わらいごえ

わらいごえ

 笑い声が聞こえる。

 女は不愉快だった。


 聞こえてくる笑い声は子供の、それも幼子の笑い声なのだが、どこか嘲笑するような、そんな笑い声なのだ。

 だから、女は不愉快になっていた。

 自分が笑われているわけではない、そう思いつつも、嘲笑するような笑い声は聞いていて心地よいものではない。


 だが、その笑い声がどこから聞こえてくるのか、女にはわからなかった。

 女は今、昼下がりに街の雑踏の中を歩いている最中だ。


 その笑い声はどこからともなく聞こえてくる。


 女は立ち止まり周りを見回す。

 周りには大人ばかりだ。

 当たり前だ。この辺りはオフィス街だ。

 大人しかいない。


 子供がいれば逆に目立つほどだ。


 だけど、笑い声は女の周りから聞こえてくる。

 笑い声の方へと向かうが、いつの間にかに笑い声は別の方向から聞こえるようになっている。


 女はどこかおかしいと思いつつ、そんなことにかまっている暇はないことを思い出す。

 まだ時間に余裕があるとはいえ、取引先に行かなければならない。

 大事な打ち合わせだ、遅刻することはできない。


 だから、女は笑い声を気にするのを止め、目的地へと向かう。

 その間も笑い声は絶えず聞こえてくる。


 まるでおもちゃの笑い袋でもあるかのようだと女は思う。

 ボタンを押すとひたすら笑い声を聞かせてくれるおもちゃ。

 それがあるかのように思えた。


 それが、いつまでも女の周りから聞こえてくるのだ。


 女も流石におかしいと思う。

 結構歩いて移動したにも関わらず、笑い声は聞こえてくるのだから。


 女は再び辺りを見間渡す。

 笑っている人間はいない。

 誰もいない。

 それどころか、笑い声を気にしている素振りをする人間もいない。


 そこで女はやっと思い当たる。

 この笑い声は自分にしか聞こえてないのではないかと。

 笑われているのは自分なのでは、と。


 一度そう思うと、そうとしか思えなくなる。


 女は走ってその場から去り、取引先のあるビルへと入る。

 そうすると流石に笑い声も聞こえなくなる。

 女は一安心して用事を済ませに行く。


 打ち合わせも無事に済み、女が自分の会社に帰ろうと、ビルを出たときだ。

 再び笑い声が周囲から聞こえ始める。

 女は、いい加減にして、と、小さくだが声にしてしまう。

 そうすると、女の真後ろから、笑う門には福来る、と、そんな子供の声が聞こえて、笑い声が徐々に遠ざかって行ってしまった。


 女はゾッとするとともに、もうかしたら幸運を逃してしまったのでは、と考えるようになった。

 実際にはわからないが、それ以来、女は何か良くないことがあると、笑い声を追っ払ってしまったからだ、と思うようになった。


 ただそれだけの話だ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る