『黒』を『白』に変える最後のカード

サイド

『黒』を『白』に変える最後のカード 前編

「稲見(いなみ)君、一つ『頼みごと』があるんだけど、いいかな?」

 急激に気温が上昇し始めた七月上旬。

 窓際、前から数えて三番目の席で大富豪をしていた俺こと、稲見港(いなみ みなと)へ一人の女子生徒が話しかけてきた。

 俺は思わずカードを取り落としそうになりつつ、

「え?」

 と間抜けな答えを返す。

 女子生徒こと、倉立千佳(くらたて ちか)は肩につく位のミディアムボブの髪先を揺らし、ちょっと苦笑した。

「ごめん、急なのは分かってるんだけど。聞いてくれると助かるんだ」

「あ、ああ……。『頼みごと』ね……」

 俺が曖昧に頷くと、倉立は一つ前の席を指差して見せる。

「どうぞ。見ての通り、空いてるから」

「うん、ありがとう」

 倉立はそう答えた後、椅子を俺へ向けて回し、腰を下ろす。

 エアコンが効いているとはいえ、初夏の日差しもあり、彼女の頬に一筋の汗が流れ落ちた。

「いやー暑いねー? 言葉にしても涼しくならないのは分かってるけど」

「スッキリはするし、言えばいいんじゃないか? 倉立の『頼みごと』ってそういうものだろ?」

 俺がそう指摘すると倉立は、「あはは……」とはにかみ混じりにまた苦笑した。

「初対面なのに自分の事を知られてるって、ヘンな気分かも?」

「去年の倉立は目立ちまくってたからな」

「そ、そんなにかな!? 色んな人に言われるけど、誰にも迷惑はかけてないし!」

「まあ、それはそうなんだが……」

 不服そうな倉立のリアクションを見ながら、俺は去年……高校一年目の出来事を思い出す。

 とは言っても、特別な出来事があったわけではなく、彼女は今のように『頼みごと』をして回っただけだ。

「『どうしようもないことにぶつかったら、誰かに頼る。そしてその誰かが困っていたら全力で助けになる』……か。そんなことを言い切れるなら、そりゃ有名にもなると思うが」

「あ、改めて言葉にされると恥ずかしいね!? そんなことは……まあ、言ったけど、みんな大げさだよ捉え方が!」

「大げさねぇ……」

 思わず俺の言葉尻が渋くなる。

 一つ助けてもらったから、一つ返しただけという話なんだが、その『一つ返した』が問題だったからだ。

 例えば倉立がバスケ部員に、『宿題で分からない部分を教えて欲しい』という『頼みごと』をした際、リターンとして、『バスケットボールを磨いて欲しい』という願いを受けたという話があった。

