。


お分かりだろう、俺は各分身の際はよほどのことが無い限り縛りプレイをしようと決めたのだ。

アリスは杖で魔法を使い、シアは精霊を使役する。

できるだけ他のチート技能は使わない。

が、あくまで『できるだけ』である。

危機的状況とか面倒になったら全然使うし、【結界】スキルは普通に使っている。

痛いのは嫌なのである。


さて、身の安全が確保されたところで改めて辺りを見渡す。

常に強めの風が吹いており、視界の雲はゆっくりと動いている。

真っ先に創造しなければならないのは1人乗りの小型飛行船だろうな。


チートは使わないとは言ったが、この世界を選んだら女神から受け取っていたであろう初期配布品は創造するつもりだ。

でなければ今まさにこういう状況の時に詰む。


小型の飛行船か……。

住居も兼ねた移動手段ってことだよな?

だったら、まずこう……四角いワンルームを作って……で、コックピットの部屋を連接してつけて……レーダーとか翼とかその他諸々つけて……で、魔法の力で飛ぶようにすれば完成だ。

1人(暮らし)用小型飛行船。

……小型か?まあ、小型か。うん。

おっと、[拠点万能化]も忘れずに設定しておかないとな。


早速中に乗り込み、起動させる。


「目標、近くの町!ゴーです!」


『レッツゴーなのにゃー』


他の飛行船と衝突事故を起こすわけにもいかないからスピードは控え目に。

風の精霊と二人でもできるトランプ遊びをしていたけど、それも30分もすれば飽きた。

気分転換をしようと甲板(居住部屋から屋上に出ることができる)に出る。

遠くの空に、灯台のようなものが見えた。いや、風車か?

風を受けて羽根車が回っており、空路を示しているみたいだ。


それよりも、妙な違和感を感じる。


雲の切れ間に、不自然な“静けさ”があった。

風が――止まっている。

地球では無風なんて珍しいことではないけれど、この世界で風が止まる……?

首を傾げた俺は、その違和感を探るべくコックピットに潜り込む。

自動走行を解除し、手動で運転してあえて無風の中を進んでいった。


すると、下の方に小さな浮島がぽつんと浮かんでいるのを見つけた。

周囲の雲だけが淀んで、まるで空気が腐っているみたいだ。


「……変ですねー。風が、いない」


『いないにゃ? そんなのあるにゃ?』


壁をすり抜けコックピットから出て行った風の精霊は、すぐに戻って来た。

不安気にステッキの中に半分だけ潜り込む。

『常に顕現していて』という俺のお願いをしっかり?守ってくれてるな。


その異様さに興味を惹かれた俺は、船をそこへ降ろしてみることにした。

島の中央には、石造りの祠があった。

その前で、ひとりの少女がうずくまっている。


初めてのこの世界での住民だ!そう心が弾んだ瞬間、少女の姿を見て一気に心臓が冷えた気がした。

淡い金色の髪と、背中を大きくはだけさせたラフな格好。

背中に残るのは――折れた翼。


「……っ」


思わず息を呑む。

翼の根元は灰色に変色して、石みたいに固まっていた。

翼が生えた人間を見るのは初めてだ。瘴気の世界でもアリスがいた世界でも見かけていない。

しかし、その翼が……見るからに使い物にならなくなっている。

翼があるからには、空を飛ぶことができるんだろう。

でもその翼が使えなくなっているのだとしたら……。


ぞっとした俺は、静かに地面に飛行船を降ろした。

そろりとコックピットから降りたが、少女は俺に気付かない。


「あの……大丈夫ですか?」


遠慮がちに声をかけると、少女はほんの少しだけ顔を上げたが、俺の方を見てはいない。

瞳は空の色をしていたけど、その光はもう翳っていた。


「……風が、吹かないんだ。だから、飛べないの」


その声は、風の音よりもかすかだった。


「この島の風も、止まっちゃってる。……私のせいだって、みんな言うの」


彼女は小さく笑って、折れた翼を抱きしめた。

その笑顔が、痛々しい。


「“風の神”が怒ったんだって。だから、翼を返したの」


風の神?この世界の神は俺たちを転生させたあの女神のはず。

他にも神がいるのか?それとも……神ではない何かを神だとして信仰しているのか?

風の神……──、と、ふとステッキに半分だけめりこんでいる風の精霊を見る。

もしかして……精霊のことか?


シアは精霊使いとして作ったが、それはロマンによるところが大きい。

この世界が精霊を神として信仰しているなんて、予想すらしていなかった。


「そんなこと、ないですよー。風さんは怒ってなんかないですっ。そうですよね?」


『そうにゃ、そんなの聞いてないにゃ』


俺が使役している風の精霊は、俺が特殊技能で生み出した『ユニット』なので正確にはこの世界の精霊ではない。だから本当にこの世界の風の精霊が怒ってるのかなんて知るはずがない。

しかし、俺が使役している風の精霊は俺の意図を汲んで同調してくれた。


「……本当に?」


俺の言葉に自嘲気味に笑う少女。

瞳はまだ、こちらを見てはいない。

言葉だけでは何の慰めにはならない、なんてことは分かっている。


「本当ですっ。だって、ちゃんと吹いてますもん」


俺は少女にアピールするように両手を広げ、念話で風の精霊に伝えた。

俺のユニットであるこの風の精霊とは言葉にしなくても念話で意思疎通が可能だ。


『この子の頬を、撫でてあげて』


ふわり――。

風が、戻ってきた。

止まっていた雲がわずかに流れ、少女の髪が揺れる。

祠の石紋がほんの一瞬だけ脈打ち、風鈴みたいな細い音が空にほどけた。呼び水に応えるように、そのことにハッとした少女は、弾かれたように顔を上げた。

初めて、俺と目が合ったな。


「ね、風さんは怒ってませんよ。ちょっと拗ねてただけです」


にっこりと笑ってやると、大きな瞳をぱちくりとさせて……──少女の頬に涙が伝った。

それが光に溶けて消えると同時に、石の翼にひびが走り、

かすかに白い羽毛が風に舞った。


少女の翼の石化が、『呪い』なのか『祝福の剥奪』なのか、今の俺には分からない。

しかしこの島に風が戻ったことで、彼女は"赦された"ようだった。


とめどなく涙を流す少女を見て、後を濁さず立ち去ろうと思った。

黙って飛行船に戻り、高度を上げていく。

窓から徐々に小さくなっていく浮島を見て、呟いた。


「この世界の人たちは、風を信じて生きてるんですねー。風の信仰、精霊の神性……まだ、よく分かりませんね」


『シアも僕も、これから勉強するにゃ。でも僕を常に顕現させてるのはもしかしたらまずいかもしれないにゃ?』


「そうですね……。自己判断でステッキに戻ってもらえますかー?」


『了解にゃ!』


もう下の浮島は見えなくなった。そろそろ次の俺と交代しよう。

そう思った俺は、うんと高度を上げた場所にあったほんの小さな浮島に着陸。


高度を上げた空の果てで、どこからか低い波のようなうねり音がした……ような気がした。

飛行船を収納してから、箱庭に戻った。



 



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