「で、ボールはおろか体育館の床まで鏡みたいに磨き上げた、と。……全然釣り合いが取れてない気がするんだが」

「だ、だってさ、全力で助けになるなら、できることを最後までやらなきゃだよ!」

「……本当にそれを行動にできるから有名になったんだと思うぞ? 忍び込んだ深夜の体育館でひっくり返ってたっていうのも含めて」

「う~……、それは言わないで。みんなにめちゃくちゃ怒られたから……」

 納得いかないという雰囲気で倉立は唸るが、だいたいこんな感じで困ったら遠慮なく『頼みごと』をして、『その代わりにどんな願いでも聞く』というのが彼女のスタイルだ。

 バスケ部の他、『図書室の掃除を頼んだら、全ての本がジャンル別に並び直された』、『卓球部の予算申請を頼んだら、三倍の額が下りた』など例を挙げれば切りがない。

 必然として名前が売れ、根っこの性格も知れ渡ったから、俺みたいな目立たない男子だって突然話しかけられても驚かないという訳だ。

 俺は一つ息を吐き、大富豪をしていたカードを手元でシャッフルしながら口を開く。

「で、何なんだ?」

「え?」

「『頼みごと』。あるんだろ?」

「あ……、うん。そうだね」

 俺の指摘に倉立は少し神妙な表情になった後、一つ深呼吸をしてから顔を上げた。

「ある女の子に伝言をお願いしたいんだ。ちょっと複雑な話になるから、受けるかどうかは聞いてから考えて欲しいんだけど――」

 そして倉立は一つ一つ状況を確認するかのような口調で、『頼みごと』を俺へ伝えたのだった。








「えっと、校庭と食堂の間の……どこだっけ?」

 午後の授業を終え、日差しの鋭さが更に増す頃、俺は倉立の助言を思い出しながら校庭を歩く。

 耳をすませばグラウンドからは運動部、二階建ての部室棟からは吹奏楽を始めとする文化部の喧騒が届いて来るが、俺はそれらに背を向けて学校の裏側へ向かった。

 夏の暑さと陰りが生む湿気、そして鬱蒼とした校庭の草木もあり、不快指数はうなぎ上りだ。

「三枝有唯(さえぐさ ゆい)、だったか。ホントにこんなところにいるのか……?」

 つい疑いの言葉が出てしまうが倉立の、


『放課後は校舎裏にいると思うよ。……えっとね、食堂を背にして三本目のイチョウと四本目のクスノキの間かな』


 という妙に確信めいた指示もあり、足を運んでいるのだが……。

「立ってるだけで辛い場所だな……汗が止まらないし。安請け合いしたのはマズかったかなぁ……」

 俺はため息交じりに愚痴をこぼすが、視線の先の地面で本当に寝転がっている女子生徒を見つけ、言葉を失ってしまう。

 周囲を見渡せば確かに、『三本目のイチョウと四本目のクスノキの間』で、とてもじゃないが快適とは言い難い場所だ。

「え、えぇ……? 倉立はどうしてここが分かったんだ……? って、そうじゃなくて、おい、大丈夫か!?」

 俺は浮かんだ疑問を一度振り払い、女子生徒の近くへ走り寄る。

 寝ているというより倒れているようにしか見えなかったし、明らかにグッタリとしていたからだ。

 時期が時期だし、熱中症という可能性もありうるが――。

「……?」

 三枝と思われる小柄な女子生徒は閉じていた目を薄く開け、浅い呼吸を繰り返しながら顔を上げる。

「……だれ?」

 髪型は倉立より短いショートカットだが、あまり手入れをしていないのか毛先は荒れており、顔色も悪い。

 身体を横たえる土も湿り気を帯びていて、なぜこんな場所にいたのか気になるところだが……。

「同級生の稲見港だ。三枝有唯……だよな?」

 半身を起こした女子生徒が警戒心を隠さない声で答えた。

「……そうだけど。どこかで会ったこと、あった?」

「いや、初対面だ。『頼みごと』があって来たんだ」

 その言葉を聞いた三枝の表情が、目に見えて険しくなる。

 三枝について倉立から、「普段授業に出ていない子」と聞いてはいるが、マズい言い方をしていないかと緊張を隠せない。

 やがて三枝は刺のある口調で、俺に問い掛けた。

「『頼みごと』ってことは倉立さん絡み?」

「あ、ああ、そうだけど。その話をする前に、どこか体調でも悪いのか? 顔色が真っ青なんだが」

 俺の指摘を受け、三枝は右手で自身の頬に触れた後、口元だけで薄く笑った。

「気にしなくていいよ。体調が悪いのはいつものことだから」

 彼女はそう言い、クスノキを背もたれにして何とか立ち上がった。

 それだけで荒く呼吸を乱し、重いため息を吐いているが本人が気にするなという以上、深く突っこむこともできない。

「で、どうなの? 倉立さんからので、合ってる?」

「あ、ああ。実は――」

 俺がその内容を話そうとした瞬間、三枝は右手でそれを制し、言葉を被せて来る。

「待った。内容を聞く前に、私から一つ条件を出したいんだ」

「条件?」

 予想していなかった展開に俺は眉根をひそめるが、三枝はまた口元だけで薄く笑うだけだ。

「難しいことじゃない。倉立さんから、『頼みごと』を受けたのなら……ええと稲見君は、『代わりにどんな願いでも聞かせられる権利』を持ってるってことだよね?」

「あ、ああ。そうなるな。正直、使いどころもなくて困ってるけど」

「なら、ちょうどいい。『頼みごと』を引き受ける代わりに、その権利を私に譲って欲しいんだ」

「なんだって?」

 驚く俺へ三枝は青白い顔に意地の悪そうな笑みを浮かべて、頷く。

「『頼みごと』の内容を聞く前に受けると約束するんだから、悪くない条件だと思うけど?」

「そ、それはそうだが……」

 とはいえ、そう簡単に譲ってしまっていいものか、と流石に悩んでしまう。

「少し考えてもいいか?」

 そう問いかけると三枝は、「どうぞ」と淡々と答え、俺はブレザーのサイドポケットからトランプを取り出した。

 倉立から依頼を受けた時と同じように、手元のカードをシャッフルしながら頭の中で状況を整理する。

 少し不思議そうな表情を見せた三枝に、俺は答えた。

「気にしなくていい。考え事をする時の癖なんだ」

「へぇ。カードを触っていたら落ち着く、とか?」

「ああ。ルーティンみたいなもの」

「ふうん?」

 どうでもよさそうに頷く三枝を尻目に、俺は思考を整理する。

 思い返してみれば俺が倉立から頼まれたのは、『伝言役』だけで、内容に関してどうこうしろとまでは言われていない。

 もし、聞いた事件の解決は倉立と三枝がすべきことで、俺が立ち入る必要のないものだとするなら――。

「……分かった。そっちの方は好きにすればいい」

「ずいぶんと物分かりがいいね?」

 俺は両手でカードをリフルシャッフル……交互に重ねて混ぜながら答えた。

「よくよく考えてみれば倉立とは今日が初対面だし、して欲しいこともないしな。持て余すくらいなら人に譲った方が気も楽だ」

「ふーん、宵越しの銭は持たないって?」

「そんなカッコいいものじゃないって。……で、その条件なら三枝は話を聞いてくれるのか?」

 そしてその問いかけに対し三枝は、

「願ったり叶ったりだ。遠慮なく話していいよ」

 と悪い顔色を一層青くして頷いたのだった。








「なるほど、登校したらいわくつきのアクセサリーが靴箱や机に入っていた……って類の事件が女子生徒の間で頻発している、と」

 倉立からの伝言を聞き終えた三枝は、他人事のような口調で呟く。

 俺もカードをシャッフルする手を止め、頷いた。

「今の所、実害はないんだけどな。いわくつきって言っても、絵の具で赤く塗られたイヤリングとか、ひび割れた指輪とかだし」

「血とか決裂とかそんなイメージかな。……とはいえ、いい気はしないでしょ。嫌がらせには変わりないし」

「まあ、確かに。ちなみに被害者の学年、部活なんかの共通点はなしだ。ついでに計画性も」

「……ふーん、じゃあ倉立さんは私に犯人捜しをして欲しいってこと?」

「そう……なんだろうな。伝えてくれってそういう意味だと思うし」

 俺の答えに三枝は怪訝そうな表情を見せるが、疑問だらけなのはこっちも一緒だ。

 事件はもちろん、二人の関係性が全然見えてこない。

 普段どういう接点があるのか?

 厄介事が持ちあがったら、いつも探偵まがいのことをしているのか?

 なら、なぜ俺を間に挟んだのか? など疑問は尽きない。

 俺は一つ、咳払いして話を続けた。

「とはいえ、ノーヒントってわけじゃない。倉立の方でそれらしい生徒を三人に絞ってくれたそうだ」

 その言葉を聞いた三枝は、驚いた様子で目を丸くして見せた。

「そんな状況からよくそこまで絞ったね」

「それこそ、人脈の成せる技だろ。朝早く登校する生徒にこっそり聞き込みをした、とか言ってたな」

 クスノキに背を預けていた三枝がずるずると滑り落ち、ぺたんと尻もちをつく。

 その顔に浮かんでいる表情は、呆れだ。

「それはさぞ胃が痛んだろうね。私なら絶対やりたくない」

「その意見には同意だけど、ヒントはもう一つある」

「?」

 三枝は小首を傾げ、俺は最後の伝言を告げる。

「倉立が直接、三人と話をしたらしくて。その時の証言があるんだ」

「はぁ?」

 三枝はさすがに素っ頓狂な声を上げ、俺も深く頷いて再び同意した。

 その行動力は大したものだが、明らかに使い方を間違っている。

 いきなりそんな大振りを当てにいくのか、というか。

「あー、ただ、倉立も直球で犯人かどうかを聞いたわけじゃない。会話しながらそれとなく同じ質問を全員へしたそうだ」

「同じ質問? それを参考に割り出せって?」

「だと思う。質問は、『今度の休日はどう過ごす?』だ。プライバシーに配慮するってことで、名前をABCに分けて聞いたんだが――」

 そう前置きして俺は三人分の解答を、三枝に伝えた。

 答えはそれぞれ、


A 買い物へ行く

B 図書館で本を読む

C 分からない


 の三つだ。

 ……正直言って、これで何が分かるのか想像もできないのだが、三枝は悩む素振りもなく即答した。

「『C』だね。倉立さんへ、そう伝えて」

「え?」

 迷いのない口調に俺は激しく動揺し、シャッフルしていたカードを手元から落としそうになってしまう。

「な、なんで!? 根拠は!?」

 つい語気が荒くなってしまったが、俺はそこでさっきまで青白かった三枝の顔色が、土気色にまで悪くなっていることに気付く。

「あ、す……すまん。だ、大丈夫か?」

 俺の声掛けに三枝は酷く苦しそうに眉根を寄せ、冷や汗を流しながら、身体を小刻みに震えさせていた。

 クスノキへ体重を預けながら何とか再び立ち上がるが、息も絶え絶えに絞り出すような声で答えた。

「義理は果たしたよ。『伝言役』は雇い主へ報告したら? ……今日は、ここじゃなかったみたいだ」

 そして動揺する俺へ謎の捨て台詞を残し、三枝はその場を立ち去って行く。

 真夏の猛暑を予想させる七月の午後。

 厳しい日差しの中を進む三枝の小さな背は、すぐに陽炎に溶け、跡形もなく消えて行った。








「……そっか、じゃあ『C』が三枝さんの答えだったんだ?」

 翌日の昼休み、『頼みごと』を受けた時と同じく前の席に座る倉立が頷いた。

 思うところでもあるのか倉立の声音は少し低く、目も伏せがちだ。

 俺も何か意見を言うべきなのかもしれないが、状況が掴めていない以上、軽はずみなこともできない。

 やがて、倉立は無理に声を明るくして笑って見せた。

「うん、ありがと! せっかく協力してもらったんだし、後はわたしの方で何とかしてみる!」

「何とかって……具体的にどうするんだ? まさか、本人の後を付けて現場を押さえるとか?」

 俺の指摘に、倉立は慌てて首と手をぶんぶんと左右に振る。

「そ、そんなことはしないって! わたしなりのやり方で、だよ!?」

「いや、その倉立なりのやり方っていうのが一番怖いんだけどな……?」

 『頼みごと』のルール、ABCへの直接の質問など不安を上げれば切りがない。

「だ、大丈夫だよ! 誰にも迷惑はかけないつもりだし!」

「まあ、俺がどうこう言えることでもないけど……。あ、そういえば一つ、聞いてもいいか?」

「ん? なあに?」

 倉立が小首を傾げて見せ、俺は一番気になっていたことを尋ねた。

「この一件、どうして三枝を頼ったんだ? 時々、二人で探偵みたいなことをしてたとか?」

「え!? あ、あー……、それは」

 その問いに倉立は分かりやすく動揺し、視線を宙に泳がせる。

 予想できる問いだったと思うんだが、前しか見ないで生きてると案外気付かないのだろうか?

 やがて倉立は、しどろもどろに答えた。

「そっ、そのぅ、関係らしい関係はないんだけど、気になるっていうか?」

「気になる? なんで?」

「あ、でも面識がないわけでもないよ!?」

「お、おう……?」

 噛み合わない受け答えに、今度は俺の方が戸惑ってしまう。

 それを感じ取ったのか、倉立は口に手を当て頬を赤くして、「うぅ~」と唸るばかりだ。

「ま、まあ、答えられないなら別にいいぞ? あ、でもこれは教えてくれ」

「な、何?」

 俺は昨日、顔を真っ青にしてクスノキに寄り掛かる三枝の姿を思い出しながら問う。

「三枝、体調が悪いのか? 正直、放っておくのも不安なレベルなんだが……」

 すると倉立は、すっと表情を神妙なものへ変え、問いを返してきた。

「三枝さん、悪かったんだ? 体調」

「あ、ああ、大分。『今日はここじゃない』とかよく分からないことも言ってたし」

「……ここじゃない? ごめん、わたしも体調が悪いのを知ってるていどなんだ。なんなら、昨日直接会った稲見君の方が詳しいかも」

「俺の方が?」

 意外な解答に、今度は俺の声が上擦る。

 三枝は三枝で倉立のことを知っている様子だったし、親密じゃなくてもそれなりに交流があるものだとばかり考えていたからだ。

 ……白状すれば、その経緯に興味はある。

 けどこれ以上、『伝言役』が出しゃばるわけにもいかないと思い、間を持て余してしまった俺はカードを手に、シャッフルを始めた。

 するとそれに興味を抱いたらしい倉立が、不思議そうな表情を見せる。

「昨日もやってたけど、手慣れてるね?」

「ルーティンみたいなものだな。落ち着くんだ」

「へぇ……。ねえ、今度はわたしから聞いてもいい?」

「ん?」

 そして倉立は、「実は、ずっと気になってたんだ」と前置きした後、

「昨日はどうして、一人で大富豪をしてたの? みんなでやるゲームだよね?」

 と率直すぎる疑問を投げかけたのだった。








 その問いに一瞬、俺の手が止まってしまう。

 けど、聞かれても仕方ないとも思っていたので、俺は正直に答えを口にした。

「確かに大富豪は一人でやるゲームじゃない。……俺がやっていたのは再現だ」

「再現?」

 倉立はまた不思議そうな表情をして、目を瞬かせる。

 俺は手に持っていたカードを四つに分け、机の上に配って見せた。

「プレイヤーは四人。最後に『革命』が起きて、大富豪と大貧民が劇的に入れ替わる……そういうシチュエーションだ」

「え、ええっ? ど、どういうこと!?」

 倉立はしどろもどろになるが、ここで止まると却ってややこしいので俺は構わず話を進めた。

「マンガであったんだよ、このシーン。プレイヤーは財産と命を賭けてさ。ここで勝負が決まったわけなんだけど」

「う、うん……?」

 そこまで言って俺は四人分のカードを開き、手札を確認する。

「要するに、マンガで見た超展開を再現できる確率はどの位なんだろ? って話だな」

「あ、あー……」

 ようやく状況が飲み込めたらしい倉立が頷く。

「再現ってそういう……。同じ手札になるまで繰り返してたってこと?」

「ああ。ついでに多少手札が崩れてても、何とか似た状況にできないかも考えてた」

「へ、へぇ……」

 一応、理解はしているみたいだが、倉立の表情は引き気味だ。

 ……まあ、そりゃそうだろう。

 なんでわざわざそんなことやってるの? と思うのは当然だ。

 俺は机の上のカードを回収し、一旦まとめた後、再び口を開いた。

「……俺のじいちゃんの言いつけなんだ」

「えっ?」

 唐突な切り出しに倉立の声音が少し上り、俺は一枚のカードを引いて、彼女の手元へ伏せた状態で置く。

 次に手の平で、「どうぞ」と促し、倉立の白く細い指先が開いたカードはジョーカーだ。

 それを見届けた俺は口を開く。

「『黒という結果が出た時は』」

 俺はそこまで言った後、倉立のカードをつまんで再度伏せ、人差し指をその上に乗せる。

 とんとん、と指先でカードを叩いた後、さっきと同じように倉立へそれを開くよう促した。

「わっ、ダイヤの3になってる!? なんで!?」

 倉立は驚きの声を上げた後、目を丸くして視線を向けて来る。

 ……カードを伏せ直す際、手の平に隠し持っていたカードと入れ替えただけなんだが、ここまで直球のリアクションをされると却って恥ずかしいな、と思いつつ俺は続けた。

「『どうやれば白という結果にできるか、考え抜け。それが出来て一人前』……だそうだ」

「ほ、ほぇ~……。じゃ、じゃあ、それでカードを触る癖がついた、とか?」

「そうだな。気が付いたらカードに限らず、白黒付くものがあったら逆を考える癖が付いてた。一番大切なのは再現可能なこと、次に具体的な方法、だな」

「えっと……その……」

 倉立は腕を組み、俯いて唸った後、何とか言葉を絞り出した。

「か、変わった一人前だね? 稲見君はそれを目指して頑張ってたんだ?」

 俺は思わず苦笑しつつ、頷く。

「そう……だな。言葉にすると恥ずかしいけど、そういうことだと思う。あと……」

「?」

「目指してるって言うなら一人前より、『透明』って言った方が近いかもしれない」

「『透明』?」

 唐突な言葉に倉立は、きょとんとする。

 けど、ここまで来たのなら全部話してしまった方が楽だと俺は判断し、三度口を開く。

「ただのイメージだけど。毎日カードに触ってあれこれ考えてたら、目指す先の印象は一人前って言葉の、ゴリっとした感じじゃなかったから」

「うーん……? ごめん、よく分からない。せっかく話してくれたのに……」

 倉立は肩を落とし、目に見えてしゅんとしてしまったので、俺はまた苦笑してしまう。

「いや、構わない。目標のイメージがそんな感じってだけだし、それを言葉に出来ない原因は俺の実力不足だしな」

「うん……。でも、そっか、だからわたしは稲見君に声をかけようと思ったのかも……」

「え?」

 ぽつりと倉立が呟いた言葉に俺は反応するが、彼女はまた首と手をぶんぶん振って見せるだけだ。

 ……とことん、嘘が下手というか吐けないんだなあと考えていると、不意に倉立は顔を上げ、俺を真っ直ぐに見据えて告げた。

「稲見君、その気があるならもう少しわたしに付き合ってくれないかな? ……今度は『C』を調べた結果を三枝さんへ伝えて欲しいんだ」

 その予想外の提案に俺は、「へ?」と間抜けな声を漏らし、目を丸くすることしかできなかった。

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